第161話 届かない想い 4 Aパート

文字数 9,888文字


 今日が実祝さんと仲直りの日かと思うと、年甲斐もなくあまり寝られなかった。もちろんこんな恥ずかしい事を誰かに言う事は無いけれど。
 体は微妙にだるいのに、頭だけは冴え渡っている。まるで優希君が気合を入れてくれた時のデートの朝みたいな感じだ。
 そんな寝起きの中、最近日課になりつつある携帯を確認すると、

発元:実祝さん
題名:おはよう
本文:昨日のお母さんの事は忘れて。今日仲直りするのはお母さんじゃ無くてあたし

発元:蒼ちゃん
題名:お母さんとは喧嘩中
本文:でも、私にとっても愛ちゃんはとっても大事な親友だから許してもらえなく
   ても行くよ。だから変な遠慮しないで、時間教えてね。

 二人からの嬉しい返事があった。それにしても私と実祝さんのお姉さんがこっそりやり取りしていた事を知ったら、実祝さんはどう言う反応をするのか。知りたい気もするけれど、あのお姉さんに無断で口を滑らせると、弱みを握られている私の方が圧倒的に不利なのだからと、やっぱり私の方から突っつくのは辞めておく。
 それに蒼ちゃんの方もだけれど、おばさん達には悪いけれど、やっぱり親友にそう言ってもらえるのは嬉しいし、会うのが難しいって分かると、その分余計に会いたくなってしまう。

宛先:実祝さん
題名:もちろんだよ
本文:蒼ちゃんからも、咲夜さんからも言われてた事だし、何より私も今日の事が
   楽しみで寝不足。だから今日の放課後連絡待ってるからね

宛先:蒼ちゃん
題名:待ってて
本文:私も蒼ちゃんと会いたいんだから、喧嘩頑張ってね。別に今日の事以外でも
   いつだって蒼ちゃんの話を聞かせてね。

 いくら私たちが子供で間違った事をして、大人に心配をかけたとしても私たちなりに考えだって、気持ちや想いだって持ってはいるのだ。
 だったら喧嘩をしてでも想いはぶつけるべきだし、私の家みたいにお父さんは無理だったとしても、同性であるお母さんは分かってくれると思うのだ。
 そんな私の気持ちが少しでも二人に多く届けばと思いながら、メッセージを送った後、階下へ向かう。


 私がいくら言っても早起きしなかった慶が、お母さんがいるだけでこうも毎日当たり前のように起きている。本当だったらあからさまな態度に、私の方が文句を言いたいくらいなのに、何故か昨日辺りから慶の機嫌が悪い。
 ただ私の方も、昨日からのお母さんの信じられない発言に辟易としている部分も多いから、不愛想にはなっていると思う。
「そう言えば今日の放課後、私の友達が来るから」
 それでも、言う事だけは言っておかないと、また変な事になっても困るからと口を開くと、
「友達って、今日蒼依さんが来てくれんのか?」
 今まで不機嫌だった慶の表情が一変する。
「はぁ? 慶に言ったんじゃなくてお母さんに言ったんだけれど」
 何でそんな好き勝手な慶にワザワザ言わないといけないのか。しかも本当に慶の言う通り蒼ちゃんも来てくれるのだから余計に腹が立つ。
「んだよそれ。別に誰が来るのかくらい言っても減るんじゃねーだろーが」
 本当にどこまで自分の事を棚に上げたら気が済むのか。私はただ優希君の事をお母さんに言われたくないから、慶の前で言っただけなんだけれど……これって、私が慶を盾にして話した事になるのか。そう考えたら、私自身も押し入れにしまい込んでいたような物かもしれない。
「はいはい。蒼ちゃんも来るけれど、来るのは蒼ちゃん一人じゃないから、いつもみたいに蒼ちゃんにデレデレは出来ないと思うよ」
 それに、お母さんに女友達が来るって事も合わせて伝えておく意味では、ちょうど良かったのかもしれない。まあ、男友達なんて私にはいないのだけれど。
「あら? その子も大変なんじゃないの?」
 やっぱりロクでもない事を考えていたのか、お母さんがびっくりしている。
「そりゃ、大変だけれど私も蒼ちゃんも気分転換くらいはするし、それが今回は私の家になるだけだよ」
 日曜日の事、火曜日の事、いずれの事も自分の中では割とうまく言えたと思うのだけれど、
「……そう。蒼依さんと気分転換してたのね」
 ……お母さんの顔を見ていると、何となく墓穴を掘ってしまった気がする。
「分かった。じゃあ今日も早く帰るようにする」
 慶の方も何度言えば分かるのか、今日は早く帰って来ても蒼ちゃんとはゆっくり出来ないって言っているのに……取り敢えずこれ以上慶と押し問答をしていても仕方がないから、学校へ行く慶を見送る事にする。

