第9話 まさかの企業案件

文字数 5,099文字

■思わぬ成果

「おぉ、加藤君、用意しておいたよ。あ、後、社長が部屋に後で来てって言ってたよ」

 用意して貰ったのは、社員名簿150人分、その他出入り許可証である。 実質的に数年は十分食べていくだけのシェアを手にいれた事になる。

「おぉ、前山君から話は聞いてるよ。ま、面倒だから君に任せるよ」

 任されたのは、役員退職金制度の設定及びその為の保険設定、役員の死亡保障保険設定、社長の保険──これだけで、優に今まで加藤が取ってきた契約よりも遥かに大きな数字に。

(俺は……夢でも見ているの……か?)

 偶然に偶然が重なった結果、加藤は非常に大きな成果をあげる事になった。時は9月……この時点で加藤の年間ノルマ、いや、下手すると3年間くらいのノルマは達成といえる数字が。

 これまでの出来事が、ふと走馬灯のように駆け巡る。

■ビアパーティ

 7月──怒濤のような行事の中にて、ビアパーティと呼ばれる「お客様感謝イベント」と称した見込み客作りイベントが行われた。お客様は無料でどうぞ~というイベントながら、当然経費は職員持ち。

 お客様自体も「イベントに行ったら保険を強引に勧められる」という事を思ってか、中々参加者は集まらなかった。

 新人である加藤も例に違わず、イベントに来る事を断わられ続けていた。皮肉な事に、契約をとった先ですら、イベントは嫌だ、と。

 苦肉の策にて「人数集め」の為、1人の古い友人を誘った。保険に加入する可能性は限り無く0%に等しいその友人は土田という。何故に加入する可能性が限り無くないと言いきれるのか? 答えは非常に簡単、「親が加藤と同じ会社にて働いているから」である。

 取りあえず会社の人でも数人連れてきてよ、と言ったのが当時の加藤の不幸を招く事に。なんと10人もの人を引き連れてきた。人数集めとはいえ、これらの出費は全て加藤持ち、1人3,000円なので合計3万……新人の加藤にとってみれば、この3万という出費は非常に痛かった、それは覚えている。

■会社の人

「ん~、うちの会社は保険屋さん出入りしてないなぁ。見た事ないもん」

タダ酒を気分良く飲んでいた1人がこうしゃべる。

「おぉ、そういや来た事ないなぁ。うち150人くらいいるから、来てみたら? 面白いかもよ。って、俺は保険は入らないけどな、ふははは」

「あれ? 確かうちって出入り禁止とか言ってなかったでしたっけ?」

「んなもん、来てみないと分からないだろう!」

勝手に話が進んでいく。

「あ、あの……会社ってどちらになるんです?」

「ん? ●●市にあるよ」

「──え?」

 驚くのも無理はない。 電車で乗り継いで加藤のいる営業所から優に1時間半はかかる場所になるからだ。かなり僻地という事になる。

「ま、一度来てみなよ。な~に、俺が話をつけておいてやるからさ、ははは」

……やけに上機嫌に語っていたこの人──最後まで名が分からないままだった。

■訪問

 翌日、名前すら覚えていない人の言う事だけを頼りに、加藤はその会社に出向いた。少なくとも、ビアパーティ分の元が取れたらいいなぁ、という淡い期待を抱きながら。

(って……会社訪問なんぞ、した事ないなぁ、何て言って入っていけばいい……んだ?)

 久しぶりに飛び込み当初のオロオロぶりを発揮する。

(まぁ……話つけておくって言ってたから、何とかなるか……)

 恐る恐る、会社の門を潜る。

「こ、こんにちわ~……」

「はい、どのような御用件ですか?」

 今思えば当たり前の事なのだが、受付の人が対応した事が加藤にとってみれば予想外の出来事であった。加藤の頭の中では、社長なり直接出てくるものだと思っていたからである。

「あ、い、いや……今度こちらの会社の担当になりました、●●生命の加藤といいます。よろしくお願い致します。御挨拶をしたいと思いますので、責任者の方お願い致します」

……今思えばよく言ったものだ。会社の担当になった~なんて当然嘘……というか、何故このような事が口から出たのか……挨拶に来て、いきなり責任者を呼んでくれなんて、今では考えられない。

