第166話 女VS男 子供VS大人 Aパート

文字数 5,667文字


 本当に困って、自分の気持ちを全て押さえ込んで、倉本君の望む返事をしようとした瞬間に聞こえた声。私の空耳かと思っていた所に、
「空木君こっち!」
「副会長っ早く来るっ!」
 私の親友、友達がそれぞれ優希君を呼ぶ。
 本当に空耳じゃないのかと勇気を出して振り返ると、公園の入り口付近から駆け寄ってくる優希君の姿が見えた。
 それとは別に一瞬誰かの姿も見えたような気がするけれど、とにかく今は私のピンチって言うか、困った時に姿を見せてくれた優希君だ。
「優希く――?!」
「――待ってくれ岡本さんっ! 俺にさっき言いかけてた返事を最後まで聞かせて欲しい!」
 私が優希君の元へ駆け寄ろうとした瞬間、倉本君にがっしりと腕を掴まれてしまう。そのせいで慣性の法則に従った私の身体が倉本君の身体に引き込まれてしまう。しかもその瞬間を優希君に見られた上、そのまま倉本君に後ろから肩を支えられる形になってしま――
「大丈夫か? 岡本さん」
「――?!」
 かと思ったら、私の肩に両手を置いて気遣うふりを見せる倉本君にびっくりした私の身体が完全に硬直してしまう。
「おい倉本! お前人の彼女に何して――」
 幸か不幸か、全てが優希君の目の前で起こった事だから誤解とかは無さそうだけれど、学校から急いで駆けつけて来てくれたのか、汗を滴らせながら猛然と倉本君に掴みかかろうとしてくれる――
「――愛ちゃんの肩に置いた手を両方とも今すぐに離して下さいっ!」
 ――かと思ったら、私の後ろから派手なビンタ音と共に、蒼ちゃんの怒声が耳を打つ。
「離してって、俺は岡本さんからの返事が聞きたかっただけで、驚かそうとか怪我させようなんて――」
「いい加減にしてください! 今日は愛ちゃんが少しでも会長さんの為にって、力になれたらって怪我も治ってない顔の中で協力してくれたんじゃないんですか? なのに言い訳ばっかりして、気安く女の子に触れて、愛ちゃんに怖い思いさせた自覚あるんですか!」
 私も始めて見る蒼ちゃんの怒りを露わにした姿。
「怖い思いって……とっさの事で俺も悪かったかもしれないけど、さっき言いかけてた返事をそのまま聞かせてくれたら俺は――」
「――会長見苦しい。あれだけ追い込んだ中で出た返事なんて愛美の本心じゃない。よって無効」
 続いて実祝さんも助太刀してくれる。
「何でも良いから愛美さんの肩に回したその手を離せよ」
 言いながら、硬直したまま自分の思う通りに動かない私の体を、優しく包み込むようにして優希君の方に抱き込んでくれる。
 当然倉本君が私の肩を簡単に離す訳なくて、少し抵抗も感じたけれど、蒼ちゃんが倉本君の手を(はた)き落としてくれる。
「ごめん優希君。私――」
「――僕もちゃんと見てたから大丈夫。今は何も考えなくて良いよ」
 背中からもたれかかるような態勢だからか、ほんのりと優希君の温もりと匂いに包まれて、私の身体から緊張が抜けて来る。
「ありがとう優希君。少しの間こうしてても良い?」
 私としては、さっき倉本君に背中からもたれかかってしまった感覚を早く消したかったのと、優希君にもたれかかりながら、改めて倉本君の顔を見て、今度はちゃんと断りたかったのだけれど、
「もちろん良い……っとごめん。出来れば僕の正面を向いて欲しいかな」
 私の顔を見たいって思ってくれたのかな。
「分かった。こうで良いかな」
「ありがとう愛美さん」
 当然色々な人が通りかかる公園。私の友達もいるのだから抱き合うような恥ずかしい事は出来ないけれど、優希君の胸に手を添えて、でも今は少しでも優希君を感じたくて深呼吸をしながら胸板に顔をうずめるようにする。
「……ひょっとして優希君。汗かいている? ――嫌なわけじゃないから離さないで欲しいな」
 いつもとは違う優希君の匂い。だけれど今のは私の聞き方が悪かった。さっき急いで来てくれた時に浮かんだ汗を目にしていたはずなのに。それに私は優希君の匂いが嫌なわけじゃない。
「ありがとう――話をしながら急いでここまで向かったから」
 私への“好き”を頑張ってくれた結果、優希君の汗の匂いだって事が聞きたかっただけなのだ。
「どうして? それにこの場所、優希君に伝えていないよね」
「愛美さんからは聞いてないけど……まあ、僕と愛美さんの仲だから?」
 私の質問をはぐらかした優希君が、私の背中にそっと両腕を回してくれて、私専用の居場所が完成する。私の聞き方が悪くなければもう少し早く、私専用の居場所を作ってくれたかもしれない。
「……私の質問に答えてくれないの?」
