第163話 孤独と疎外感 4 Bパート

文字数 7,498文字


 結局実祝さんを最寄り駅まで送り届けて、自宅まで送るのを固辞した蒼ちゃんも家の近くまで送り届けて、お母さんと二人だけの車内にて、
「愛美も含めて三人とも目が赤かったけど、今日は何の話だったの?」
 いつもの冗談では無い口調で、お母さんが気にかけてくれる。
「そんなたいそうな話じゃないよ。ただ、長い間喧嘩していた友達と、今日やっと仲直り出来ただけだよ」
 お母さんの問いかけに素直に答える。でもまあ、この年で友達と大喧嘩して、仲直りをしてみんなが涙するなんて言うのはあんまりないかもしれない。
「そう。愛美も大人になろうとしてるのね。今はまだ実感が沸かないかも知れないけど、本当の友達って言うのは人生の中でそうそう巡り合えるものじゃないから、大切にしなさいね」
 大人たちみんながみんな、口を揃えて言う“今の友達を大切に”。その裏に見え隠れする“社会人になってから”の友達の話。
「お母さんって友達とかいるの?」
 聞きようによってはこれ以上ないくらい失礼に当たるような質問。もちろんこんなの身内であるはずのお母さんにしか聞けない。そのお母さんの口から、お父さんに対する情熱を聞く事は多々あったとしても、友達の話は一度もない。
「いない事は無いけど、ここ数年は会ってないわね。これはお父さんが悪いわけじゃないから誤解しないで欲しいけど、どうせお付き合いをするのなら、愛美の周りの人まで大切にしてくれる人の方が良いわよ」
 そして半ば予想通りの答え。今、私が抱いている感覚が合っているのかどうかは分からないけれど、あの腹黒からはそう言った話は聞かないし、朱先輩も基本週末しか会わないけれど、あまり他の人の話は聞かない。更に、いつも保健室にいる印象の強い優珠希ちゃんや御国さんに至っては、日中何をしているのかすらも分からない。そして極めつけは、今も孤立深まっている雪野さんだ。
 そう思うと、ただ喋る人、顔見知りって言うのと友達って言うのは、大きく違うのを実感してしまう。
「優希君はいつも私の友達も気にかけてくれるよ。ちなみに、今日の仲直りも優希君の願いでもあったんだよ」
 だからこそ、私が惹かれた部分でもあった訳だし。
「そうなのね。愛美は本当に良い人を選んだのね」
 私の答えに少しだけ声を上ずらせるお母さん。
「昨日先生が仰ってた教頭先生訪問の件だけど、この後帰ったらお父さんに電話して来て頂こうかと話そうと思うけどどうする? 愛美も自分の気持ちを言う? それともお母さんが話す?」
 他人が聞いたら何でもない事かもしれないし、大人同士の話で何の関係も無いって思う人の方が多いのかもしれない。
 だけれど、この何でもない一言の中にこそ、私への気遣いが入っていると思うのだ
「ううん、良いよ。お母さんが私の事を分かってくれているって伝わっているから、お母さんに任せるよ」
 それにお母さんだってお父さんとゆっくり喋りたいだろうし……まあ、内容に色気は無いだろうけれど。
「ありがとう愛美。それじゃあ、お腹を空かせた慶久がうるさいから早く帰るわね」
 それでも、私の一言でお母さんに喜んでもらえたのか、上ずった声を戻して再び家へと向かう。


 家に帰った私は、
「蒼依さんの手作りのお菓子美味かった。またお礼言いたいから次蒼依さん来る時は絶対声かけてくれよな」
 絶対お腹を空かせた慶が不機嫌そうにしていると思ったのに、
「分かった。そう言う事なら次は声かけたげるから。多分もうすぐご飯も出来ると思うよ」
 蒼ちゃんの手作りクッキーのおかげで、機嫌の良かった慶に、さっきの咲夜さんの話題の時の行動に対するお礼の意味も込めて、色よい返事だけはしてやる。