──ただ、ここで一つの奇跡が起きる。

「少々お待ち下さい、こちらの応接室でお待ち下さい」

……まさか応接間に通される事になるとは夢にも思わなかった。

 後から聞いた話だが、この受付の子は新入社員であり、通常ならば「席を外しています」等とやんわりとお断りするのが常という社風(?)の所を、対応を間違えて通してしまった、という事だったらしい。……後からかなり怒られたらしい。

「おぉ、どうもどうも、総務の前山です」

 実はここでも第2の奇跡が。この方はたまたま今年引き抜きにて会社に来たばかりの人で、社風なんぞ全く知らないというお方。元いた会社のせいなのか、誰とでも取りあえず会ってみる事をモットーとしているらしい。 当然、これまででは全く考えられない事だった……そうだ。

「はじめまして、この度こちらの地区の担当になりましたので御挨拶回りしています、加藤と申します」

 サッっと名刺を出そうとしたら……ない!

 そう、普段加藤は名刺交換等する活動はしていない為、名刺を営業所に置きっぱなしにしていたのである。

「あ……名刺代わりですが、どうぞ」

 恐る恐る出したのは、なんと自己紹介ビラ。A4サイズのビラは強力である。……当然、当時だから出来た事であり、後に考えるとゾっとする事をしたものである。

「ハハハハ、変わってるねぇ、君。入社何年目?」

「あ、今年入社したばかりです」

「そうかそうか、俺も6月からこの会社に来たばかりなんだよ。新人同士、よろしくな」

なんと……名刺代わりに出したビラが受けたようで、掴みはOKという感じだろうか。

「あ、お手数ですが、アンケートに御協力お願い致します」

「ん? いいよ」

企業用のアンケート用紙を手渡す。

「君、この企業年金ってどんなものか知ってるか?」

「……個人年金みたいなものだと思います」

「wwwwww 君、ある意味凄いな。その知識で企業飛び込みするなんて」

 仰る通りである。こんな「知識がゼロ」の状況にて会社へ飛び込みにいくとは、ある意味大したものだ──と営業所に戻った後、勝野や大森にも突っ込まれたのは言うまでもない。

「す、すいません。上司からまず飛び込め、知識はお客さんと一緒に学んでいけばいい、と言われてまして……」

……あくまでもこれは個人宅への飛び込みの話であり、勝野もまさか企業飛び込みを知識なしでするなんて全く想定していなかったであろう。が、ここで更に奇跡は起きる。

「なるほどなるほど……顧客に提案する営業ではなく、顧客と共に歩んでいく……いや、育てて貰う営業という発想もあったか……これは思いつかなかった……そんな特異な営業マンが俺の目の前に……これが天命というヤツか……」

「……え?」

「うちの会社さぁ、何故か保険屋さんの出入り禁止してるのさ。ただ、福利厚生の一環として出入りってあってもいいと思うんだよね、俺は。取りあえず古い体質を改善するという事で俺は呼ばれた訳だからね。ま、これも何かの縁だろうから、うちに通ってよ。色々教えてあげるからさ」

 まぁ……なんという偶然であろうか。こうもポンポン話しが進んでしまって、気味が悪いくらいだった。

「ところで、なんで加藤君うちの会社に来たの?」

「実は────」

学生時代の友人の話、ビアパーティの事を話す。

「へぇ、それは初耳だ。そうか、土田の友人なのか」

……まぁ当然の如く「名前すら覚えていない人」が話を通しているなんて事はなかった。が、その人の言葉がなければ、この偶然はきっとなかった事であろう。

■奇跡

 会社に通うようになって、さらに驚くべき奇跡を見る事になる。 会社の体質改善の為呼ばれた前山総務部長は、わずか1ヶ月の間に役員に抜てきされた。

 まぁ、元々そういう名目にて呼ばれた事であろうが……

 現社長の次は恐らく前山さんが社長の椅子に座る事になるであろう、と会社の風の噂で聞いた時には耳を疑ったものだ。

 後から分かった事であるが、通常は誰か営業に来た時には前山さんではなく、他の人が常に対応するとの事。前山さんにとってみても、初めての「来客」だったらしい。

 何故か前山さんに気に入られる事になり、3回目の訪問時には食事までごちそうしてくれる程に。まさか、契約に近々結びつくなんて事は全く考えていなかった加藤は、上司の勝野にすら、特に何の報告をしなかった。

──が、現実は……前山さん主導の元、教えられるという形で生命保険を利用した役員退職金制度等様々な話が進んでいき、気がつけば冒頭の契約の話に。

(あれ? そういえば今日〇×マンションに飛び込む予定だったじゃん。……仕事、できなかったな……明日は頑張ろ!)

