第160話 理想と現実 Aパート

文字数 8,724文字


 私と先生が再び見つめ合っていると、すぐ隣から今日三度めの咳払いが聞こえる。そう言えば隣にお母さんがいる事を忘れてしまっていた。それくらいには先生がカッコ良かったって言うのはある。
 私が慌ててお母さんの方を振り向くも、先生からの視線は感じたままだから、その視線は私に向けられたままだと言う事が予想出来る中、
「愛美の笑顔が可愛いのは理解できますが、先生

愛美に何かあるんですか?」
「ちょっとお母さん!」
 お母さんが“悪い笑み”を浮かべながら、またとんでもない所にアクセントを置いて先生に話しかける。先生もその意味するところを理解したのか、先生の雰囲気が少し変わる……しかも視線は私の顔じゃないし。
「いや俺……私は、自分の受け持ったクラスの生徒が無事で嬉しくて……」
 極めつけは先生の表情と言葉の内容が合っていないから、思い付きで喋っているであろうことまで筒抜けになってしまっている気がする。
「先生。それは分かりましたけど、ご説明は先ほどで全て終わりですか?」
 そう言えばサッカー部室内で行われていた、衆目の中での蒼ちゃんと戸塚の情事。さっきまでの説明なら私に話す必要は無かったんじゃないのか。
 もちろん私個人の気持ちとしては、蒼ちゃんの話なんだからしっかりと向き合いたいけれど、先生は処分内容を説明する時に関係するって言ってしまっているんだから、まだあるはずなのだ。
「はい。時間はかかりましたが、以上で全説明になります」
 なのに忘れてしまっているのか、先生が私の顔に視線を完全固定したまま、話を完結させてしまう。
「先生がそんな頼りない男性では、とてもじゃないですが愛美を任せる事なんて出来ませんし、愛美にそう言う話だけをしておいて、何の説明も無いって言うのはどう言うおつもりですか? 先生が愛美にお話しされた内容はセクハラだと取っても良いんですね」
 完全に頭から抜け落ちているのか、お母さんからの辛辣な問いかけに慌て出す先生。しかもお母さんが変な煽りを入れるから、私に何かを聞きたそうな視線を向けて来る。
 ただ、こんなにも不器用で真面目な先生が、お母さんにあたふたさせられているのがなんだか面白くなくて、
「先生。さっき言っていたサッカー部員たちへの労いって、何かの処分に関係あるんですよね?」
 私がヒントを出すと、お母さんからは“悪い笑み”を貰い、
「あっ! そう言えば、その説明がまだだったな――本当に岡本はイイ女になってるな」
 先生は、私に感謝の意を伝えてくれたつもりなんだろうけれど、それは私と先生二人だけのやり取りだったはずじゃないのか。ホントに先生のせいで嬉しさも半減だよ。
「愛美が“器量よし”な娘であるのは当たり前です。なのに先生は愛美をイイ女だって仰いましたが、いったいどう言う目で愛美を見てるんですか?」
 ほら。お母さんがまた変な食いつき方をする。つい先日男の人相手に怖い思いをしたばかりなのに、どうしてそう男の人を煽るような言い方をするのか。先生相手なら絶対大丈夫だけれど、もしこれを倉本君なんかでされたら……私の身体に震えが走る。
「ああっいえ、決してそう言うつもりじゃ……それと、さっき岡本が言ってくれた話だが……」
 ごまかしたのかと思った先生が、ふと寂しげな表情に変わる。
「……サッカー部に関しては、先の(つつみ)の事もそうだし、決して手を出す事は無かったそうだが見てた者、誰一人止めようとも、誰かに知らせる、伝えると言う事もしなかったと言う事。そして今回一回だけじゃ無かった事もあって、今週末をもってサッカー部自体が無期限休部……言ってしまえば廃部になる。ただし該当部員たちは直接手を出していない事もあって、直接的な処分は出来ない。
 その上で、サッカー部全体が廃部になると言う事と、止める立場にあった部員たちには、昨日・今日くらいから、それぞれのご家庭に、説明と厳重注意に赴いているはずだ」
「ちょっと待って下さい! そんな事したら余計に蒼依のされた内容が広まるんじゃないんですか?!」
 そう言うのが広まるのは絶対に嫌だって言うのが、どうして分かって貰えないのか。それが辛いから私たちも中々相談出来なかったって言うのが、どうして分かって貰えないのか。