 お父さんの事はお母さんにお任せしたからと、自室に戻って来た私は

発元:実祝さん
題名:愛美の一面
本文:今日は友達の家に行けた。愛美と仲直りしてたくさん喋れた。本当に楽し
   かった。ありがとう。そして明日からもよろしく。

 実祝さんから感謝のメッセージと共に、咲夜さんからの追加の着信に、何とも言えない気持ちになる。
 ただ、さっき返事に窮した時の二人の顔。それに友達は大切にして欲しいって言ってたお母さんの気持ち。優希君にも何度か言われている友達の大切さ。
『……もしもし。どうしたの?』
 思う事も、持て余している感情も多いけれど無視する事は出来なくて、こっちからかけ直す。
『……本当にあたしとは、もう喋ってくれないのかと思った』
『……咲夜さんは今どこにいるの? 体調良くないの?』
 その咲夜さんの声が明らかにいつもとは違い過ぎるのだ。
『……正直気持ち的には相当滅入ってはいる。でもそんな事よりも、今日学校って言うか、先生から連絡があったんだけど、愛美さん先生に何か言った?』
 そっか。昨日の今日で先生が早速動いてくれたんだ。
『確かに言いはしたけれど、先生から何て連絡があったの?』
『他の生徒から、あたしの停学はおかしいって。被害者が停学になるなんて聞いた事が無いって。原因となる生徒はもういないんだから、今こそ該当生徒の立ち居振る舞いをしっかりと見るべきだって言う意見があったらしくて、来週から復学する事になったの』
 しかも、今回は結果まで出してくれている。私にとっては。ではあるけれど、とても頼りになる理想の先生に近づいているんじゃないかなって感じる。
『じゃあ、明日一日休んだら週末を挟んで登校するんだよね』
 逆に言うと、明日一日だけ実祝さんが独りだって言う事に耐えたら、来週からは咲夜さんもいるわけで。
『これって絶対愛美さんのしわざだよね。前の電話の時、もうあたしに関わるのは辞めるって言ってたのに、どうしてあたしの世話を焼くの? 実祝さんの事も愛美さんが何とかするんじゃなかったの?』
 私の方も何とか解決の糸口を作ろう、掴もうとしているのに、どうして咲夜さんもまた勝手な事を言い始めるのか。みんな私にどうして欲しいのか。
『どうしても何も、初めから実祝さんの事は咲夜さんに任せるって言ってたし、何より今日実祝さんが家に来てくれて、咲夜さんにも優しくして欲しいって言ってくれたんだよ。その実祝さんの気持ちとか考えた事ある?』
『愛美さんの家に来たって……ひょっとして実祝さんと仲直り――』
『――したよ。もちろんその場には蒼ちゃんにも立ち会ってもらってる。その時に実祝さんから、咲夜さんが優希君に告白した際の色仕掛けの内容についても教えてくれたよ』
『――っ!』
 だけれど、別にこの事について責めたいわけじゃない。
『それでも、その上でも、咲夜さんに実祝さんの事をお任せしても良いの? それとも、実祝さんが私に話した事は許せない?』
 ただ、人を赦す時のしんどさ、辛さを知って欲しいのだ。もちろんこんな人を試すようなやり方は間違っているに決まっている。
 分かってはいてもこうせざるを得ないくらい、あの日の咲夜さんの電話には腹が立ったのだ。
『あたしに人を怒る資格なんてないけど、愛美さんはそこまで知っても、あたしと実祝さんの仲を取り持とうとしてくれるの?』
 何を資格とか見当外れな事を口にしているのか。実祝さんが友達として咲夜さんを気にしている。だからこっちも友達として、その気持ちに応える。たったそれだけの事じゃないのか。
『じゃあ咲夜さんの気持ちが、優希君に流れかけている事を予め優希君に伝えた「っ!」私は、何の資格が無くなんの?』
 だから私は自ら悪者になって、少しでも咲夜さんと同じ目線に立つように意識を持って行く。
『……念のため、先に言っておくけれど、これで優希君とお付き合いする資格が無くなるとか言われても、私は優希君と別れる気も、他の女の子に譲る気もないからね』
 だから怒りたい時には怒ったら良いと言ったつもりなんだけれど、やっぱり私の伝え方がうまくないのか、電話口から再び咲夜さんのすすり泣く声が聞こえるだけだ。
『……上辺ばっかりで、友達と付き合って来たあたしのこの学校生活は、後悔ばっかりだよ。やる事なす事何もうまく行かなくてうまく言葉も伝えられなくて……愛美さんと喧嘩みたいになって、本当の友達を傷つけて。こんな事になるなら、初めから誰とも仲良くならなかったら良かったのかな。誰も好きにならなかったら良かったのかな』
 咲夜さんから優希君への気持ちは今更だったし、こんな一言で引いてしまうような女の子に絶対負けたくない。
 ただ、優希君の事も蒼ちゃんの事も、

