第167話 親の心、子知らず Bパート

文字数 6,196文字


「愛美。今日は家にいるんだな。どこにも出掛ける必要は無いな」
 いつもの休みならまだ寝ていて、私が起きる時間になんて起きた事無いくせに。
「お母さん。今日、前に電話で話してくれた船倉先輩が来てくれるから、朝は一緒に食べるけれどお昼は要らないから」
 そんなお父さんと喋りたくなかった私は、そう言えばと昨夜朱先輩としたやり取りをお母さんに伝える。
「お昼は要らないって、どこかに出かけるの?」
 朱先輩とは電話で喋った事もあって、優希君との事も応援してくれているであろうお母さんと、穏やかに会話を始めると、
「愛美。いつからそんな不良みたいな子になったんだ。朝の挨拶くらいはちゃんとしなさい。それとこの週末は先週の分も含めてしっかりと愛美に分かって貰うから、家にいなさい」
 女子供の話は聞かないと昨日散々口にしていたにもかかわらず、今日は先週分も含めて話をすると言う。
「……私の話を何も聞いてくれないお父さん。おはよう――ううん。出かけるつもりじゃないよ。いつも私の為にお弁当を作ってくれているから、その延長だと思う」
 まあ、内情としては“本当はわたしのランチが美味しくなかったって事なんだよ! だから愛さんが断ったんだよ!”って言う泣き落としに近い物はあったけれど。
「飯作ってくれるからって……まさかまた男を家に上げるのか!」
「またって何? まさかと思うけれど、先生の事を言っているの?」
 昨日から先生の事を男、男って意識していた事を思い出した私が聞き返すと、
「他に誰がいるんだ」
 悪びれる事なく認めるお父さん。
 せっかく今日は昼から朱先輩も来てくれるはずなのに、気分は台無しだ。
「……だから言ったでしょう。お父さんは私たち女の話なんて聞く気が無いって。だから今日来て頂くお相手も教える必要なんて無いわよ」
「な?! お、今日来るお相手って、俺の言う事が聞けないなら直接俺は追い払ってやる」
 追い払うって……朱先輩相手に何をするつもりなのか。お父さんのせいで朱先輩とぎくしゃくするなんて泣くに泣けない。
「分かった。じゃあこの顔だけれど、私から朱先輩の家に行くようにするよ」
 お父さんの前で朱先輩の事を言ったのは私の落ち度だ。いくらお母さんが理解してくれていたって、お父さんが怒鳴ってしまった時点で、空気は悪くなってしまうに決まっている。
「昨日言っただろ。転校手続きが済むまでは家で大人しくしてなさいって。今日はその為にお父さんも家にいる――っ?!」
 いくら私が言っても理解してくれなかったお父さんが、更に私を落ち込ませる一言を言った瞬間、お母さんが作ってくれていた朝ご飯を、お父さんの目の前に乱暴に叩き置く。中身がスープとかなら確実に零れていた気がする。
「何するんだ母さん。びっくりするじゃないか!」
 それをきっかけにお父さんの意識がお母さんの方に向いてしまう。
「何するんだ! じゃありません。さっきから聞いてたら追い返すだの『いや俺は注意のつもり……』たまには私の話も聞いて下さい! それともお父さんは今回も、私の話を聞かずに他の女の人の話でも伺うつもりですか!」
 お母さんの言っている事に当たりが付いたのか、一瞬だけ私の方に意識を戻した後、
「こ、今回

俺が判断するって言っただろ」
 気丈にもお父さんが反論して来る。
「お父さんサイッテー」
 どんな理由があっても浮気なんて最低だし、何なら朱先輩や蒼ちゃん。私と仲が良い女の子はみんなそんな事考えもしないのだから、“女からしたら、浮気する男の人なんて最低”だって言い切ってしまっても良いのかもしれない。
「良い愛美。今、お父さんが否定しないで肯定した意味くらいは理解出来るわよね」
 もちろんだ。だから私は“サイッテー”と口にしたのだから。それに前回の事があるから“今回