「それで愛美。放課後に来るならお母さんは留守の方が良いのかしら」
 慶も見送って、今日の昼……特に夕方からは机に向かわないだろうからと思ったところにお母さんからの一言。
「何で? 別に私の部屋で話をするんだから、出かける必要なんてないじゃない」
 ただまぁ、無いとは思うけれど私と実祝さんの話が拗れてしまったら、話はややこしくなるし部外者に口を挟まれるのは困るかもしれない。だけれど、今日に限っては蒼ちゃんもいるのだから万一の失敗だってあり得ない。
「てっきり慶久がいる手前ごまかしたのだと思ったけど……そうなのね。本当に友達だったのね」
 なのに、なんて事を娘に向かって言うのか。さっきからのお母さんの言葉を繋げると、優希君を家に招待して、私の部屋でゆっくりしてもらっている間、お母さんは外出していると言っているんじゃないのか。こんな会話優珠希ちゃんに聞かれるだけで大騒ぎになるに決まっているし、私からはそう言う行動を起こさないって決めているのだ。
 その間にこの前の戸塚との事、後輩サッカー部の事を心の中でしっかりと折り合いをつけて、忘れられないにしても過去の物にして、優希君の想いにまっさらな気持ちで応えたいのだ。特に“こう言う事”で優希君を安易な逃げに使いたくないし、使ったら優希君に対してこれ以上ないくらい失礼に当たると自覚したはずなのだ。
「お母さんが私を応援してくれている事、私が心に決めた人となら何をしても良いって言ってくれているのは覚えているけれど、これ以上はさすがに怒るよ。今回こう言う事があって、それでも何一つ変わらずに好きでいてくれた優希君の気持ち。その気持ちに応えたいからこそ私は、優希君を逃げに使うんじゃなくて自分の中でしっかりとけじめを付けて、優希君の気持ちに応えたいの」
 だからこそ、同性であるお母さんには私の気持ちを知っておいて欲しかった。優希君をダシにして“こう言う事”に関して、安易にイジルような事はして欲しくなかった。
 そのくらいには、私と優希君は理解も通じ合ってもいると、今なら信じられる。
 だからこそ、明日かも知れないし五年後かも知れないけれど、優希君から私を求めてくれるまでに、私もしっかりと自分の中で消化するって決めているのだ。
「悪かったわ。愛美が本気なのは分かったけど、別に男女や恋愛に限らず、色々な男の人もいるんだから、ヒトを見るって言う意味で、女友達以外の男性と付き合うのも大切な事よ。そうしないと男の人の事で分からない事が出て来た時に困るわよ」
 私の言葉が少しでもお母さんに伝わってくれたのか、少し気になる言い方をするお母さん。
「じゃあ、お母さんも色々な男の人とお付き合いをしたの?」
 こんなに情熱的なのに、今でも憚る事なくお父さんの前で自分の事を“お嫁さん”って言い切れるくらいお父さんの事が大好きなのに。
 そもそも私は、優希君だけを知ることが出来ればいいのだから、他の男の人の事なんてあんまり興味が沸かない。それに優希君も、“僕で慣れて欲しい”って言ってくれたんだから、下手な事はしたくない。
「お母さんがそんな事しようものなら、お父さんが何するか分からないじゃない」
 そう幸せそうに話すお母さん……は別に良いけれど、さっき私に言った、あの色んな男の人とって言うくだりは何だったのか。
 お互いがそこまで好き合っているんなら、子供に親の恋愛話を聞かせる前に早く仲直りをして欲しい。
 こう言うのを夫婦喧嘩は犬をも食わないって言うんじゃないのか。
 お父さんと喧嘩してお母さんが寂しいのは分かるけれど、私を巻き込んで寂しさを紛らわせるのは……少しだけ加減して欲しい。
「とにかく! 私もお母さんと一緒で優希君以外の男の人を知ろうとか、そんな事は考えないからね」
 これ以上は本当に時間が無くなるからと、集中して机に向かう事にする。

