第25話 加藤先生……?
文字数 3,073文字
とある日の事、加藤は珍しく営業所に缶詰めになっていた。飛び込みで使用していたノートがもう隙間もない程ビッシリ埋まっていた事、そして顧客の情報整理をしない事には効率が悪いのでは、とふと思ったからである。
意外な事に、加藤は入社から約2年弱、昼過ぎまで営業所にいた事は数える程しかなかった。常に飛び込みで朝礼が終わると同時に地区へ行っていたが為である。
(あれ? 気がついたら案外営業所の人達、変わった……?)
殆ど見渡した事のない営業所を改めて見てみると、知らない人の名が増えていた。入社後暫くはなるべく営業所の人の名は覚えておく努力をしていたものの、入れ代わりが非常に早く、1ヶ月で辞めていく人も少なからずいたが為、いつしか誰が入って来て誰が辞めていったのか、という関心は持たない様になっていた。
どれくらい久しぶりだろうか、ふと知らない人達の人数を数えてみて、加藤は驚いた。
(いつの間にか……俺は入社歴、ここの営業所で古い方から数えた方が早くなってるじゃん……)
悲しいかな、これが生保業界では普通である。1年在籍50%、2年在籍10%、3年以降はデータがない、とすら言われている業界なので。
「こんにちは~、弁当で~す」
「手作りのパンどうですか~」
「サンドイッチいかがですか~」
「ヤクルトで~す」
etc…
意外な程、営業所に来る業者さんが多いのに驚いたが、もっと驚いたのが昼にも関わらず案外多くの営業職員が残っていた事である。確かにこれだけ業者が来るという事は、それだけ需要があるという事か、と加藤はやけに納得していた。
業者さんの1つより弁当を買い、食べている所でふと背後に人の気配を感じた。
「加藤君? 珍しいわねぇ」
話し掛けて来たのは、山田という女性職員であった。入社5年目という事は、この営業所ではそれなりの古株の人ではあるが、殆ど営業所にいる事のない加藤は当然ながら話した事は一切なかった。
「あ、今日はちょっと資料が溜まったので1日整理の日にしようと思ったんです」
「あら、そうなの。エラいわねぇ」
どうして山田さんが営業所にいるかは不明だったが、どうやら暇らしく、延々と話しかけられる。1時間くらい雑談に付き合わされた後、このままじゃラチあかないと判断、設計書を打つから、と席を離れようとした時──
「あ、そうだ。加藤君、ちょっと保険の事、教えてよ」
一瞬耳を疑う様な言葉を加藤は聞いた。入社5年目の先輩が、2年弱の俺に? は?? と。
「い、いや……逆に俺が聞きたいくらいですよ、何言ってるんですか」
「いや、ね。私あまり保険の事知らないのよ、例えば────」
一瞬からかわれているのかと思ったが、どうやら本気らしい。が、質問の内容を聞いてさらに驚く事となる。
「この保険ってあるじゃない。(定期付終身の事)これって、どこが掛捨て部分でどこが貯蓄の部分なの?」
思わず、椅子から落ちそうになる。
「い、いや……主契約が終身となりますので他の特約は全て掛捨てですよ。この場合は100万の終身部分の○○円が貯蓄部分で、残りは掛捨てですね」
「え~? じゃぁ、保険料の殆どが掛捨てじゃない。という事は、払込みが終わった後貰えるのは100万って事?」
「い、いや……ここに解約金って書いてありますよね。これが仮にこの年齢で解約した場合に得られるお金です。配当が出た場合はもう少しあるでしょうけどね」
「へぇ~~~。じゃ、この更新ってどういう意味なの?」
「……これは、15年目までの特約部分の保険料で、15年後はその時の年齢による保険料となるんです。だから、ここに更新後の保険料と書いてありますよね? 仮に15年後も同じ内容で継続する場合には、これだけの保険料になりますよ、という意味です」
「へぇ~~~。じゃ、この間に何もなかったらかなり損じゃん」
「い、いや……必要保障額とか算出して適切な金額は人それぞれ違うので……自動車保険だって掛捨てですけど、それって損とか思います?」
「あ、自動車保険は必要だと思うよ? 事故したら恐いし」
「生命保険も同じです。万が一の時、遺族の人達が困らないように、と納得して入ってもらう場合において、ちゃんとお客さんが理解している場合には決して損という風には思わない筈ですよ。それに人によっては終身のみの保険とか好む人もいる訳ですし」
「え? 終身だけなんて商品あるの? どういうの?」
「あ、こういうのです。(と、手持ちの設計書を見せる)で、この場合ですと、払込額がこれだけで、払込終了時はこれだけの解約金の貯まりが出来るんですね。人によっては案外終身を望まれる人もいますので、お客さんの説明用にサンプルはいつも持ってるんです」
「あ、これいいなぁ。よし、じゃ私、これ入ろ♪」
まるで全く保険の事を知らないお客さんに説明している様であり、反応もお客さんのそれと同じ……加藤はポカ~ンとしていた。
