第163話 孤独と疎外感 4 Aパート

文字数 8,522文字


 三人で涙ながらに手を繋いでいたのだけれど、突然蒼ちゃんが手を離して自分のカバンの中を漁り出す。
「それじゃあ、三人の仲直りの証に、二人に私の作ったクッキーを食べて欲しいの」
 目当ての物をカバンの中から掴み取った蒼ちゃんが、涙で濡らした笑顔で“らしい”提案をしてくれる。
「蒼依……」
 それはあの日の放課後を再現したいって事で……
「そのクッキーって例の?」
 蒼ちゃんが作ってくれた初めてのクッキーで、お世辞にも美味しいとは言えないけれど、相手を目一杯想いやって作った優しいクッキー。
 私たち二人を親友に押し上げてくれたクッキーを、あの時と全く同じ包装にして私と実祝さんに一袋ずつ差し出す蒼ちゃん。
「……蒼依……ありがとう」
 その包みを前回とは全く違う、宝物を貰う手つきで受け取る実祝さん。
 当然私の方も、蒼ちゃんからのクッキー。両手で受け取るに決まっている。
「それと、こっちが今の私の全力のクッキー。こっちは少ないからみんなで食べよ。だから先にそのクッキーで二人に仲直りして欲しいな」
 さっき、三人共それぞれの非で手打ちにしたはずだけれど、蒼ちゃんのクッキーを食べられるのなら是非もない。
 私は改めて朱先輩に教えてもらった“隙”を意識しながら座ったら、
「……」
 やっぱり今までの私とは違うのか、蒼ちゃんから驚いた表情を貰う。
 さすがに恥ずかしくなった私が、早速蒼ちゃんからのクッキーを一枚口の中に放り込むと、あの懐かしい甘くてベタっとした食感が口の中に広がる。
 実祝さんも同じ感想を持ったのか、顔をしかめながら
「何これ、美味しくない……美味しくないのにまた食べたくなる変なクッキー」
 言いもって二枚目も口にするのを、再び目に涙を浮かべた蒼ちゃんが本当に嬉しそうに実祝さんを見やる。
 二人を見ていて、わだかまりのあった二人がその溝を埋めるのに私がいるのは無粋かなと思い、
「飲み物を用意して来るから、少しだけ待っててね」
 今度は私が席を外す事にする。