”なんて言えるんだと思う。
「な?! か、母さんもそんな昔の事で揚げ足を取るのは辞めてくれ。今は愛美の――」
「――そんな、昔の……事。ですか。お父さんの考えはよく分かりました。それと今日一日中家にいると仰いましたが、午後からのご予定はどうなさるつもりですか?」
 その上、お父さんの信じられない一言。
 女の人の気持ちも、お母さんのお父さんに対する“大好き”も全く伝わっていない事だけは私でも分かってしまった。
 お父さんが私を大切にしようとしてくれている事は分かるけれど、あまりにも独りよがりなんじゃないのか。
 優希君なら絶対私の気持ちを聞いてくれるし、私に対する“好き”も頑張ってくれる。
「いや待ってくれ! そんな事って言うのは言葉の綾で、そもそも結婚してからは智恵一筋じゃないか!」
 何を誇らしげに言うのかと思ったら……結婚して、私たち子どももいるのに浮気なんてしたら即離婚なんじゃないのか。
「……」
 その証拠に、落ち込んでしまったお母さんからの言葉は何もない。
「分かった。この週末は母さんのお願いは全部聞く」
 そのお母さんが、私の分のパンとサラダを力なく目の前に置く。
「では、愛美のお願いでもある先生のお話を明日聞いて頂けますね」
 そんな所まで私の事を考えてくれなくても、お母さんからお父さんへの素直な気持ちで良いのに。
「それだと母さんの願いじゃなくて、愛美の願いになるじゃないか」
 確かにお父さんの言う通りではあるけれど、お母さんの言う事なら何でも聞くと言ったお父さんが決められる道理はあるのか。
「それじゃあ、今日の午後は、女の話を聞いて頂けないお父さんには一緒には来て頂けないんですね」
 お母さんが寂しそうに、不安そうにお父さんに言葉を重ねる。
 さっきからの話を聞いていると、今日の午後は夫婦で外出する約束をしていたように聞こえる。
 もちろん夫婦の事だから、それこそ子供私が口出す事じゃないとは思うけれど、お母さんからお父さんへの気持ちを考えると、二人でデートしたって別に不思議な話じゃない。
「お父さんが自分でお母さんの話を聞く、お願いは全部聞くって言ってくれたにもかかわらず、お母さんに今みたいな表情をさせるんだったら、お父さんとは本気で喋らないから」
 私と朱先輩の事を邪推するだけにとどまらず、お母さんから笑顔も消してしまって。
「分かった。今日の所は母さんの気持ちもあるから、昼からは俺も母さんと一緒に出掛ける。ただし、愛美の彼氏とか親がいない間に男を連れ込むとか絶対に認めんからな。だから今日の所は慶久に留守番を言いつける」
 一週間前にあんな事がったにもかかわらず、それでも私が簡単に男の人を家に招くと思っているお父さんに悲しくなる。
「……分かったよ。お母さんのお願いを聞いてくれるんなら、私からは文句は言わないけれど、自分の娘を信じてくれていないお父さんとは喋らないから」
 それにそんな事を慶に言ったら、初学期の時のような目をまた向けられるんじゃないのか。
 色々な気持ちと不安をない交ぜにして、自室へと戻る。


 中々気持ちが切り替えられない中、お父さんから理解を得られないどころか全く信用して貰えない。その中でもお母さんや今日も昼から来てくれる朱先輩は、私の事を応援してくれている。だったらその想いだけは伝わっているからと少しでも机に向かおうとしたところで、携帯の着信ランプが光っている事に気付く。

宛元:優珠希ちゃん
題名:さすが腹黒
本文:あの後お兄ちゃんが普通に話しかけてくれるようになった。後、佳奈も愛美先輩を待って
   るんだから、早くあの元気な笑顔を見せないさいよ。