「落ち着け岡本。もちろん個人が特定できるような言い方はしないし、具体的に部室内で何が行われていたのかの説明も一切ない。“今回サッカー部室内において、度重なる不適切行為があったため、行政監査処分を受けましたので、サッカー部は廃部となります”これくらいの説明しかしないとの事だ」
 ……そんなので廃部になるとか、納得出来る人はいるのか。
「……岡本も同じ事を思ったと思うが、こんな説明で理解できる保護者の方なんている訳が無いのが学校側の見立てだ。だからその概要すらも満足に把握できない保護者からは、相当のクレームがある事も予想されるからと、校長と部活顧問の先生。それに生活指導の先生を含めた三人で、それぞれのご家庭に回ってるそうだ」
 まあ、それでも一部(つつみ)と戸塚のやり取りを見てた男子サッカー部員の口からは、多少は噂として漏れるだろうから、完全に秘密で済ませる事は難しいだろうなと、先生が今日何度目か肩を大きく落とす先生。
「顧問と言えば、サッカー部の顧問はどうしたんですか? 結局あれから一度も顔を見た事も、説明すらもしてくれた事ないじゃないですか! まさか、先生にはペナルティ無しなんですか?」
 もしそうだったら、責任は大人が取るって言うのは一体何の話なのか。結局は目の前の先生も含めて、大人って言うのは優珠希ちゃんの言う通りズルイ生き物なのか。
 だとしたら“もどかしく”ても“歯がゆく”ても大人になるのに抵抗を感じてしまう。
「そんな事は無いぞ。これは大人の事情だからどこまで話して良いのか分からないけど、顧問の先生は懲戒処分として、減給20%の6か月。その上サッカー部自体が無くなるから、部活顧問からも外される」
「……」
 先生が説明の途中で止めたっぽいから、黙って待っているのに口を開かない先生。
「……まさかとは思いますが、それだけですか? クビとか辞めてもらうとかにはならないんですか?」
 そんなの貰えるお金が少し減ったからってどうだと言うのか。それを責任だって言い張るんならあまりにも酷すぎる話だ。
「岡本の気持ちは分かるが、辞めさせる、解雇するって言うのは一人の人生を変え『なんですかそれ! 蒼依はこのまま学校辞めるかもって言ってるんですよ?! 蒼依の人生を変えておいて、どうして先生の人生は変えちゃダメなんですか! それにさっきも言いましたが、蒼依が望まない人との命を身ごもっていたらどうするんですか! 何の責任もない蒼ちゃんとその赤ちゃん。それから蒼依の両親だってずっと向き合って行かないといけないんじゃないんですか!』――男の俺だって岡本の気持ちは分かる! だけどな、あの顧問にだってご家族はいるんだ。そのご家族には何の罪もないだろ! 全てを一緒にされたら辛いのは、今の統括会の状況を鑑みたらよく分かってるんじゃないのか?」
「――愛美……」
 先生の言葉を理解出来てしまって、鳥肌が立って悔しくなる。
「……前に言っただろ。夢を叶えたとしても、その世界に自分から足を踏み入れたとしても、現実は理想には程遠いって。こういう事なんだ。みんなが生徒を第一に考える教師ばかりじゃない。生徒に手を出したり暴力を振るう教師もいれば、自分の保身だけを考える教師もいる。そう言った一部の教師のおかげで教師全体がそう言う目で見られる場合もある。それでも、自分がなりたくて選んだ道だ。だったら納得行かなくても今は歯を食いしばるしかないだろ」
 気付けば先生の目が赤い。
 でも、そんな先生だからこそカッコ良いと思うし、応援は辞められない。
 しかも今の統括会や二年であるはずの雪野さんの立場まで、不器用ながらも気にかけてくれているのも分かる、伝わる。
 だからこれ以上この先生に、女としての気持ちや不安、不満を口にするのは辞める。
「それからお義母さま。お義父さまと一度お話された方が良いと思いますが、今週末のどちらか都合の良い日に、各御家庭に説明に上がっております校長に代わって、教頭の方からお詫びを申し上げたいと伝言を預かっております。今回の我々の対応に、心中色々あるかとは存じますが、一度ご検討頂けませんでしょうか」
「……分かりました。一度主人と相談してみます」
 先生からの申し出に、私の顔を見たお母さんが前向きに返事をしてくれる。


