第6話 7月戦突入

文字数 6,127文字

■7月戦

 月曜日。
 いよいよ7月戦の幕開けである。
 いつもの様に出社。

 特に代わり映えない景色──という事は全くなく、先週末に飾り付けした営業所は日を改めてみるとやはり違和感はぬぐい去れない。朝からハワイアンの音楽が流れている。恐らくこの業界を知らない人でこの光景を初めて見た人は「ここは何の会社なの?」と思う事であろう。かくいう加藤も「ここは何の会社?」と改めて思ってしまうくらいだったから──

 次々と皆出社してくる。
 が、驚いているのは新人の人のみであり、他の人は別に何の驚きもなく自身の席についている。

(皆……慣れているんだ……)

 ふと、独り言のような誰かの声が。

「……センス悪いなぁ」

 それはごもっとも! と、加藤が心で呟いたのは言うまでもない。

 朝礼がはじまる。
 営業部長が話し出す。

「え~、今日から7月戦に突入する訳だが────」

 いつもの様に成果発表。そこから長い話が続くのかと思っていたら……「今日は支社で全員大会があるので、今から支社へいくように」との事。

(全員大会? 何だそれ?)

思わず、勝野に聞いてみる。

「ん? まぁ営業所の人がみんな集まって、頑張ろうや! という決起大会みたいなものだな」

……なんとなく分かった様な分からない様な……

場所は支社へ移る。

■全員大会

──ガヤガヤ……

 ざっと見ただけで、1000人はいるであろうか。

 支社は20程度の営業所にて構成されていて、流石に全て集まると非常に大人数となる。 自分の営業所の座る所を探すだけでも精一杯である。

 たまたま加藤の営業所は支社から近い場所にあったが為、10分程度で到着したが、営業所によっては車で1時間かかる所すらある様である。ホント、ごくろうさまである。

──ガヤガヤ……

 まるで雰囲気はコンサートがはじまる前の様な感じである。

──?!

 いきなり会場の電気が消されて真っ暗になる。 それと同時に、和太鼓の音が鳴り響く。

──ドドドドドドドーン。

(一体、何がはじまろうとしているんだ?)

 スポットライトがステージ上に照らされる。そこにさっそうと登場したのは……支社長。

(……一体、何を考えているんだ?)

 新人である加藤は、本当に頭をかしげた。 恐らく、他の同期の人達も同じ様に感じていた事であろう。

「これより、第一報報告会をはじめる! 各営業部長は壇上へあがって来なさい!」

ゾロゾロと、各営業部の部長達が壇上へあがっていく。

「○○営業所、実働率100%、おめでとう!!」 ドドドドド~ン……
(和太鼓の音)

「○○営業所、実動率95%、残念……」ドドン……プ~……
(和太鼓と何かの笛の音)

(……なんじゃこりゃ?)

 この様な報告が各営業所全てに行われていった。そして間髪入れずに、各営業部長の意気込み発表。

「7月で年責の70%達成したいと思います!」

「ウム、頑張れよ!」

 同じ様な事が繰り返される。
 実にここまでで、40分経過。

(これ……時間の無駄……じゃないのか?)

 そして、第一報の個人成績発表。

「第3位、小橋さん、25件修S25,000万」

──?!

全くもって意味不明な数字である。何故に第一報で既に25件取れているのか……それも、これが3位?

「第1位、川崎さん、96件修S56,500万!」

──?!?!

うちの営業所の人である。もうここまで来ると化け物である。

 そういえば、入社前の面接時、この人が何故か面接に同席したのを思い出した。 当時の営業部長が、こう言っていた。

『この人はなぁ、営業のプロで、年7000万くらい稼ぐんだよ。7月等の重大月ではその月だけで1000万以上の給料を稼ぎ出すんだよ』

 ハッタリかと思っていたら……どうやら現実のようである。 一体、どうやったらそんな成績が取れる様になるのであろうか……

 この全く無縁にも思える成果発表、いずれ加藤もここに食い込む事になるのではあるが、それはもう少し先の話である。

 最後の締めは、営業職員代表で川崎さんが演説。 10分はしゃべったであろうか……

 正直、何を言っているか意味不明だったが、周りからは「いつもながら、川崎さんの話は奥深いわ~」と感慨の声が聞こえる。自分もいずれは同じ様に感銘を受ける様になるのであろうか……と当時思った加藤ではあるが、一向に理解出来ないままであったのは言うまでもない。

 実に、1時間半にも及ぶ全員大会がこれで終わった。

(さ~て、これから仕事にいくぞ!)

と意気込んだのもつかの間、なんと帰社命令がかかる。……これから朝礼の続きをするとの事。なんとも、時間を無駄遣いしているような気がしてならなかった。


■進発会

「え~、これより進発会をはじめる。加藤、ちょっと来い!」

 いきなり呼び出される。自分が何かしたのか? と思ったら、何かを配れとの事。 それは……弁当とビールであった。 みんなの席に弁当&ビールが行き渡った後、営業部長が音頭をとる。

「さ~て、7月戦、みんな頑張ろう! 乾杯!」

 黙々と御飯を食べる。時間は既に13時を回っている。昼間にビールという事は……これから仕事するな、という事か?