 ううん。先の二人だけじゃなくて優珠希ちゃんや優希君だって私を応援してくれているし待っててくれてもいる。
 私は一度優珠希ちゃんからのメッセージを表示させたまま、携帯ごと胸に抱き、優しさと応援に力を貰ってから気持ちを切り替えて机に向かう。
 後は、優珠希ちゃんの私への言い方を何とかしてもらうだけだ。

 なんだかんだ言いつつも、お父さんとお母さんの喧嘩も聞こえなかったし、慶もだらだらと寝ているのか比較的静かな中で勉強に集中出来た午前中。
 今日は朱先輩がお昼を持って来てくれるのと、私を信用してくれないお父さんの顔なんて見たくなかった私が、鍵をかけた部屋の中で一息ついていると、咲夜さんから電話がかかって来る。
『今、時間大丈夫?』
『……時間は大丈夫だけれど、何かあったの?』
 蒼ちゃんを言い訳に使った咲夜さん。この期に及んでまだ何かのためらいを見せる咲夜さん。実祝さんとの話を終えた今でも、やっぱりその対応自体はどうしても不愛想になってしまう。
『ごめん。取り込み中なら電話切る――』
『――何で? 私、大丈夫って言ったよ』
 だから電話を切ろうとした咲夜さんを慌てて止める。ただ、いまだに気持ちを持て余している私にも非はあったかなと、
『それで、実祝さんとは話してくれたの?』
 気持ちを切り替えるために、一度大きく息を吐いてから私の方から咲夜さんに聞きたい事を質問する。
『うん。ちゃんと話した。そしたらあたしが学校へ来るのを楽しみにしてるって。先生もそれで少しは元気になってくれるって言ってくれた。でも、あたしの話をした時に、“咲夜の弱ってる気持ちは分かるけど、人の責任、特に愛美の前で蒼依の責任にするのはマズい。愛美はそう言うのを一番嫌う”って叱られた』
 なんだかんだ言いつつ、私を分かりつつある実祝さん。だったら私の方も実祝さんの気持ちを理解しないといけない。
『それともう一つ言われたのが、あたしが愛美さんと副会長の仲を壊そうとした時に、会長の応援をしたがために話がややこしくなってる上に、愛美さんに対する会長のアタックがすごいって。あれだけ実祝さんと蒼依さんで断っても、諦めてくれないから本当に愛美さんは困ってるし、副会長もしなくて良い喧嘩を愛美さんとしてしまってる。だからまずは、許してもらえなくても良いから、愛美さんに謝ってあたしの方から会長に対する応援を取り消して、会長に愛美さんを諦めるように説得してって言われた――もちろん実祝さんに言われたからじゃない。誰のせいにするでも無かったら、あたしが流されたのが原因だから、あたし自身がした事もあの保健室での話も含めて全て許してもらえるとは思ってないけど、愛美さん! 本当にごめんなさい!』
 実祝さんなりに考えてくれている事も、同時に友達の事も考えながら、話をしてくれたんだなって分かる、伝わる。
 その上で優希君は友達とは仲良くして欲しい。結果としては咲夜さんが優希君に対して何をしたのかは、蒼ちゃんから聞き知った形になってしまってはいるけれど、優しい咲夜さんの事も大切にして欲しいからこそ、優希君の口からは咲夜さんがどんな色仕掛けをしたのかは口にしないって言ってくれた。
 一方でお姉さんからは、本当の友達って言うのは相手の事を想って叱れる事だって言って、咲夜さんは友達とは認めないって言っていた。
 実祝さんのお姉さんの言葉を証明するかのように、私の事を傷つけようとした咲夜さんを“咲ちゃん”から“アノ人”と、とても冷たい他人行儀な呼び方に変えてしまった蒼ちゃん。
 私の中で持て余してしまっている気持ちも相まって、私の心がまた大きく揺れる。
『でも咲夜さんの話だと、倉本君から私への想いは去年からだったんでしょ?』
 毎月の全校集会の時に、執拗に私を見続けていたらしい倉本君。
『だとしても、あたしの行動が、あの会長に火をつけたのは間違いないの。友達を、愛美さんを困らせたい、苦しめたいなんてほんの少しでも考えたあたしが本当に大バカだった』
 そして再び嗚咽に変わる咲夜さん。
 もちろん今の状態では程遠い空気ではあるけれど、最近は咲夜さんの涙交じりの声しか聴けていない気がする。
『もう私の事は良いから。それよりも月曜日から――『それよりもって、もうあたしとはっ!』――違うよ。そうじゃない。本当に色々な人が助けてくれたり、助言をしてくれたから、私と優希君は今でも……ううん。前よりお互いの理解を深めて仲良くなっているんだよ。その上で、よりハッキリと私に対する“好き”を優希君からは見せてもらっているの。だから私の事は気にしなくて良いって事』
 電話口で号泣する咲夜さん。だから私の意志と言うのか、気持ちを全て伝えてしまう。
『ちゃんと、月曜日から……学校に、行くから。愛美さんとの、約束を果たすから。だから……一度会長と、あたしで、話をさせて欲しいの』
 私の説明を聞いて大事(だいじ)に至っていない事、友達云々の話とは違う事を理解してくれたのか、少し時間をかけて落ち着いた咲夜さんが、私の考えもしなかった提案をしてくれる。
 もちろん倉本君としては咲夜さんは応援してくれていると思っているのだから、大きく話が動きそうだけれど、機嫌が悪くなった時の倉本君の声と態度の変わりようはすごいのだ。それを分かっているだけに咲夜さんとは二人きりにしたくない気持ちが強い。
『それって私が復学した後――』
 下手をすれば、少し前倒しで登校出来そうだからと口にしかけたところで、
『せめて何か一つだけでも良いから、あたし自身で責任を取りたいの! 愛美さんの友達だって胸を張りたいの!』
 咲夜さんが本当に久しぶりとなる、本音らしき気持ちを口にしてくれる。
『私の友達って、蒼ちゃんの事は? どうでも良いの? 放って「違う。あたしみたいな