 改めて話が一段落したと思ったところで慶が帰って来る。
「……」
 けれど、いつものあの悪態やガサツさはどうしたのか、先生に軽く会釈だけをしてそのまま自室に逃げ込むように、リビングを通り過ぎる。
 先生が慶の態度を見て、私に苦笑いを浮かべた後、
「それから、今週の月曜日に返却した校内学力テストだ」
 そう言われながら答案用紙と一緒に順位、偏差値の書かれた半券も受け取るけれど、
「……また7位」
 この夏休みは優希君とのアレコレもあったから、どうかとは思っていたけれど幸いにしてほとんど影響は無かったみたいだけれど……いつもいつも同じ順位って言うのはどうなのか。これで中間同様優希君が5位で、その真ん中の顔も知らない女子が6位だったら、優希君に文句を言うかもしれない。
「……実祝さんはどうだったんですか?」
 だけれど、今は優希君に対するヤキモチは後回しにする。それよりも優希君にもお願いしていた私の友達である実祝さんの方だ。習熟度の方はどうなったとしても、今回の学力テストは直接内申にも影響すると先生が言っていたのだ。
「ああ。大丈夫だ。本来プライバシーに関わる事だからハッキリとは言えないが、統括会でやって行くにしても、十分要件は満たしてる。だから、本来の力は出し切れてると思うぞ」
 良かった。本当に良かった。うまく行かない事も確かに多いけれど、こうやって少しずつでも結果に結びついて来ている事もある。
 特に実祝さんの件については進路に直接影響する話だっただけに、心の底から安堵する。
「愛美。先生の前よ。拭きなさい」
「……うん。ありがとう」
 お母さんが差し出してくれたティッシュを受け取るのを、本当に嬉しそうに先生が見ていた。

「……それでな岡本。第一志望の公立の“推薦”に対応する願書を持って来たから、一度目を通して、受けるなら必要事項を記入して、9月末までに持って来てくれ。それから、以前の面談の時に試験は共通テストと面接だって言ったが、今年から試験形式が変わって、試験科目は国語・数学・英語、の学科3教科と面接だ。それ以外は前の面接の時にも伝えてはあるが、岡本の成績なら学校側から“推薦”を出せるからの願書だから、提出の際はみんなの前じゃなくて、直接俺の所に持って来てくれ。ちなみに試験日も11月2日(月曜日)とかなり早くなってる」
 目の前に置かれる朱先輩の通う学校案内とその願書。
 それを見るだけで、あの日した朱先輩との約束と願いを思い出せてしまう。
「先生の目から見て愛美は大丈夫でしょうか」
「はい。当日に体調さえ崩さなければ問題ありません」
 迷いない先生の返事を聞いて、何故か涙ぐむお母さん。
 まだ願書すら出していないのに、気が早すぎるとは思うけれど悪い気はしない。

「……そしたら時間も時間だから、俺はそろそろお暇するけど、また何かあったら直接俺の携帯にかけてくれてもかまわないからな――それから教頭の件も、ご検討よろしくお願いいたします」
 先生が私たちに頭を下げて玄関から出て行くのを、私も付いて見送りに出る。
「岡本のご両親は、本当に岡本を大切にしてるんだな」
 先生と二人きりでの玄関先。真っ先に褒めてくれるのは私の両親。
「はい。ケンカしてても自慢の両親には変わりありませんからっ」
 お母さんの目が無い今、先生の視線がちょっとアヤシイけれど、今出来る最高の笑顔を先生に向ける。
「……岡本が身に着けてるそのネックレス。ご両親からの贈り物か?」 
 先生はやっぱり気付いてくれた。だからこそこのネックレスを着けたのだ。
「はい! お母さんが私にもっと幸せになれるようにってくれました」
「そうか。そう言えば岡本の誕生日は来月だったな」
 ちょっと驚く。どうして先生が私の誕生日の事を知っているのか。
「ああ。会社に出す履歴書みたいなのが生徒の分もあるからそれでな……」
 そう言いもって、全く悪びれる事無く頭を掻いて照れる先生。
「……先生? それは個人情報の取り扱いとしてはどうなんですか? しかも特定の生徒のって言うのは問題になりませんか?」
「俺は岡本以外の生徒の誕生日とか、個人情報にまでは興味は無いし覚えようとも、他言しようとも思ってないぞ」
 先生が私のネックレス辺りに視線を置きながら、もう誰も聞いていないからって遠慮なく気持ちを見せてくれる先生。
 その気持ち自体に嫌な気はしないけれど、そう言う問題じゃ無いと思うんだけれど。
 それに、私にはもう優希君がいるんだからこの話においても私からはこれ以上の返答はしない。ここは私の優希君の彼女としてのけじめと言うか、自覚の問題だと思う。
「先生? 先生は理想の先生を目指すんですよね? ですから、そう言う事は先生の立場で知るんじゃなくて、“これから”は、ちゃんと意中の人本人に聞いてあげて下さいね」
 相手の人も絶対その方が嬉しいと思うし、その方が先生の気持ちも相手に伝わりやすいと思う。
「じゃあ、改めて岡本の誕生日、俺が祝いたいから直接俺に教えて欲しい」
 そう言って、先生からしたら小娘であるはずの私に、顔を赤らめて改めてお願いして来る先生。これじゃあ隠すどころか、私に告白しているようなもんだって……先生なら気付いていないか。
「でも先生はもう私の誕生日、知っているんですよね? それに理想の先生は一個人の生徒に肩入れするんですか?」
 そして、私は先生が理想の先生を目指す応援をするって、誰になんて言われようとも先生の応援をするって決めたのだ。
 だったら先生には理想の先生を目指して貰わないといけない。私は先生にとって一生徒でないといけない。
「……分かった。岡本が