 こんなペースで、どうやって通常月の倍以上の数字をあげる事が出来るのであろうか……と早くも焦りの色を隠せなくなっていた。そんな加藤を気遣ってか、勝野が声をかけてきてくれた。

「おい、どうした。ちゃんと食っておけよ」

「いえ、全員大会とか進発会とか、通常月よりも活動時間が少ないのに、どうやって普段以上の成績を取れるかが分からなくて」

「んなもん、お前、普段以上に動けばいいだけだよ。2倍動けば2倍取れるってね」

「……俺が今以上に動くっていったら、夜中の1時まで飛び込みせい! っつ~事ですか?」

「……そりゃ効率良くないわな……」

 加藤は正直な所、これ以上動けないという程の行動量を誇っていた。 勝野もそれは重々承知である。 暫く間が空き、勝野が静かに語りだす。

「そうだな……お前の場合は今の行動量を維持し、行動の割合を変える事かな。今月だけは新規飛び込みは少なめにして、今まで飛び込んだ所のなじみ活動や証券診断活動をメインにしていけば、恐らく倍は取れるって。まぁ、いわば刈り込み専門に今月は動くっつ~事だな」

 この意見に、ハっと気付きがあった。
 物事にはバランスがある、状況に応じてバランスを変えていくのは普通に考えれば当たり前の事ではあったが、加藤は不器用にも大まかに割合を示すならば「飛び込み6、なじみ3、証券診断1」という行動量バランスを律儀にも継続し続けていたのである。このバランスを変えていけば確かに契約は多く取れるかも……と一筋の光が見えた気がした。

「今日はお酒も入ってしまったので、明日から回る先の情報整理を営業所でしたいと思います」

「うむ」

ぶっきらぼうにそう答えた勝野の目は、優しく微笑んでいたような気がした。

■資料整理

 ひとえに情報整理といっても、非常に大変な作業である事に、動き始めてすぐに気付いた。 アンケートの枚数だけで、実に700枚を超えていた。 この中より、実際に見込みになり得る可能性が全くないものをまずピック。

 取りあえず加藤は「どんな人でもアンケート回収」をしていたので、その中には大正生まれの人や高校生まで含まれていた。まず、それらの人を対象外のピックアップとした。 意外に多く、50人程が「保険対象外」。

 次、アンケートは取れたが次の訪問時に断られた所をピックアップ。 意外に多く、100件程もあった。 これを個人的にランクDとした。

 次、アンケートは取れたが、その後留守で面談出来ていない所をピック。 これも100件前後か。 ランクはCとして、それぞれ「過去に訪問した時間」をチェック、過去いっていない時間を行動予定表に名前を記入していく。

 ランクBはなじみ活動が出来ている所、ランクAは保険の説明をした事のある所とし、同じ様に行動予定表に名前を記入。

 時間にして3時間、加藤にとっては非常に綿密な行動予定表が完成した。明日から、本当の意味で7月戦がはじまる。

──果たして結果は如何に?


■怒涛の成果

「勝野、7件修S8042万」

「加藤、3件修S4022万」

 1週間経過、正直どのように動いたのか記憶が定かではない。 ただ、加藤は非常に疲れ切っていた。 それもそのはず、真夏の炎天下の中、それこそ休む間もなく動いていたからである。

 資料の整理をし、いわば見込みと思われる所のみ回っていたか? というと、「いや、隣の家がまだ訪問した事なかったな」「その隣も回った事なかったな」と新規飛び込みも交えながら、動いていたのである。

「おぉ、加藤、中々順調じゃないか。けどお前、体調悪そうだなぁ、大丈夫か? 寝てるか?」

 勝野が話し掛けてくる。

(……疲れの原因の一つが、あなただよ!)

 心の仲で叫んでいた。そう、7月に入ってからというものの、毎晩の様に「反省会」と称して勝野から飲みに誘われていたのである。帰りはいつも午前様。昨日に限っていえば、実に4時まで付きあわされていたのである。

 勝野が飲みに誘う理由は、単に飲みたいからというだけではない事をここ数日のうちに加藤は知る事となった。元々勝野は第一基盤、いわば「知人・友人、その紹介」をメインに契約をあげている人である。7月になってからというものの、勝野は知り合いの店という店に通いまくり、保険のお願いを毎晩していたのである。流石に1人で店にいくのは気がひける為か、加藤は毎晩付き合わされていた。

 ふと、昨日の晩の出来事が頭に再生される。

────……

「オラッ、勝野、飲めよ。これ一気に空けたら保険考えてもいいぞw」

「……一気いきます!」

「おいおい、ちょっとこぼれたねぇ。次いこか!」

「……(無言で飲む)」

──店を出た後、タクシーの中で

「加藤……知り合いからの保険を取り続けるというのは大変だからな。できればお前は白地飛び込みのみで契約を取っていった方がいいぞ」

……────

 加藤の成果を身体を酷使しての結果だとすると、勝野の場合はいわば「命を削っての成果」といっても過言ではない。 ただ、加藤がこれだけバテているのに対し、勝野は……元気だ。理由は明確だ。

「おぅ、加藤。俺ちょっと向こうの部屋で寝てるから、少なくとも17時までは起こすなよ!」

(うぉい! いいご身分だなぁ!)