「加藤君、詳しいねぇ。そりゃ保険たくさん取れる筈だわ」
「って……山田さん、どうやって保険取ってるんです?」
「ん? 私? モデルパターンの設計書を作って、お客さんにお願いするの♪」
「そ、それで取れるんです?」
「取れてたから、5年もやってるのよ。ただ、ちょっとは保険の事知っておいた方がいいかな~と最近思っててね」
「お客さんから質問とか受けないんです?」
「あぁ、殆どないわよ。小難しい事が嫌いな人も多いみたいだし、いい保険だから~と言えば皆納得してたわよ」
(ま、まぁ……こういう人は1人くらい、いるよな……)
「ただ、加藤君の話は分かりやすいから、みんなに教えておくね。みんな、勉強しなくちゃとは思ってるみたいだけど、中々恥ずかしくてね。新人さんなんか、研修で覚えたばかりだから詳しいと思うからうってつけなんだろうけど、流石に新人さんに聞いたらびっくりするんじゃない?」
「ま、まぁ……確かに」
「それに、成績出てない子に聞くのもなんかシャクだし。ホントは前から加藤君に聞こう聞こうとは思ってたんだけど、中々加藤君営業所にいないじゃない。だからこれからも教えてね♪ そうだ、加藤君、地区回りでしょ? だったらお礼にこのテレビジョンあげるわよ。いつも余っちゃって捨てちゃうから、使ってよ。あ、今度は明後日か明々後日、どっちがいい?」
「──え? まぁ明々後日のがヒマだとは思いますが──」
「じゃ決定! 明々後日、13時に営業所ね。今度はみんな連れてくるからヨロシクね♪」
「──え??」
ただただ呆然とする加藤であった。
──その後、加藤は何人かの先輩達に「先生」と呼ばれるようになっていた。
────♦補足?♦────
生保職員のレベルが低い、世間でよく言われている事ではあるが、今回の話は少々大袈裟ながらもありのまま書いたものである。
が、勘違いしてはいけない点として、知識を得ようとする気がないのではなく、知識を得るきっかけがなく、教育環境が乏しいという原因が大きいのではないかと筆者は思っている。
それ程までにノルマを課し、教育は二の次としているのは今も昔も差程変わりのない所であり、むしろ教育しない事を目指しているのでは、とすら。(FP知識は下手すると営業の妨げにもなり得るので。知っていたら提示出来ない保障額等、普通に存在する)
ガチガチの知識研修とまではいかなくとも、いわば「──え?」と驚く程の知識しか持ち合わせていない営業職員が存在し、その職員達の多くは知識を得る「きっかけ」を望んでいるという事、頭の片隅にいれておいて頂ければ幸いである。
意外な事に、加藤は入社から約2年弱、昼過ぎまで営業所にいた事は数える程しかなかった。常に飛び込みで朝礼が終わると同時に地区へ行っていたが為である。
(あれ? 気がついたら案外営業所の人達、変わった……?)
殆ど見渡した事のない営業所を改めて見てみると、知らない人の名が増えていた。入社後暫くはなるべく営業所の人の名は覚えておく努力をしていたものの、入れ代わりが非常に早く、1ヶ月で辞めていく人も少なからずいたが為、いつしか誰が入って来て誰が辞めていったのか、という関心は持たない様になっていた。
どれくらい久しぶりだろうか、ふと知らない人達の人数を数えてみて、加藤は驚いた。
(いつの間にか……俺は入社歴、ここの営業所で古い方から数えた方が早くなってるじゃん……)
悲しいかな、これが生保業界では普通である。1年在籍50%、2年在籍10%、3年以降はデータがない、とすら言われている業界なので。
「こんにちは~、弁当で~す」
「手作りのパンどうですか~」
「サンドイッチいかがですか~」
「ヤクルトで~す」
etc…
意外な程、営業所に来る業者さんが多いのに驚いたが、もっと驚いたのが昼にも関わらず案外多くの営業職員が残っていた事である。確かにこれだけ業者が来るという事は、それだけ需要があるという事か、と加藤はやけに納得していた。
業者さんの1つより弁当を買い、食べている所でふと背後に人の気配を感じた。
「加藤君? 珍しいわねぇ」
話し掛けて来たのは、山田という女性職員であった。入社5年目という事は、この営業所ではそれなりの古株の人ではあるが、殆ど営業所にいる事のない加藤は当然ながら話した事は一切なかった。
「あ、今日はちょっと資料が溜まったので1日整理の日にしようと思ったんです」
「あら、そうなの。エラいわねぇ」
どうして山田さんが営業所にいるかは不明だったが、どうやら暇らしく、延々と話しかけられる。1時間くらい雑談に付き合わされた後、このままじゃラチあかないと判断、設計書を打つから、と席を離れようとした時──
「あ、そうだ。加藤君、ちょっと保険の事、教えてよ」
一瞬耳を疑う様な言葉を加藤は聞いた。入社5年目の先輩が、2年弱の俺に? は?? と。
「い、いや……逆に俺が聞きたいくらいですよ、何言ってるんですか」