 誰もいない台所で少し時間を潰してから飲み物を用意して、再び自室へと戻ると、二人してどんな話をしたのか、さっきよりもお互いの身体が近い気がする。
「……」
 私が席を外した事によって、二人が本音で何かを話せた結果、今の距離感があるのならすごく嬉しいなって思いながら、しばらく蒼ちゃんからの思い出のクッキーの方に舌鼓を打っていると、誰かが帰って来たのか、
「……」
 再び玄関を開け閉てする音が聞こえる。
 その後も騒々しい音や、二階へ上がって来る気配を感じないから、お母さんが帰って来たのだと結論付ける。
「……そう言えば愛ちゃん。あの傘、空木君から貰ったって言ってたけど、空木君とは会ったの?」
 一番初めに優希君からの傘を絶賛してくれた実祝さんに続いて、蒼ちゃんの全力のクッキーに舌鼓を打っていると、今度は優希君から貰った傘に視線を送った蒼ちゃんが穏やかに聞いてくれる。
「うん。日曜日と火曜日に会ってもらったよ。本当なら今の私の顔がこんなだから怖かったんだけれど、優希君も妹さんから色々聞いたみたいで、心配だって言ってくれて……その時に蒼ちゃんの事も放課後の下駄箱で一度は見ていただけに、悔しいって言ってくれていたかな」
 当然私の彼氏なんだから、親友である蒼ちゃんも気にかけてくれる。
「……あたしの事も、夏休みの習熟度テストの時激励してくれた。“テストは誰の為でもない。自分の為だって。愛美の気持ちは無駄にして欲しくない”って。愛美の彼氏は良い人。でも会長は嫌い」
 一番初めに優希君の傘を絶賛してくれた、実祝さんの話に穏やかに耳を傾けていたはずなのに、最後の一言で思わず吹いてしまう。
「会長って、あの会長さんの倉本君の事?」
「そう。あってる。その会長が“あたしと愛美の彼氏と二人でどっか行け”って言った。その後、愛美と会長の二人で遊びに行くとか言った時に、愛美がキレた。愛美があたしの事、友達だって言ってくれてすごく嬉しかった」 (133話)
 実祝さんが言い切った時、蒼ちゃんが分かりやすくため息をつくと同時に、蒼ちゃんとつないでいる方の手に力が入っているのが分かる。
 だから蒼ちゃんに白状するつもりで、夏季講習の最終日に行われた試験の話と、同じ難関コースだった優希君と実祝さんが、私と倉本君がいる難関国公立の教室に来てくれた時のやり取りを話してしまう。
「……つまり愛ちゃんは、夏休みの時点で祝ちゃんの事は許してたと」
 蒼ちゃんの反応がおかしい気がする。
 本当なら私が倉本君の誘いをしっかりと断ったところに着目して褒めてくれる所じゃないのか。なのに、どうしてこのタイミングで、そこに反応するのか。もう仲直りも済ませんたんだから、そこに反応する必要は無いと思うんだけれど。
 最近蒼ちゃんもイジワルになってきている気がする。
「愛美……って、違う違う。いや、嬉しいのは嬉しいけど、あの日愛美は副会長ともキスをしてるはず」
 な……なんて恥ずかしい話を、蒼ちゃんの前で口にするのか。いや違うのか。あの時、唇を巻き入れたので予想はついていたって事か。
「知ってるよ。愛ちゃんは夏休み中の登校日から、空木君といつでもキス出来るように唇にリップクリームを塗ってたんだから。ただ、愛ちゃんの性格的にリップを塗ったからって、すぐにキスまでは踏ん切りがつかないだろうから、8月の下旬位に空木君とのキスに慣れたとしたら……愛ちゃんのキスは、お盆前かな? それともお盆直後くらいかな? こう見えて愛ちゃんはとっても甘えん坊だから、慣れたらキスばっかりねだるだろうから、空木君も嬉しいんじゃないかな」
 かと思っていたら、もっと恥ずかしい事をしかも赤裸々に語ってくれたのだから、今すぐこの部屋か逃げ出したい。と言うかなんでそんな事までバレているのか。
 だけれど、私の気持ちは二人共に握られた手によって叶わないどころか、身動きすら出来なくなってしまう。
「この部屋を見ても分かる通り、愛ちゃんは空や青色、涼しい色が好きなんだよ」
「……つまり副会長は愛美の事を良く見て理解してる。よきかな、よきかな」
 しかもさっき仲直りしたばかりなのに、この息の合い方はちょっと仲良くなり過ぎじゃないのか……でも仲直りをしたのは私と実祝さんで、蒼ちゃんじゃないのか。
「そう言えば愛美。送り狼は無事? 送り狼がこの傘を見たら愛美が危ない」
 送り狼って何の事なのか。いくら実祝さんと仲直りをしても、たまに分からない言葉は混じる。
「この傘って……! ひょっとして、実祝さん?!」
 そう言えば、先生が私への気持ちを全く隠すことなく、実祝さんに言っていたとか、二人共から聞いていたっけ。
「……愛ちゃん?」
 でも、実祝さんの言葉足らずな話を聞いて、声を低くした蒼ちゃんが私に向かって半眼を向けて来る。しかも、ただの半眼じゃなくて、さっき三人で泣き合って目が赤い分、いつもより雰囲気が怖い。
「蒼ちゃん違うの。さっきも言ったけれど学校での話、今回の事件の概要と顧問、学校側も含めた関係者全員の処分を伝えるために来てくれただけだって。もちろんその話も先生と二人きりじゃなくて、私のお母さんもさっき聞いているって言ったばかりだよ――実祝さんも。先生の気持ちを勝手な判断で吹聴したら駄目だって言ったよ?」
 私は、先生に理想の先生を目指して欲しくて応援しているのだから、こんなところでとん挫している場合じゃない。
「むぅ……そこまで言うなら、あたしが先生から聞いた話を蒼依に聞いてもらう『ちょっと実祝さん?!』――“岡本があたしの事心配してたぞ。あたし自身に元気が出ないのは分かるが、俺だって岡本がいなくて寂しいんだ。岡本がいればいつでも俺に笑いかけてくれるし、いつでも俺の応援もしてくれるし力もくれるんだ。だったら岡本が再びこの教室に帰って来てくれた時、喜んでもらえるように何とか俺たちで力を合わせよう! そして岡本が帰って来た時には、担任としてだけじゃなくて、一人の人間として頼りにしてもらえたら嬉しいし、あたしだって友達を喜ばせたいだろ”ってあたしに愛美の話ばっかりしてた」
 実祝さんの言葉にため息をつくよりも早く、
「……愛ちゃん? 先生の携帯番号以外にも何かやり取りはしてるの? それと、昨日先生が来た時、この部屋には?」
 蒼ちゃんの私を突き刺すような視線と、呆れを混じらせた言葉を貰う。
「携帯以外のやり取りって……そもそも、携帯のやり取りすらもしていないし、昨日はお母さんもいてくれたんだから、先生を部屋に入れるわけ無いって。それに先生は、暴力を振るわれた私たちの事を、特別に心配してくれただけじゃないの?」
 それを抜きにしても、先生を私の部屋に入れる訳にはいかない。
 そんな事をしたら、優希君に対する浮気になり兼ねないし、さすがに優珠希ちゃんにも叱られるに決まっている。それに先生が理想の先生を目指すのに、私の部屋は関係ないはずなのだ。
「むぅ……それだったらあの狼は蒼依の事も、もっと気遣って話題に出さないとおかしい」
「先生が、愛ちゃんをとっても気にしてるのは、私も知ってるんだから、今更だよ。そんな事よりも会長さんだけじゃなくて、先生まで本気にさせてしまってどうするの? 空木君は先生との事、どこまで知ってるの? さすがに恋愛上級者なだけあって、男の人の心を掴むはとってもうまいけど、愛ちゃんは“好きになった人一人だけで良いから、好きになってくれたら何も要らない”って言ってたのはどうしたの?」
 どうするもこうするも、私は先生の気持ちを知らない事になっているし、優希君に話すにしてもどこまでも何も先生とは個人的な連絡なんて一切していないのに、何を話すのか。
 そもそも、先生が私との約束を破って周りに言ってしまっているのが問題なんじゃないのか。これは私から先生にお灸を据えないといけない気がする。
「先生の事は、先生を応援するって決めているから、誰にも何にも言うつもりは無いよ。だから二人とも、出来れば先生の事は、誰にも何にも言わないで欲しいな」
 私のお願いに、また溜息をついてから、
「……先生から告白されても愛ちゃんはちゃんと断れるの?」
「もちろん断れるって言うか、私が学生の間に告白とかはないよ」
 返って来た蒼ちゃんの質問に答えていく。
「会長さんの積極性にタジタジだった愛ちゃんは、本当に一人でも断れるんだね?」
「断れるよ。男の人だって浮気されたら辛いんだから断るに決まっているし、そもそも私自身が優希君以外の男の人に触れたくないって思ってる」
 正直言うと、あの日以来優希君と先生以外の男の人が、本気で力を入れられたら全く太刀打ち出来ない事を体感してからは少し怖い。
「……分かった。恋愛上級者の愛ちゃんがそう言うんだったら、空木君に先生との事は言わない」
「――蒼依が愛美に甘い」
 蒼ちゃんが言い切った事に驚いた顔をしながらも、何とか納得してもらえたところで、誰かの――私の携帯が鳴り出す。