と、こんな案配である。ただ、この世界は成果さえ出せばこの様な事は許される訳であり、誰も文句を言う人はいなかったりする。

 7月戦がはじまって1週間、合計で5件、いわば選出職員としてのノルマである修S5000万を既にクリアしてしまっているにも関わらず、目の前の勝野との成果の開きは倍以上ある。

 本来なら一息ついてもバチは当たらないような成果ともいえるが、幸か不幸か、加藤の足が止まる事はなかった。

 2週目。
 先週、大体「ランクS」とした所への訪問が終わった事もあり、なじみが出きている所への訪問に加え、他の所への訪問をする動きに変えた。 先週4件の契約をあげた為に「週間優秀賞」たる施策のじゃがいも4箱を、そのままなじみの家に持っていく。

 特に狙った訳ではなく、そもそも当時加藤はじゃがいも等持っていても特に何の使い道もなかったので、だったら配ってしまえ~と思っただけだった。

 意外にもこのじゃがいも配付活動は効果を発揮し、「あらぁ、悪いわねぇ。ホントにいいの、これ貰って? そうそう、丁度保険の事を聞きたかったんだけど~」と言ってきてくれる家庭が実に3件もあった。

 1件は、老後に向けての年金にこども保険。1件は旦那さんの保険の見直し。1件は、子どもが結婚するが為に新規保険の検討。

「加藤、4件修S3303万」

 2週目終了時には、このような成果をあげる事になっていた。 一見順調に見える成果に対し、加藤は一抹の不安を感じていた。

(こんなに契約取ってしまって、来月は大丈夫なんだろうか? 見込みを殆ど取り切っているような気がするし……)

この不安は適中する事になるが、後述する。

「おぅ、加藤、中々順調じゃないか。この調子でいけば修S15,000万は固いな」

 話し掛けてきたのは大森支部長である。……正直、このペースで後半戦も契約が取れるとは到底思えないのではあるが、曖昧に相槌をうっておく。

「お前、ちょっと顔色悪いぞ。大丈夫か?」

「実は……毎晩勝野リーダーに連れまわされてるので、寝不足気味です」

「そうか。まぁ、新人のうちはそれも試練だな。ま、栄養ドリンクでも飲んでおけば大丈夫だ、お前はまだ若いんだから」

「はぁ……」

なんともまぁ、強引な意見である。

 第3週目。
 第一週目に「検討しておくわ」と言っていた人からの返事が。恐いくらい順調に契約が取れた。

 1件修S1400万。

 第3週目の頭にて、加藤の実績は10件修S9900万に到達していた。

(ふぅ、後1件取れば、なんとかノルマ達成だな……)

 ふと、安堵の為か少し気が抜けたような気がした。 これがいけなかったのか、それとも体力がとうに限界を越していたのか、それは定かではないが──ここで加藤の7月戦は終わる事になる。

■ダウン

 10件目の契約が取れ「さぁ、また回ろうかな」と道を歩いていた時、急に目の前が真っ暗になった。

 加藤の記憶はここまでしかない。
 気がつくと、白い天井の壁が見え、見知らぬベットに寝かされていた。

(ここは……どこだ? ……痛!)

ふと左手を動かそうとしたら、チクっとした痛みが走った。

「あ! ダメですよ、左手曲げでは。も~、点滴の針がズレちゃったじゃないですか~」

(点滴? ん? ここはどこだ……?)

「あ、気付かれました? ここは病院で、加藤さんは救急車で運ばれてきたんですよ、道でいきなり倒れてね」

「──え?」

「脱水症状に、極端に体力が減ってます。後、肺炎も煩っていますので、このまま暫く入院する事になりますよ」

「──えぇ?」

 時間を聞いたら、倒れてからまる1日が経過している様である。 いきなりの展開で頭で理解しきれないうちに、ガチャっとドアの開く音が。 勝野と大森である。

「よぅ、加藤。元気か? まぁ……ゆっくり休めや」

「早く退院せいよ、ノルマ後少しだから」

 大森はともかく、勝野はバツが悪そうな顔をしている。 倒れた要因に加藤を毎晩連れ回した事が考えられると想像しての事であろう。 その後勝野の夜の誘いは少なくなった──事は全くなく、退院後も全く変わらず加藤を連れ回す事になるのだが……

 1週間経過。まだ加藤はベットの上である。気分的にはもう全快に近いと自覚するものの、肺炎の為、また病院側も「こいつは自宅で療養する筈がない」というのを認識してなのか、退院という言葉は未だ聞けずにいた。

 結局、加藤が退院するのは実に締切日より5日経ってからとなったのである。 ……病院の中にて、長い(?)7月戦が終了。倒れるまで動け、というのを忠実に実行した加藤は、果たして誉められるべき……なのであろうか?

 以後、加藤はこの「倒れる」事が恒例化してしまう事になるのだが、まだ想像すら出来ないでいた。
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