 優希君から私への想いを聞きたくて、今は優希君の正面を向いていて誰からも気づかれないからと、唇を湿らせる。
「……僕は愛美さんにカッコ良い所しか見せないって決めてるんだ」
 私専用って言ってくれる場所の中で、この炎天下の中熱を持ち始めている事に気付かない優希君が、今度は私の胸をドキドキさせるような事を言って来る。
 私と優希君のやり取りって言うか、行動を見ていた二人からは感嘆のため息と
「……素敵」
 恥ずかしい言葉を貰う中、
「ちょっと蒼依さん?!」
 慌てた声で蒼ちゃんを呼ぶ優希君に、少しだけ後ろを振り返ると同時に
「空木君は何も考えなくて良いから、愛ちゃんを大切にしてあげて」
「蒼依さんの意図は嬉しいけど、愛美さんの親友を盾にするなんて出来ないから、そこ退いて」
 どうも蒼ちゃんが、私たちと倉本君の間に立ったみたいだ。
「言っとくけど愛ちゃんは分からなくて良い事。空木君も。私はこれだけ大勢人がいたら大丈夫だから、それよりも愛ちゃんを大切にして」
 蒼ちゃんから先に釘を刺されてしまう。
「おい空木! これは何の真似だ? お前、統括会が大変な時に学校で別の女と遊んでたんじゃないのかよ」
 倉本君の一つ低くなった声に、私の身体がかすかに強張る――のを、感じ取ってくれた優希君が、私の背中に回してくれた腕に力を込めてくれる……蒼ちゃんは、男の人が怖くないのかな。
「別の女って、同じ役員の彩風さんと時々協力してくれてる中条さんだろ。倉本。お前最近周りが見えて無さすぎるぞ」
 そうなのだ。今日、優希君は最近可愛くない後輩二人と話をするって言っていたはずなのに、汗をかいてまで私の前に姿を見せてくれたっぽい優希君。
「周りが見えてないだと? お前調子乗んなよ? 雪野の交代の是非、教頭との交渉、二年に広がる噂、俺らの進路。それに今回の騒動と合わせての部活の是非。全部把握してるに決まってんだろ」
「それは周りじゃなくて、問題だろ。倉本は頭の回転も速くて観察眼もあるんだから今の状況見たら把握出来るだろ」
 私を抱いたまま、間に蒼ちゃんを挟んで対峙する優希君と倉本君。
「なんで俺が女たらしの空木に、上から目線で言われないといけないんだ?」
「言っときますけど、会長さんには今日、これ以上愛ちゃんを見せませんからね」
 そこに蒼ちゃんから謎の一言。
「だったら僕が倉本にハッキリ言ってやる。何で一番大切にしないといけない雪野さんをほったらかしにして、愛美さんばかり追いかけてるんだ? 僕の事を女たらしとか言う前に、同じ役員メンバーである雪野さんを、倉本もフォローすれば良いじゃないか」
 優希君の言葉を聞いて再三の鳥肌が立つ。
 私も含めてそうだ。別に倉本君が直接雪野さんとお昼をしても良いに決まっている。
「お前! 知った口利くんじゃねぇよ。俺が休み時間どれだけ忙しくしてんのか知ってんのか!」
「そんなのイチイチ気になんてしてない。そもそも今も倉本の独り相撲でこうなってるんだろ」
「おい空木? 今何つった? 俺のやり方に文句あんの――」
 倉本君の言葉の中に低さに続いて、重さって言うのかプレッシャーみたいなのを混ぜて気色ばんだのに合わせて、優希君の胸に添えた手を握り込む。
「先に言っとくけど! 万一愛美さんや親友である蒼依さんに危害加えたら本気で怒るからな」
 私の気持ちに気が付いてくれた優希君が、一言で倉本君を止めてしまう。
「――そもそも僕は、倉本のやり方云々の話をするつもりなんてない。ただ倉本がいつも“五人で一つのチーム”だって言い切ってたんだから、僕たちをうまく使えって言ってるんだ」
 直前で私が思った事と、ほぼ同じ事を口にする優希君。
「だったら俺が岡本さんと交渉するから、お前が雪野と仲良くしたら良いだろ」
 色々待って欲しい。これ以上優希君と雪野さんが仲良くする場面なんて見たくないし、何より彩風さんの名前が入っていない時点で、倉本君の言うチームは成立していないって事じゃないのか。これはあまりにもあんまりすぎる。
「だから倉本は周りが見えてないって言ったんだ。それじゃ駄目に決まってるだろ。学校側との交渉は本来会長の倉本と、総務の彩風さんだろ。なのにそれを倉本の一存で勝手に変えて良いのか? それに僕が雪野さんをフォローしてた時にも問題あっただろ。その事、倉本なら忘れたとは言わせないぞ。それとも底意の事、まだ考えてるのか?」
 底意って何の事なのか。優希君と雪野さんの間に私の知らない事がまだあるのか。星々の祝福の中で乗り越えたはずなのに、まだ雪野さんがちらつくのか。
「お前?! まさか霧華から聞いたのか?!」