のを俺は待つことにするから……今の質問は無かった事にしてくれ」
 そう思っていた所に、先生の言葉。それはそう言う事で良いのか。
「分かりました。じゃあこの話は絶対に他言しないで下さいね。私と先生だけの秘密ですよ」
 あの“イイ女”って言ってくれる先生。せっかく私と先生だけの秘密のやり取りだとばかり思っていたのに。
 先生の事が好きだったら、喧嘩になっていてもおかしくなかった先生の失言。だけれど、先生を良い男にするのは私の役目じゃなくて、先生の彼女さんなのだ。だからイチイチ私から先生には指摘はしない。
 それに私がイイ男にするのは優希君って相手がいるのだから、私から優希君を裏切るような行為は、例え一言であっても出来ない。
「もちろんだ! だから岡本もその時を楽しみにしててくれな!」
 だから、私は

先生の言葉の意味を誤解しないといけない。
「はい。(友達と卒業出来る)その日を楽しみにしています」
「……本当に、岡本は俺にはもったいないくらいのイイ女だな。取り敢えず来月の誕生日楽しみにしててくれ。先に知ってしまったお詫びと言う形はとりたい」
 たまに聞くその言葉。何となく男の人が女の人を褒める最上級の言葉ってニアンスは伝わるけれど、女の子からしたらその言葉ほど幻滅する言葉ってなかったりする。だったら、自分に似合う女の人を探すか、私に釣り合う位良い男の人になって欲しい。卑下を感じてまでお付き合をして欲しいとも思わないのだ。
「私の誕生日は入試直前ですから、さすがに気持ちを受け取る時間も、そんな余裕も私にはありませんよ。だったら私の試験がうまく行くように祈ってくれた方が私は、嬉しいかもしれません」
 だから、先生の気持ちを断ったと気付かれないように遠慮させてもらう。
「そうか。そうだったな。俺が願書を持って来てこれだとさすがに恥ずかしいな。分かった。その分も含めて岡本の吉報を待つことにする」
 もう隠す気のない先生から私への気持ち。でも、理想を目指す先生の応援をするって決めた私にはこの事だけは優希君には言えないのだから、私自身でしっかりと先生とのけじめは付けないといけない。
「それでお願いしますね。結果が出たらそれだけで、私は先生の生徒で良かったと思えるはずですから」
 だから、私からは絶対に先生に女を意識はさせない。いつでも先生が私を女として見ていたって言う形を取らないといけない。
「本当に岡本って奴は……本当ならもっと色々な話をしたいが……岡本の可愛い私服姿を見てたら、俺自身が何をしでかすか分からないからそろそろ帰るな」
 なのに私の私服が可愛いってと言って、側から私を女として胸部や太ももに視線を送る先生。
 本当にどんなに格好良くて優しい男の人でも、“そう言う事”だけは同じなのかもしれない。
「先生? そう言うのは“好きな人”にしか駄目ですよ」
 だからこそ、私の彼氏――優希君――に安心してもらえるように、私自身の隙をもっと無くして行きたいと思う。
「――! ああ、もちろんだ。そもそも俺は岡本しか、そう言う目で見ないって約束してるからな」
 先生は得意気に言うけれど、そんな約束は多分していない。あくまでさっき言った通り、“好きな人相手にしかそう言う視線は駄目だ”って言っただけのはずだ。
 私への想いを隠す気のない先生に苦笑いを浮かべた後、
「それじゃあ、お母さんに勘繰られても大変なので戻りますね」
 先生からの視線をあちこちに感じながら、先生に背を向けてそのまま玄関を跨ぐ。