 自室へ戻って机に向かう際、携帯のランプが光っていたから手に取ると、

発元:優希君
題名:楽しんで
本文:僕への連絡は後でも大丈夫だから、それよりも楽しむ事を優先してくれて
   良いから。その後で愛美さんの話を聞きながら今度こそキスしたい。

発元:優珠希ちゃん
題名:勘違い
本文:最近わたしへの連絡が無いんだけど、どうゆう事? 火曜日なんてお兄ちゃん
   が頭抱えて帰って来たかと思ったら、“カッコつけすぎた”とかゆって一人机で
   悶えてたんだけど、いくらわたしが聞いてもアンタとの約束だってゆって何も
   ゆってくれないんだけど。アンタ、まさかとは思うけどお兄ちゃんを手玉に
   取ったとか思ってるんじゃないでしょうね。

 また兄妹揃って私宛てのメッセージをくれているし。

宛先:優希君
題名:またお預けだね
本文:昨日も言ったけれど、優希君が私との口付けを断った時、本当に寂しかった
   んだからね。だから、優希君が私に口付けしたいなって思わせてね。それと
   私の友達や蒼ちゃんの事もありがとう。優希君の事頼りにしてるね。

宛先:優珠希ちゃん
題名:二人だけの秘密
本文:色々バタついててごめんね。優希君との事は何も言わないけれど、また御国
   さんも交えてみんなでお話ししようね。寂しい思いをさせてごめんね