―――――――――――――――――<スピン>―――――――――――――――――――――

 こんな時に誰かなって相手を確認すると、咲夜さんだった。
 そう言えば咲夜さんとは電話口で喧嘩したきり、一方実祝さんに注意されたままの事を思い出す。(152話)
「電話、出なくて良いの?」
 着信相手が誰か知らない蒼ちゃんが、聞いてくれるけれど前回蒼ちゃんをダシにされて喧嘩になった手前、実祝さんの前でこの電話には応答し辛い。
「うん。長くなりそうだから、また夜にでも改めてかけ直す事にするね。ありがとう」
 少しの逡巡の後、私は嘘。とまでは言わないけれど本当の事を隠して携帯を置く私の手を
「……」
 実祝さんがじっと見ていた。


 それからはとにかく三人で喋りまくった。私は心の隅の方に小骨を一本残しながら、実祝さんからは時折何とも言えない視線を貰いながらも、喧嘩していた三か月を埋める勢いでとにかくしゃべり続けた。
 その中でお互い確認し合った事は、先生の事は不干渉とするから私自身がどうにかする事。そして今まで通りメガネと倉本君の事は優希君との話の事もあるから、私に協力してくれる事に。
 そして現在教室内で実祝さんが独りって言う事から、私が復学するまでの間は先生の助けも借りつつ、みんなで連絡を取り合いながら実祝さんを独りにはしないようにするって事だった。
 その中で唯一みんなが無意識だろうか避けていた咲夜さんの話。
「愛美。あたしだけじゃなくて咲夜の事――」
「――駄目だよ祝ちゃん。アノ人だけは駄目。島崎君を愛ちゃんに紹介したのも、空木君に他の女の子を紹介したのも、アノ人自身が空木君に告白する際に、