「いや、ね。私あまり保険の事知らないのよ、例えば────」
一瞬からかわれているのかと思ったが、どうやら本気らしい。が、質問の内容を聞いてさらに驚く事となる。
「この保険ってあるじゃない。(定期付終身の事)これって、どこが掛捨て部分でどこが貯蓄の部分なの?」
思わず、椅子から落ちそうになる。
「い、いや……主契約が終身となりますので他の特約は全て掛捨てですよ。この場合は100万の終身部分の○○円が貯蓄部分で、残りは掛捨てですね」
「え~? じゃぁ、保険料の殆どが掛捨てじゃない。という事は、払込みが終わった後貰えるのは100万って事?」
「い、いや……ここに解約金って書いてありますよね。これが仮にこの年齢で解約した場合に得られるお金です。配当が出た場合はもう少しあるでしょうけどね」
「へぇ~~~。じゃ、この更新ってどういう意味なの?」
「……これは、15年目までの特約部分の保険料で、15年後はその時の年齢による保険料となるんです。だから、ここに更新後の保険料と書いてありますよね? 仮に15年後も同じ内容で継続する場合には、これだけの保険料になりますよ、という意味です」
「へぇ~~~。じゃ、この間に何もなかったらかなり損じゃん」
「い、いや……必要保障額とか算出して適切な金額は人それぞれ違うので……自動車保険だって掛捨てですけど、それって損とか思います?」
「あ、自動車保険は必要だと思うよ? 事故したら恐いし」
「生命保険も同じです。万が一の時、遺族の人達が困らないように、と納得して入ってもらう場合において、ちゃんとお客さんが理解している場合には決して損という風には思わない筈ですよ。それに人によっては終身のみの保険とか好む人もいる訳ですし」
「え? 終身だけなんて商品あるの? どういうの?」
「あ、こういうのです。(と、手持ちの設計書を見せる)で、この場合ですと、払込額がこれだけで、払込終了時はこれだけの解約金の貯まりが出来るんですね。人によっては案外終身を望まれる人もいますので、お客さんの説明用にサンプルはいつも持ってるんです」
「あ、これいいなぁ。よし、じゃ私、これ入ろ♪」
まるで全く保険の事を知らないお客さんに説明している様であり、反応もお客さんのそれと同じ……加藤はポカ~ンとしていた。
「加藤君、詳しいねぇ。そりゃ保険たくさん取れる筈だわ」
「って……山田さん、どうやって保険取ってるんです?」
「ん? 私? モデルパターンの設計書を作って、お客さんにお願いするの♪」
「そ、それで取れるんです?」
「取れてたから、5年もやってるのよ。ただ、ちょっとは保険の事知っておいた方がいいかな~と最近思っててね」
「お客さんから質問とか受けないんです?」
「あぁ、殆どないわよ。小難しい事が嫌いな人も多いみたいだし、いい保険だから~と言えば皆納得してたわよ」
(ま、まぁ……こういう人は1人くらい、いるよな……)
「ただ、加藤君の話は分かりやすいから、みんなに教えておくね。みんな、勉強しなくちゃとは思ってるみたいだけど、中々恥ずかしくてね。新人さんなんか、研修で覚えたばかりだから詳しいと思うからうってつけなんだろうけど、流石に新人さんに聞いたらびっくりするんじゃない?」
「ま、まぁ……確かに」
「それに、成績出てない子に聞くのもなんかシャクだし。ホントは前から加藤君に聞こう聞こうとは思ってたんだけど、中々加藤君営業所にいないじゃない。だからこれからも教えてね♪ そうだ、加藤君、地区回りでしょ? だったらお礼にこのテレビジョンあげるわよ。いつも余っちゃって捨てちゃうから、使ってよ。あ、今度は明後日か明々後日、どっちがいい?」
「──え? まぁ明々後日のがヒマだとは思いますが──」
「じゃ決定! 明々後日、13時に営業所ね。今度はみんな連れてくるからヨロシクね♪」
「──え??」
ただただ呆然とする加藤であった。
──その後、加藤は何人かの先輩達に「先生」と呼ばれるようになっていた。
────♦補足?♦────
生保職員のレベルが低い、世間でよく言われている事ではあるが、今回の話は少々大袈裟ながらもありのまま書いたものである。
が、勘違いしてはいけない点として、知識を得ようとする気がないのではなく、知識を得るきっかけがなく、教育環境が乏しいという原因が大きいのではないかと筆者は思っている。
それ程までにノルマを課し、教育は二の次としているのは今も昔も差程変わりのない所であり、むしろ教育しない事を目指しているのでは、とすら。(FP知識は下手すると営業の妨げにもなり得るので。知っていたら提示出来ない保障額等、普通に存在する)
ガチガチの知識研修とまではいかなくとも、いわば「──え?」と驚く程の知識しか持ち合わせていない営業職員が存在し、その職員達の多くは知識を得る「きっかけ」を望んでいるという事、頭の片隅にいれておいて頂ければ幸いである。