 二人へのメッセージの返信を済ませたところで、改めて受験対策を進める。

―――――――――――――――――――<スピン>―――――――――――――――――――

 少しは朝のやり取りが効いたのか、いつもなら午前中に一度くらいノックするお母さんが、お昼頃になるまで顔を見せる事は無かった。
 だからって言うと、いつもお母さんが邪魔をしているような言い方になってしまうけれど。今日は捗ったような気がする。
 勉強に一区切りついたところで伸びをしたと同時に、学校も昼休みに入ったのか携帯に着信が入る。
「……彩風さん?」
 正直可能性としては無い話では無かったけれど、私の説教の後の雪野さんや倉本君との喧嘩の後。私が知らない訳は無いのだから、本当にかかって来るとは思っていなくてびっくりする。
『岡本だけれど、今はお昼?』
 ただ昨日優希君から言われていたのは、優希君自身が彩風さんに相当キツクは言ったから、私からは優しく話を聞くようにと先に言ってもらっている。それに私が彩風さんに対して叱るのも、注意するのも彩風さんの話を聞いてからだ。
 だからまずは穏やかに耳を傾ける事にする。
『……愛先輩はアタシの事、副会長から聞いてるんじゃないんですか?』
 久しぶりに感じる彩風さんの声を聞いて、思っている以上に心に余裕がないのが伝わる。
 確かにここで私が強く言うのは良くないのは分かるけれど……
『優希君からも聞いたよ』
『だったら、どうせ愛先輩もアタシが悪いって言いたいんですよね』
 私の些細な一文字すらも聞き落とす程、余裕を無くしてしまっている彩風さん。この電話は迷いながらになりそうだと、一つ腹を括る事にする。
『そんな事ないよ。まずは彩風さん本人の話を聞いてからでないと何とも言えないって』
 中条さんから聞いた話を思い出しながら、それに付随するようにして朱先輩からも言ってもらった注意事項も思い出しながら返事をする。
 それに彩風さんの方も、話し始める前から決めてかかるって言う事は、下手をしたら中条さんも含めたみんなから否定されて来ているのかもしれない。
『……昨日清くんと大喧嘩しましたって言うか、冬ちゃんのせいで何もかも終わってしまいました。アタシの初恋は始まる前に終わってしまいました』
 そう言って学校の中の昼休みの時間だろうに、涙声に変わってしまった彩風さん。こうなると、私が言おうとしていた事のほとんどが言えなくなってしまう。
 優希君は彩風さんに優しくって言っていたけれど、その結果が今のこの状況なら、やっぱり今はしんどくても叱咤激励をするべきだと思ってはいる。
『その前に喧嘩って、どんな喧嘩をしたの?』
 彩風さん自身も、そうハッキリと感じ取れる言われ方をしたのだろうけれど、その内容は知っていたとしても私の方からは土足で踏み荒らすような事は出来ない。
『……清くんが言うには、アタシはあまりにも周りが見てないから、何でもかんでも冬ちゃんのせいにするんだって。統括会の中でも冬ちゃんのせいにしてるのはアタシだけだって。それに、今はみんなで協力して冬ちゃんの事や、愛先輩の事も含めてまとまって行かないといけないのに、アタシが反対ばっかりするから学校側との交渉もやり難いって。だからこれからは愛先輩と清くんで明日以降、学校側と交渉するって……』
 涙を交えて教えてくれた喧嘩の内容。同意できる部分もある一方、自分勝手な言い分を好き勝手に口にしたような印象を受ける部分も多々あるような気がしてならない。
 しかも、明日以降私と一緒に交渉するって……今の私の状況とか、倉本君の方こそ周りの状況が見えていない。
『それに対して優希君は?』
 今の倉本君の状態で、あの教頭先生とまともにやり合うことが出来るのか。既にそこからしてアヤシイ。
『副会長からは、愛先輩と清くんの二人だけにはしない。統括会としての交渉は会長と総務の二人で、それは清くんの一存だけでは決められない。それにアタシの意見をうまくまとめるのも清くんの責務だから、愛先輩と清くんの二人で交渉に行ったら、清くん自身の首を絞めるだけだって言ってました――それから、愛先輩からのお願いも返事だけで、何も聞いても行動もしてないのに、困った時だけ話を聞いてくれ、自分の話だけは聞いて欲しいって言うのはムシが良すぎるとも言われ……ました。そんな人とはいくら可愛かろうが全然話を聞いてくれない以上、好きになりようもないし、正直副会長なら断るって言われ……ました。だから清くんの気持ちって言うか、言動については理解出来るとも言われました』
 そうなのだ。確かに彩風さん相手にキツク言ってくれたんだなって思うし、やっぱり考え方って言うのか、私の伝えたかった事をうまく伝えてくれたんだなって事は分かった。
『あのね。前にも言ったけれど、私たち女の子ばっかりがしてもらう、聞いてもらう、ちやほやされるだけじゃ駄目なのは理解してくれている?』
 倉本君の中で答えが出かかっている以上、彩風さんには本当に辛い結果が待っているのだろうけれど、人の心は強制出来るものじゃない。だから当事者でない私から何かを直接言う事は出来ないけれど、私は同じ女の子として、彩風さんの気持ちを知っているのだから、最後まで応援だけはしようと決める。
『じゃあ、アタシたち女は好きな人に自分の意見すらも言えないって事ですか?』
 どうしてそんな極端な話になるのか。もうしそうなら私は一体どうなってしまうのか。私がどれだけ優希君に好き勝手な事を言って、ワガママ放題させてもらっているのか。
『違うよ。そう言う事じゃない。今回の事で言うなら“雪野さんの件は倉本君に協力するから、次の休みには二人きりでお出かけしようね”これじゃ駄目なの?』
 恋は戦争、恋愛はかけ引きだってお母さんが言っていたけれど、別に恋の時点でこれくらいなら良いと思うし、何でもかんでも矢印の方向を相互にしようと思うから駄目なんだと思う。向こうから来た矢印を一度受け取った上で、折を見てこっちから改めて矢印を出せばいいのだと思うのだけれど。
『でも冬ちゃんが自分から降りるって言わなかったら、あの日からの話は全て無かった事なんじゃないんですか?』