アノ人を許すのは無理だよ」
 咲夜さんの名前が出たとたん、私が反応するよりも早く声のトーンと喋り方が一変する蒼ちゃん。
「でも、その事は先週の3日(木曜日)に咲夜が全部話してくれたし、あたしも泣きながら咲夜に叱った」
 こうなるのが嫌だったから電話に出なかったのに。
「祝ちゃんの言いたい事も分かるけど、愛ちゃんは島崎君にも嫌な事されて来たし、愛ちゃんがボロボロになった日の姿も祝ちゃんは覚えてくれてるよね」
 今なら分かる。男の人に乱暴に扱われてしまったからこそ、蒼ちゃんの男女関係に対する考え方が厳しくなって、元は引っ込み思案だった蒼ちゃんが事、男女関係においてはハッキリ物を言うようになったのだと。
「分かるけど、咲夜だって本当にボロボロ。あたしからもしっかり言い聞かせるから、後一回で良いから咲夜にも優しくして欲しい」
 どこかで私と咲夜さんの喧嘩を聞き知っていたのか、最後は私の方をまっすぐに見ながら口を開く実祝さん。
 私だってせっかく仲直り出来た実祝さんの話を聞きたいのは山々ではあるけれど、私自身、蒼ちゃんを言い訳にした咲夜さんに対する感情をまだ消化しきれていないのだ。
 だから返事に窮したところで、玄関のドアを乱暴に開け閉てする音が聞こえる。しかもそのまま挨拶もせずに足音も大きく立てながら二階へと上がって来る気配を感じる。
「……えっと何? それとも誰?」
 当然普段から物静かな実祝さんがびっくりするわけで。
「ああ。私の弟――慶久(のりひさ)だよ」
 あまりにものガサツさに恥ずかしさを覚えていると、更に階下から聞こえるお母さんの注意らしき声なんて気にする事なく、
「蒼依さん俺です。暴――ねーちゃんや、バ――母さんから蒼依さんが大変な事になってるって聞きました。俺を安心させるために、ねーちゃんなんかの部屋に閉じこもってないで、俺に見目麗しい蒼依さんの姿を見せてくれませんか?」
 もう慶の訳の分からない言葉を聞いているだけで恥ずかしい。何が見目麗しいなのか。知りたての言葉を思いつきで使ったような言い回しなんて、恥ずかしいから辞めて欲しい。しかも所々、私やお母さんに対する暴言も混じっている気がするし。
 そして極めつけは今までで最も自分勝手な事を口にして、私の部屋のドアをノックして何の事情も知らない実祝さんを心底驚かせる慶。
「慶久君。今日はお姉ちゃんのお友達も来てるから、今度ゆっくりお話ししようね」
 慶の言葉に苦笑いを浮かべた蒼ちゃんも否定しないものだから、更にびっくりする実祝さん。
「念のために言っておくと、別に私の弟と蒼ちゃんが付き合っているとか、断じてそう言う事じゃなくて、ただ慶が蒼ちゃんにラブだって――」
「――おいねーちゃん。ここ開けろよ。そこに蒼依さんいんだろっ」
 今ドア越しに蒼ちゃんと会話したはずなのに、何を恥ずかしい事を言っているのか。
「はぁ? 何で慶の為にドアを開けないといけないんだっての。今日は他にも友達がいるんだから変な事ばっか口走って恥かかすなっての」
 さっきからずっと実祝さんが驚きっぱなしだってのに。
 ただ、私がドアを開けない事を悟ったのか、それとも単に学校帰りの荷物をどうにかしたかったのか、ドア越しにですらも聞こえる文句を言いながら、足音が小さくなるのを聞き届ける。

「家の中の愛美、全然違う。新鮮」
 なんだかんだ言いながら、咲夜さんの話も流れたような形になったのも手伝って、ほっと一息実祝さんの言葉に振り返ると、半眼の蒼ちゃんと、今日驚きっぱなしの実祝さんから視線を貰う。
「慶久君は私の心配をしてくれたんだから、もう少し優しく言ってくれても良かったんじゃないかな」
 今朝の慶の態度と言うか、手の平返しを見ていないからそう言えるのだと思う。蒼ちゃんがそうやって甘やかすから、増々調子に乗るのだと思うんだけれど。
「別に良いんだってば。それよりそろそろ良い時間だと思うけれど、二人とも帰らなくて大丈夫?」
 実祝さんは明日学校のはずだし、蒼ちゃんに至っては両親と喧嘩してくれてまでの立ち合いであり、さっきも固定電話からの連絡だったはずなのだ。だから、目的だけは達成した今、不用意に蒼ちゃんの両親に心配をかけるのは得策とは言えない気がする。
 私の一声がそう言う空気にしたのか、二人とも帰る準備を始める。