許せなかったとしても、最近本当に頼りになりつつある先生と実祝さんは、咲夜さんを気にしてくれているのだ。私は、実祝さんが言ってくれていた言葉を務めて思い出しながら、
『……咲夜さん。もし本気で、誰とも仲良くならなかったらって考えているのなら、さすがにそれは甘えだよ。少なくとも実祝さんは咲夜さんを気にしてくれている。その実祝さんの気持ちまで無かった事にしてしまうの?』
 その気持ちまで無かった事にしてしまうのは、あまりにも寂しすぎると思うのだ。優希君に関しても、咲夜さんの心の中くらいでは、大切な相手として記憶に残すのはしても良いと思うのだ。
『でもあたし、怖くて月曜日から学校になんて行けない』
『何で? もう例の女子は2グループともいないんだから、咲夜さんを縛る鎖はもうないはずなんだよね。それでも不安だったら、それこそ友達である実祝さんと話したり、相談すれば良いじゃない。友達から貰える力って大きいよ』
 本当の友達って言うくらいだから、今までとは付き合い方が変わっているのかもしれないし、友達の強さもまた、知らないのかもしれない。
『……分かった。愛美さんがそこまで言うなら、この後実祝さんにもう一回電話してみるけど……実祝さんと仲直りしてくれてありがとう』
 私の言葉の何かが琴線に触れたのか、それとも単に時間の問題だったのか、お礼を最後に通話が終わる。
 本当に友達って難しいなって思う。誰とでも仲良くなれる人、すぐに打ち解けられる人ってどうやっているのか、ものすごく気になる。
 それでも私はやっぱり、周りの人を大切にしていきたいし、人数は少なかったとしても現在(いま)を振り返った時に笑い合える友達がいたら、幸せなんだろうなって思える。

 結局咲夜さんとも思った以上に長電話をしてたにもかかわらず、夜ご飯に呼ばれなかったからと下へ降りると
「……」
 お母さんがお父さんとまだ電話をしていて、見るからに話が平行線っぽい事が分かっただけだった。
 さすがにこの時間まで夜ご飯が無いって言うのは、慶には気の毒に思えたから
「今お姉ちゃんが作ったげるから、あと少しだけ待ちなよ」
 気だるげに私の方を見ている慶に一声かけてやって、作りかけの残りの過程を作ってしまう。
 本当ならお母さんに変わって、どうせ納得してくれていないのであろうお父さん。私が代わりに文句を言おうとも思ったのだけれど、お父さんの事はお母さんにお任せしたのだからと、慶と一緒に手早く夜を済ませた私はお母さんに小さく笑顔を作って、放課後の約束である中条さんに電話をするために二階へと上がる。