 なのに、彩風さんみたいに感情を先に持って来てしまったらかけ引きも何もない。それだと、矢印を貰うだけの倉本君はシンドクなるに決まっている。それに、あの日の雪野さんの自分勝手な判断があったから、夏休みに倉本君とのステキなアイデアだって産まれたんじゃないのか。そう考えると、やっぱり彩風さんも倉本君が言う通り周りが見えていない。
 ……ひょっとしたら倉本君は、それもあって余計に彩風さんの気持ちに気付けないのかもしれない……ありそうな話ではある。
『いい? 彩風さん。倉本君は彩風さんが話を聞いてくれないから周りが見えていないって感じた。だから一度距離を取ろうと言う話になった。そして同じ男の人である優希君も、人の話を聞かない彩風さんの事は、いくら可愛くても断るって言っている。だったら、倉本君の言っている事は当たり前のことになるんじゃない?』
 だけれど、視野が完全に狭くなり切っている彩風さんにそこまで言うのもアレだからと、私なりに言い含めるように言葉を選んだつもりだったけれど、
『じゃあやっぱりアタシにはもう可能性が無くなって、愛先輩に全力を出すって事じゃないですか!』
 ……どうしてそうなるのか。私の言い方がおかしかったのか。恋愛の達人である中条さんに教えて欲しい。
 本当なら、私と優希君と雪野さんの話を例にとって、私が優希君の心を掴むことが出来た要因に、私は優希君の話に耳を傾けたって言うのは大きかったと思う。一方で雪野さんは優希君の話に耳を傾けなかった。だから優希君の中で雪野さんに対する苦手意識が芽生えた。この話をしたい気持ちもあったのだけれど、いくら何でも雪野さんの気持ちを他人に言うのは、人として問題だと思うと、適切な例を彩風さんに紹介することが出来ない。だから、少し話は逸れてしまうけれど、私の両親を例に話をしてみる事にする。
『そうじゃなくて、私たち女側も話を聞いてくれない男の人なんて嫌でしょ?』
 特に私のお父さんみたいな、“女は~”とか言って見下すような人なんて私だったら大っ嫌いに決まっている。
 それに最後まで蒼ちゃんの事を聞くどころか、人として向き合おうとすらしてくれなかった戸塚。私が一番初めに感じたのも不信感だったし、ここには男女差なんて無いと思う。
『……それって結局アタシは清くんに嫌われたって事じゃないですか! そして結局は愛先輩の所に……』
 端から聞けば分かる。今の状況が辛すぎるから、防衛本能を働かせてそう思い込んで少しでも気持ちを楽にしようとしているのだって事と同時に、彩風さんがいかに倉本君の話を聞けてないのかって言う事も。
『言っておくけれど、優希君も言ってくれていた通り、私が倉本君と二人で交渉の席に着く事も、二人で話をする事もないからね』
 それは以前朱先輩からも教えてもらった通り、他人の居場所を奪う事にもなりかねないし、優希君の言う通り倉本君の評価を下げる事にもなりかねない。
 それに何より、優希君が他の男の人と二人きりは嫌だって、他の男の人から私を守るのは頑張らせて欲しいとも言ってくれているのだから、今、有言実行で頑張ってくれている優希君に大人しく守られていれば良いと思うのだ。その中で優希君に協力出来る何かを探して行動すればいいと思うのだ。
『何でですか?! 愛先輩と清くんの交渉でうまく行くなら、アタシはもう駄目なんですからそうしたら良いじゃないですか』
 どれだけ彩風さんに涙されようが、彩風さん自身の居場所は優希君や倉本君と同じで奪う気は無いし、倉本君の筋書き通りの恋物語にもまた、私は一文字も出演したくはないのだ。
『いい? 彩風さん。私と倉本君が二人きりになるのは優希君が嫌がってくれている。そして私もまた、倉本君と二人きりなんて望んでいない。倉本君とペアを組むのは――』 
『――愛先輩の方がやり易くて、交渉もうまく行くんなら統括会の目的通りなんじゃないんですか! それにアタシだって愛先輩の話ばかり聞かされるのは辛いんです……』
 彩風さんは学校にいるだろうに、完全に嗚咽に変わってしまう。
『駄目だよ。何と言われても私は彩風さんの代わりなんてしないからね』
 その交渉は絶対に失敗するに決まっているし、逆にそれでうまく行ったとしても彩風さんの居場所がなくなってしまう。
『どうしてですか! 冬ちゃんの続投が皆の目標であり、気持ちなんじゃないんですかっ!』
 その時が本当の最後だと思うのに、どうして頑なにお互いの事を見ようとしないのか。それだと、せっかくお互いの恋物語に登場しているのに、名前すらも付いていないその他大勢の一人のままなんじゃないのか。
 優希君は優しくしてあげて欲しいって言ってくれていたけれど、このままだと本当に埒が明かない気がする。
『……じゃあ私と倉本君で仲良く話をして、学校帰りに統括会の話を理由に、倉本君と二人でお茶したり遠出しても、彩風さんは何とも思わないの?』
 何でこれだけ言っても理解してもらえないのかが分からない。大体男の人の気持ちとして、優希君の本音を彩風さんは聞いていたんじゃないのか。そう考えたらだんだん腹立って来た。
『それは副会長と喧嘩になるから嫌だっただけじゃないんですか!』
 そこまで言うクセに、何で私と倉本君をくっつけたがるのか。
『でも彩風さんが言ったんじゃない。私と倉本君で交渉すればうまく行くって。私と倉本君で仲良く親密になって欲しいのか、仲良くせずに疎遠になって欲しいのかハッキリしなって』
 よく考えたら、私の彼氏をダシにして、彩風さん自身の気持ちをごまかすのもさすがに頂けない。
『愛先輩と清くんって……アタシの気持ちを分かってくれてるはずなのに、なんでそんな事言うんですか!』
『はぁ? 私が何言っても優希君が何言っても、なんにも聞いてくれない彩風さんの気持ちなんて分かる訳ないって』
 咲夜さんから聞いた女の子の感想も、雪野さんの優希君に対する向き合い方もそう。何で自分が好きな人の言葉に耳を傾けないのか。
『アタシの気持ちが分からないって、アタシと清くんの仲を応援してくれるって言ったあの言葉は何だったんですか』
 何だったも何も、
『初めこそはそう見えたけれど、