には同時になんて出来ないから、まずは愛美さんからもう一回、今度は本当の友達になりたいの! その先に蒼依さんが待っててくれるなら、もう一度愛美さんの友達と仲良くなりたい!』
 咲夜さんの紛れもない本音。本当ならこんなに早く咲夜さんに対してこんな気持ちになるはずじゃなかった。
 だけれど、私はやっぱり咲夜さんの笑顔もまた見たいって思って

のだ。
『分かった。倉本君と話しても良いけれど、機嫌が悪くなった時は本当に言葉がキツくなって乱暴にもなるから、実祝さんと三人でお話をして。実祝さんなら倉本君の乱暴な言い方も知ってるから、うまく対処してくれると思う』
 だから私は、一人でも傷つく人が減るように、代案を口にする。
『分かった! ありがとう愛美さん。今の話、もう一回実祝さんと話してみる』
『こちらこそよろしくね』
『うん。また結果。連絡するから』
 結局はこうやって人と会話を重ねて、徐々に絆されて行って、お互いを理解して、時間をかけて赦して行くものだと思う。
 って言うか、不器用な私たちはこうやってお互い分かり合って行くしかないのだと思う。
 少しだけ張りの戻った声を最後に、通話の途切れた電話機を眺める。

――――――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――――
             中々伝わらない親子の気持ち
     その中でも、少しずつ変わり始める主人公の回りの人物たち

          その中で初めて主人公宅に訪れる朱先輩
     そして主人公を現在進行形で蝕み続ける“何か”に気付く朱先輩

        そしてお邪魔虫との関係を完全に終わらせるために、
              ある一つの提案をする朱先輩

 「愛さん自身が本人に直接お断りだって、ハッキリ言葉にしないと駄目なんだよ」

              次回 信頼の積み木 7

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