 改めて入試と願書の話をしようとリビングへ戻ると、
「あの先生、愛美想いのすごく良い先生じゃない! 少し頼りない所もあるけど、お父さんとまるで違うわね」
 ロクでもない表情をしたお母さんが椅子に座って待ち構えていた。
「だから初めからそう言ってたじゃない。なのに酷い言い方をして追い返したり無碍にしたのはお母さんたちでしょ」
 先生のあの疲れた表情の一端は、絶対二人にもあると思う。
「その事は悪かったって反省してるわよ。だから先生と愛美の事はちゃんと応援したじゃない」
 応援って……このお母さんは一体何を言っているのか。先生はあくまで先生で、お母さんは優希君の存在を知っているんじゃないのか。
「何でそうなるの? 大体先生と私を応援するって……先週こんな事があったばかりなのに、どうして平気な顔をして男の人を煽るの?」
 でも私から優希君の話を振る訳にはいかない。そんな事したらもっと話がややこしくなるだけと分かっているから。その代わり、さっき先生とのやり取りの中で感じた(ほう)を口にする。
「……男子の中にも色んな人がいる。今回の事でお母さんも本気で愛美をこの学校に通わせても良いかどうか迷ったわ。でも男子もそう言う人ばかりじゃないし、愛美には今回の件で男子に対する印象を決めつけて欲しくなかったからよ。だから、お母さんは前から愛美には色んな男子と遊んで欲しいって言ってたと思うし、何よりあの先生は信用しても大丈夫って事は分かったからよ。それに愛美が信じた男性ならお母さんが反対する理由はないのよ」
 なのにこんな時だけは真面目に答えてくれるお母さん。だから私はお母さんに二の句が継げなくなってしまう。
「第一愛美自身も、あの先生の事信用してるんでしょ? あの先生きっとどこかのタイミングで愛美に告白して来るわよ。あの先生と何があったのか詮索はしないけど、本当に愛美は学校でモテるのね。お母さん鼻が高いわよ」
 かと思ったらこれだ。男の人にモテたってロクな事なんて無いんだから、『自分が好きになった人ひとりで良いから、好きになってもらえたらそれ以上は要らない』のだ。なのに鼻が高いって……ある意味ではお父さんも可愛そうなのかもしれない。
「お母さん。そう言う言い方は世の中の男の人に対してさすがに失礼だって。それに信用しているのはあくまで先生としてなんだから、変な勘違いだけは辞めてよ」
「何言ってるのよ。教師って安定してるしあの先生だって愛美にぞっこんだったじゃない。この分だとお相手もうかうかしてられないんじゃないかしら?」
 やっぱりお母さんはほぼ全部を見破っている。先生の気持ちが優珠希ちゃんにバレたら、私が何を言われるのか分かったもんじゃない。
「ちょっとお母さん! 進路の話を――『そんなの必要ないじゃない。受けて受かったら行くんでしょ? それにあの先生も愛美の成績なら大丈夫だって言ってもくれたんだし』――」
 いやまあそうなんだけれど、そんなに軽い話で良いのか。
「それと教頭先生のお話って言うのも、愛美がデートしてる間に聞くようにするわよ」
「もう! 慶がいるんだから、いい加減にしてよ」
 お願いだから“デート”とか言う危険ワードを口にするのは辞めて欲しい。
 でも幸いな事に、慶が自分の部屋に閉じこもってくれていたからと、
「じゃあ私、二階で勉強しているから!」
 それに便乗する形で私も、そのまま二階へと避難させてもらう事にする。
「まさか娘の恋愛事情をイジルのが、こんなに楽しいとは思わなかったわね」
 お母さんのとんでもない言葉を背に。

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