等と考える程、加藤は自分の達成した事に何の自覚も持てないでいた。

■どよめき

「──君、とう君、加藤君!」

「は、はい!」

「これでいいのかね?」

「はい、これでOKです。ところで、社長の会社は何をしている会社なんですか?」

「──?! 君、そんな事も知らずにうちに通ってたのかね。ふははは、確かに前山君が言う様に面白い……!」

 信じられない話だが、加藤は契約を頂く時までこの会社が何をやっているか本当に知らなかった。●●商会という名から、何か物を売っている会社なのかな、程度の認識しかなかった。話を聞くと、どうやらパチンコ台の何かを作っているらしい。

……未だにこの程度の認識しか持っていない加藤はある意味大物と言えるであろう。

 契約は、この日頂いただけでも信じられない数字に。

──10件、修S65,320万

 1ヶ月のノルマを修S5000万としても、優に1年分は超える計算になる。 (大体、一般家庭に販売する死亡保険の4件分程度の数字が修S5000万前後となる)

「じゃ、後退職金の件についてもお願いするから、またよろしくな」

「か、かしこまりました」

 ●●商会から出る時には既に19時を過ぎていた為、その日は直帰する事に。


 翌日、朝一番に営業所に出向き、何気なしに成約入力(契約取れたという事をコンピューター入力する事)をする。

 成約入力より1時間後、朝礼がはじまる15分前に怒声が営業所に鳴り響く。

「ぅおい、加藤! ちょっと来い!!!」

 今まで聞いた事もない程、大きく怒った声で加藤を呼ぶのは、大森支部長である。

「ぅおい、お前、何遊んでるんだ! 契約高で修S65,320って何いれとるねん! 成約入力は直接支社のコンピューターに送られるんだぞ! 間違いでした、では済まされんのだぞ! 今、俺が気付かなかったら大変な事になってたんだぞ!」

 大森が怒るのも無理はない。7月、営業所内でかなり多くの成約入力した契約が取り消しになり、支社よりこっぴどく怒られたのを加藤は知っている。が、これはイタズラでも何でもない、正当な成果である。

「い、いぇ、これリアルの数字です……」

「な、なんだと? いや、桁間違えてるじゃないか!」

 修S6532万だけでも、かなり大きな数字となる。 当然、この様に桁間違いと思われてもしょうがない。

「い、いえ……修S65,320万で合ってます、合計10件で……」

「な……なに~~~! 10件修S65,320万だとぉ?」

 これでもか! という程、驚く大森。まぁ無理もない話である。新人である加藤が修S6億以上のキーマン契約を、誰の補助なしに取ってくるなんて誰もが想像すらできなかった話であり……

 約1分くらいであろうか、言葉を失った大森をハタと気付かせるラジオ体操の音楽が営業所に流れる。

「……詳しい話は、朝礼が終わった後に……な」

 ラジオ体操が終わり、朝礼が始まる。

「では……本日……の成果発表を行う」

 心無しか、成果発表を行う大森に緊張感が漂う。いつもと違う雰囲気が営業所全体を包み込む。普段は今にも眠りそうな人、他ごとをしている人等が見受けられるが、この日に限ってはその雰囲気を察してか、皆成果発表を聞き入っている。

──いよいよ、加藤の成果発表の順番に。

「●●さん、2件修S3210万」

(──?!)

何故か加藤の成果が飛ばされ、成果発表が続いていった。

(あぁ、俺の成果は今日は発表しないのかな?)

と、思った直後、最後の成果発表が終わったかと思われたその時──一呼吸おき、大森の口が動く。

「(ゴクリ)加藤君……10件、修S65,320万!」



外にも聞こえそうな驚きの声が一同から発せら、 そして視線が一斉に加藤に注がれる。

 加藤が「営業所」の、いや、「支社全体」から注目を浴びる存在になった瞬間であった。
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