 優希君に抱かれている今、倉本君のその焦った声だけでどんな表情をしているかまでは分からない。しかも彩風さんまで知っているとなると、役員の中で私だけが知らない事になるのか。そう言えば優希君と雪野さん事件の時にトイレ内でそんな話をしていたのが蘇る。
「誰に聞かなくても、これだけあからさまだったら勘の良い奴なら気付くだろ」
「ねぇ優希君。何の話なの? 優希君と雪野さんの事で、まだ私の知らない話があるの?」
 後から分かるのは本当に辛い。だから教えて欲しかったのに、
「僕から愛美さんを傷つけるような事は言えないし、僕は気付いただけで直接聞いた話じゃないから……」
 答えをごまかしてしまう優希君。
「副会長。本当に愛美を大切にするなら秘密は良くない。愛美を泣かせるならやっぱり副会長もどっか行ってもらう。愛美の目に涙、浮かんでる」
 優希君の態度を見かねた実祝さんが、私の気持ちを代弁してくれる。
「……空木君。愛ちゃんに言えないのに、どうして愛ちゃんの前で秘密を匂わせるの? それってあの信用出来ない保健の先生と同じ事してるよ」
 そして蒼ちゃんは事、私の事に関しては厳しい。
「――っそれは……」
 そして蒼ちゃんが保健の先生の名前を出した瞬間、優希君の身体全体に力が入る。
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 蒼ちゃん:保健の先生は信用出来ない⇔142・143話   思考の齟齬と一致
 優希君は:優珠希から生徒に手を出した教師⇔153話
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「ごめん。確かにそうだった。だけど僕は本当に誰にも聞いてなくて気が付いただけだし、もし事実と違ったら取り返しがつかないから、近い内に当事者である雪野さんから話してもらおう。大丈夫。今の雪野さんなら喋ってくれるよ」
 勝手な思い込みで吹聴するのは駄目だって私自身が、中条さんや彩風さんに散々言って来たのだから……
「ちょっと待てよ空木。お前! そこまでして俺と岡本さんの邪魔をしたいのか?」
「誰も倉本の事なんて考えてない。ただ愛美さんを泣かせるような事なんてしたくないだけだ。それに愛美さんの……友達もそう言ってくれてる通り、愛美さんにだけ教えないのは卑怯だろ」
 と納得しかけたところに、二人の意見が正反対になる。
「会長さんは愛ちゃんには知られたく何かがあるって事ですね」
 空かさず蒼ちゃんが追い打ちをかけてくれる。
「……」
「もう良いよ。ありがとう蒼ちゃん――優希君も分かったから。その代わり優希君も一緒に聞いて、その後で良いから優希君の今思っている答えと一緒だったか教えてくれる?」
 私は倉本君の事が知りたいわけじゃないんだから、倉本君が教えてくれようがくれまいがそんな事はどっちだって良い。
 ただ、大好きな優希君の事が知りたいだけだ。
「良いよ。約束する。その代わり今は我慢して欲しいのと、話を聞いた際、雪野さんを悪く思うのだけは辞めて欲しい」
 私の返事に、条件付きではあったけれど嬉しそうに私の頭を撫でてくれる。

「だから話を元に戻すと、倉本は学校側が決めた交渉担当者である彩風としっかり話をしろよ。その代わり雪野さんの面倒は僕と愛美さん、それに協力してくれる中条さんで見るようにするから。そして時々でも良いから、倉本も雪野さんと昼メシしたら良いだろ。その上でどうしても話がまとまらないなら愛美さんも力を貸してくれる」
 私と倉本君、優希君と雪野さんなど思う所も多いけれど、その形なら五人全員で一つのチームになる。
「なんで俺が空木の指示に――」
「――これ以上暴言吐いて愛美さんに嫌われても良いのか?『ちょっと優希君?』――それに学校側にこのままやり込められたままで良いのか?」
 酷い。私、優希君以外の男の人に好き嫌いの感情なんて持っていないのに。
 やっぱり私の“大好き”がうまく優希君に伝わっていない気がする。
「……分かった。ただし今日の落とし前って言うか、決着は絶対着けるからな」
「その話はすべて片付いてからだからな」
 しかも男二人、私の事なんて置いてけぼりで何か分かり合っているし。さっきまでの剣呑さは何だったのか。
「分かったんならさっさと愛美さんから離れろ」
「ちょっと優希君?!」
「副会長……」
「空木君?」
 倉本君の一言で、私専用の居場所がなくなってしまう。
「じゃあ岡本さん『あ?!』今日は顔だけでも見られて良かった。また明日連絡すると思うからよろしくな」
 そう言って、私の気持なんか何一つ考えてくれないで公園から一人先に出て行く倉本君。

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