「っ!」の話なんて聞くに値しないくらいの気持ちしか無かったって事なんだよね。それに中条さんに言われた通り

「っっ!」の前で素直になった素振りすらもないし』
 よく考えたら、仲良くしているはずの中条さんの言葉すらも聞いていないって事なのか。
『また愛先輩が清くんって……そんなに清くんと仲良くしたかったら、アタシにワザワザ言わずに、内緒で二人でデートでもして来たら良いじゃないですか! そしたら清くんだって大喜びしてくれるんじゃないですか?』
『ちょっと待ちなって。何で私があんな唐変木で女の子に対する気遣いゼロの倉本君とデートしないといけないワケ? 私、倉本君に触れられるのも嫌なんだけれど』
 名前の呼び方一つでそこまで私に噛みつくなら、私が優希君相手にいつも実践しているように、倉本君の言葉に耳くらい傾けろっての。
『唐変木とか気遣いゼロとか……清くんにも良い所たくさんあるのにいくら愛先輩でも酷い! 何で清くんは愛先輩なんかを好きになったんだろ』
『それは私が彩風さんよりしっかりと倉本――清くんの話に耳を傾けたからじゃない?』
 最近本当にこの後輩が可愛くないのだ。
『清くんの話を聞くって……それって愛先輩の言い方に直すと“好きな人の言葉に耳を傾ける”って……清くんの事が気になってるか、好きかって事なんじゃないですか!』
『分かってくれたんなら、明日相談がてら清くんとデートして来る『?!』ね――授業、良いの? 時間大丈夫?』
 何とか最後まで彩風さんの応援をって思っていた所に、よりにもよって倉本君の事が好きとか、感情に任せて言うのは我慢ならなかった。
『午後からの授業、半日くらい休んだって――』
『――はぁ? 何言ってんの? 統括会の人間が授業サボんなって。もう電話切るから遅れずに授業出なよ』
『ちょっと愛先ぱ――』
 それだけにとどまらず、授業まですっぽかそうとするから、大慌てで通話を終える。
 いくら何でも先輩が後輩に授業をサボらせるとか、統括会役員としても普通の一生徒としても非常識にも程がある。
―――――――――――――――――Bパートへ――――――――――――――
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