 全員の準備を終えたところで、お母さんも出迎えてくれる。
「ごめんなさいね。それからそちらの愛美のお友達も『――夕摘実祝です。こちらこそ挨拶遅くなりました』――夕摘さんも、騒々しい慶久にびっくりしたでしょう。あの子が気にならなければ、またいつでも気軽に遊びに来て頂戴ね」
 お母さんからの申し出に嬉しそうにする実祝さん。
「それからおばさん。これ、私が作ったので、もし良かったら皆さんで食べてみて下さい」
 そう言って包みを更に二つ、お母さんに渡す蒼ちゃん。
「慶久の分まで……本当にいつもありがとう。慶久と一緒に美味しく頂くわね」
 当然お母さんも“悪い笑み”を浮かべながら蒼ちゃんからのクッキーを受け取る。
「それに、蒼依さんも大変でしょうに、今週も

愛美の

に付き合ってもくれたのよね」
 お母さんの言い方に、私の身体に悪寒が走る。どう考えてもマズい。
「ちょ『えっと……今週は私、病院以外では一度も家からは出てませんけど……気分転換ってどう言う事ですか?』――」
「そうだったの? てっきり愛美が日曜日と火曜日に“蒼依さんと”気分転換してたって聞いてたけど、違ったのかしら?」
 どころか、私の方に“悪い笑み”を貼り付けながら再確認をしてくるお母さん。どう考えても言い逃れ出来る気がしない。
「日曜日、火曜日……」
 実祝さんが何かを考えてって……まさかっ。
「その日って、さっき愛美が副会長と会ってたって言ってた日。そして傘の日?」
「ああ。そう言えば日曜日に愛美が傘を貰ったって持って帰って来てたわね。ごめんなさいね、おばさんの勘違いだったみたい」
 ……つまり全部分かっていた上で蒼ちゃんにけしかけたって事で良いのか。こう言うのを策士とか腹黒とか言うんじゃないのか……自分のお母さんを腹黒って言うのもなんだけれど。しかも、分かった上で私の“気分転換”の話を聞いていたって事でもあるのか。やっぱり腹黒で良い気がする。
 本当にお母さんのその食いつき方って言うのか、私と優希君をイジルのはどうにかならないのか。
「空木君は本当に良い男子なので、愛ちゃんにぴったりだと思いますよ」
 しかも、何をどう繋げたのか、蒼ちゃんがまさかの優希君推しをする。
「……優希君って、ハンサムなの? 『ちょっとお母さん!』――別に減るもんじゃないから良いじゃない」
「ハンサムって言うか、なんて言うかすごく気遣いの出来る人です」
「それに頭もすごく良いし、他の女子からも人気」
 しかも実祝さんまで優希君の良い所をお母さんに挙げてるし。私の彼氏を褒められるって言うのはすごく嬉しいけれど、その相手がお母さんって言うのは、どう考えても普通じゃない気がする。
「そう。じゃあ愛美の彼氏としては本当に安心して良いのね」
「大丈夫です。空木君も初めは色々ありましたけど、今では愛ちゃんだけを本当に大切にしてくれてますよ」
「ん。愛美の事、いつも一番に考えてる……ます」
 ……ひょっとしてお母さんを含めたみんなは……腹黒だなんてとんでもなかったかもしれない。
「ありがとう。その言葉が聞けただけでおばさんは安心だわ。本当に二人とも、また遊びに来て頂戴ね」
 私の想いを他所に、二人がお母さんに返事をする。
「じゃあ女の子だけだとあれだから、今日は送って行くから少しだけ待ってて頂戴ね」
 いつの間にか嬉しそうにしているお母さん。そして普段は中々口にしないお母さんからの申し出にびっくりする。
 当然初対面や、私の家の事情も知っている蒼ちゃんもびっくりしていたのだけれど、
「愛美の相手のお話の事もそうだけど、蒼依さんの事情も学校から伺ってるし、そちらの愛美のお友達の夕摘さんも心配してくれたんでしょう?」
 お母さんの気遣いに、私を含めた三人共が言葉に甘える事に。

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