―――――――――――――――――<スピン>―――――――――――――――――――――

『私だけれど、今時間は大丈夫?』
 自室に戻って鍵をかけてから早速中条さんに電話をする。
『はい。あーしは大丈夫ですけど、愛先輩こそ副会長との恋人同士の電話は良いんですか?』
 恋人同士って……中条さんが応援してくれている事は理解しているけれど、なんて言うか明け透けで良くも悪くも恋愛に手慣れている感じがすごい。
『うん。優希君からは今日じゃなくても良いし、友達を優先してって言ってくれたから大丈夫だよ。それよりもあれから彩風さんの様子とか、優希君のお話、聞いてくれた?』
 恋人云々はともかく、まずは優希君のお話を聞いてもらってからしか、話が進められない。
『……正直6限目と7限目は彩風の状態が酷かったので、あーしの判断で保健室に連れて行きました』
 統括会の人間が、結局はサボったのか。本当ならたくさん文句を言いたかったのだけれど、私もよく似た理由で一度授業をすっぽかしてしまった事があるから、ため息だけにしておく。
『愛先輩が言いたい事も、ため息をついた理由も分かりますけど、今日はあーしの判断ですから彩風を責めるのは勘弁して下さいよ』
『責めるも何も。全部彩風さんが私たちの助言を聞いてくれなかったからでしょ? むしろ私の方が倉本君を好きだって決めつけられて不愉快だったんだけれど』
 天城にしても、彩風さんにしても好きな人に振り向いてもらえない気持ちはよく分かるし、その相談とか持って行きようのない感情ならいくらでも聞けるけれど、八つ当たりは辞めて欲しい。
 今回は先に私の方からメッセージを送ったけれど、これが変な形で優希君の耳に入るのだけは避けないと、優希君が不安にもなってしまうし、優希君から私への気持ちが十分伝わっているだけに、辛い気持ちにさせてしまうかもしれない。
『愛先輩の気持ちも分からなくはないですが、恋愛マスターである愛先輩が本気出したら、あーしらごときが太刀打ち出来るわけ無いんですから、彩風が自棄になる気持ちはあーしには十分分かりますよ』
 私が本気出したらとか言うけれど、そんなに簡単に人って好きになったりするものなのか。
『だから私は倉本君とは二人だけの交渉はもちろんの事、デートなんて以ての外なんだって』
 売り言葉に買い言葉で、自分自身が言ってしまったとは言え、本当に何回言ったら分かって貰えるのか。
『その話、彩風には伝えてないんですよね』
『そりゃお灸を据えたんだから、言ってしまったら意味ないじゃない』
 それでなくても役員室で幾度となく雪野さんとの事で揉めて、涙もして来ているのに。
『それにしてもやり過ぎですって……何かその事も含めて、愛先輩のメッセージについて副会長からも色々聞かれたんですが、愛先輩に直接話があるみたいでしたよ』
 ……さっきのメッセージと言い、優希君の機嫌は斜めなままな気がする。
 これは今日みんなで仲直り出来た話、蒼ちゃんも元気だったって事を小出しにしながら、優希君の小言をやり過ごさないといけない気がする。
『優希君と言えば、中条さんへのお願いって何だったの? その話も今日してくれたんだよね』
 そうと決まれば、これを機に話を変えてしまう。
『……何となくごまかされた気がするんですが……驚いた事に、愛先輩と同じ事頼まれました』
 中条さんの鋭い勘が可愛くない。
『同じ事って?』
『彩風が気になるのも分かるけど、自分の大切な友達が同じ統括会メンバーに乱暴してた事をまったく知らされてなかった中、一夜にして無期停学処分で、ただですら苦しくてしんどいんだから、同じ女の子として、人としてたった一人残された雪野の気持ちは分かろうとして欲しい。その一つのカタチとして、今二年の間で広がってる雪野さん=サッカー部男子の噂を払拭して欲しい。そうしないと会長から愛先輩へのちょっかいも終わらないし、何より同じ学校の仲間を傷つけるのを愛先輩も副会長も、統括会役員として、一人の人間として認められないし、愛先輩はそう言う人とは付き合わないと思うって言われました。その上、今の状態で愛先輩が泣いたりしたら、副会長にだけ、愛先輩を泣かせたら会わせないって言う約束はおかしいよね。って逆に手痛いしっぺ返しみたいなのも貰いました』
 そう言えば、何回も優希君が私を涙させたらもう会わせないって、話は聞いていたっけ。電話で聞いただけでも分かる二人だけの特殊な駆け引きと言うか交換条件と言うか……それでも私の方には優希君と別れるなんて選択肢は無いけれど、優希君の何とかして私を涙させない様にって言う気持ちだけは伝わって、私の胸が少しだけ温かくなる。
 ただし、今一番辛いのは、何を言い残す事もなくたった一人残された雪野さんである事には間違いない。その上で勝手な誹謗中傷の噂まで広がっているのだから。言われればすぐに納得出来るのに、やっぱり気付けない私がまた“歯がゆさ”に囚われそうになる。
 本当に優珠希ちゃんと言い、優希君と言い、どうしてそんなに柔軟な考え方が出来る上、的確に言葉に出来るのか。
 だから中条さんに噂って言う枷を取ってもらって、本来彩風さんにお願いするはずだった雪野さんを支える役割を私にお願いするつもりだったって事なのだと初めて理解する。
『……だったら、私も優希君からの注意をちゃんと受けるから、中条さんも少しずつでも良いから、優希君からのお願いを聞いてくれたら嬉しいな』
 だったら、私ももっと優希君に釣り合うように自分磨き――人に優しく――をしないといけない。
『――っ?! 分かりました。さすがにすぐと言う訳には行きませんが、少しずつでも出来る事はしますけど……彩風はどうするんですか? あーしからさっきの愛先輩の話を伝えても良いですか? それだけでも彩風の気持ちは相当落ち着くと思うんですが』
『ううん。自分で言うって言うか、今日中にメッセージで伝えておくよ』
 だったら優希君が頼んでくれた事なんだから、人に頼るんじゃなくて私自身で彩風さんに伝えるべきだ。
『分かりました。それじゃあーしも明日から少しずつでも動きますんで、素直じゃない彩風をよろしくお願いします』
 お互いのやるべき事を確認し終えた私たちが通話を終えたその足で、

宛先:彩風さん
題名:売り言葉に買い言葉
本文:昼休みに心無い事言ってごめんなさい。私の中では本当に優希君以外考えられないから、
   倉本君とどうこうなる気は全く無いって事だけはどうしても伝えたくてメッセージを送り
   ました。彩風さんが嫌じゃ無かったら、また喋ろうね。

 メッセージを送り終えた私は、今日は遅くなってしまったお風呂にそのまま頂く。

――――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――――――
   友達の喧嘩も終わり、それでもみんなで仲良くとは行かない四人。
   その中で、どうしても感情が先立ち、思い込みの激しい後輩の想い

 一方で先生の話を聞いてお父さんに電話をするももう一波乱のありそうな岡本家

       その中で何とか彼女の意向を叶えようと奔走する最中(さなか)
       確実に思いが育ち切っているとある人物が動き出す

 『もちろんだ。だから岡本さんと二人っきりでゆっくりと相談に乗って欲しい』

         次回 第164話 人をまとめる難しさ
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