第8話 魔の8月

文字数 2,931文字

■時間がない!

 ここで8月の行事の一覧を。

5日……入院にて休み
3日……施策旅行にて休み
3日……お盆休み
3日……昼間から施策の食事会×3回
3日……3月に契約を取ったお客さんの診査等

 8月の予定を組み立てた途端、加藤は軽い目眩を感じた。

(30日のうち、動けるのが11日? 土日を省いたら……7日? どうやって契約取れっつ~ねん)

 加藤の場合は入院にて5日少なくなっているので、他の人より活動可能日数は当然少ない訳ではあるが、本来8月とは非常に活動日数が少ない難しい月と言われている。

 まして7月に見込みを殆ど取り切ってしまい、かつ7月後半は入院していた事もあり、いわばゼロからのスタートを余儀なくされている加藤にとって、この活動日数の少なさは致命的ともいえた。

──施策旅行前には勝野とこんな会話も。

「勝野リーダー、施策旅行、サボってもいいですか?」

「アホか! お前、あの成績でも一応新人トップの成績だったから、行かなきゃダメだ!」

「じゃぁ、食事会も出ないとダメ……ですか?」

「これも当然だ! お前、壇上で何かしゃべらされる筈だしな」

「──は?」

 7月後半こそ入院リタイヤしたものの、結果的には加藤の成績は新人の中では郡を抜いていた。加藤自身は勝野や大森より叱咤されていた事もあり、その事を全く知らなかった訳だが……

 実際、新人で断トツトップの成績でありながら、営業部長に「すいません、ノルマ達成出来ませんでした」と申し訳なさそうに報告したものである。

 ちょっと前までは、タダ飯が食えるという事で喜んで食事会に行っていたものであるが……今の加藤にとっては時間の無駄以外何も感じなかった。

(はぁ……どうやって今月動こう……)

思わずため息をつく加藤であった。

 少ない活動時間の中、やみくもに飛び込みアンケートを敢行する。なじみが出来ていない段階にて、そうそう速攻で契約に結びつく事はない事は過去の動きで分かってはいるものの、加藤にできる事はこれだけだった。

 幸運にも「丁度保険を考えようとしていたんだわ」というラッキーな所2件にあたる事が出来た。流石に「考えている」と相手の口から出る家は速攻で話が決まる。

(ふぅ、なんとか2件になったか……)

 奇跡的にもこの日数にて辛うじて新人ノルマは達成したかに見えた。が──アクシデントが加藤を襲う事になる。

■診査落ち

 1人のお客さんは奇遇にも加藤と同じ名前の加藤さんという方だった。 いつもの様に会社指定の医者へ診査をしにいった。 ごく普通に終わったかに見えたが、数日後、見なれぬ結果票が加藤の連絡ボックスに入っていた。

「勝野リーダー、部位不担保のP増しって書いてありますけど、これって何ですか?」

「あちゃ~、加藤さん条件ついちゃったか……」

「え? どういう事ですか?」

「いや、な。部位不担保というのは、この人の場合だったら腎臓に関係する病気だったら保険は出ないよ、という意味で、P増というのは保険料が通常より高くなるよ、という事なんだな」

「えぇ? それじゃ提示した保険料より高くなるという事ですか?」

「そうだな……この人の場合だと……2割増しだな……」

「えぇ??」

 この加藤さんという方、40歳を少し過ぎた年齢という事もあり、ただでさえ提示した保険料は安いとはいい難かった。それに2割増しなんて……しかも、部位不担保なんて……

「ま、とりあえずありのままをお客さんの所にいって話をしてくるんだな」

「……これじゃ、やらないって言われるかもしれないですね……」

「まぁ、それはしょうがないわな……」

 案の定、加藤さんはこの条件では飲めないという事になり、契約は流れる事に。 その為、加藤は結果的にノルマ未達成となってしまった。

「うぉい、加藤! ノルマ未達成だったなぁ。何たるんどるねん!」

「いや、ホントは達成出来た筈なんですが、1件流れ──」

「言い訳するな! だったら予備に後2件くらい取っておけば良かっただろが!」

「……はい、すいません」

「来月はノルマの倍はやれよ、いいな!」

まぁ、なんとも強引な意見を言うのは、大森支部長であった。


■給料

「おぉ、加藤。今日飲みにいこうか、お前の奢りで♪」

「──?! な、何を言い出すんすか……」

「だって、お前、今月給料たんまり出ただろ?」

「え? いつも20万程度ですよ」

「だ・か・ら、先月お前修S1億近く取っただろう? 恐らく50万くらい給料あるって」

「えぇ? ま、またまたぁ。ホントにそれだけあったら、奢りますよ」

「おっしゃ、銀行いこう!」

~銀行にて~

「──! 60万近く入ってました」

「ははは、今日はお前の奢りな。おし、今日は長い夜になるぞ~!」

──4件はしご、飲むは飲むは……午前4時にお開き。ひと晩で実に25万程、財布の中から出ていった。これが……営業の仕事の醍醐味……なのか?

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以下、物語と関係のない補足(?)です。

~診査落ちの帝王~

自分は診査落ちが多かったです。(診査落ち=条件が診査でついてしまう契約) 一時期ついた呼び名が、診査落ちの帝王。 一時期3契約連続で診査にひかかったという時には何かにのろわれているのか? とすら考えた程。

まぁ……そのおかげで(?)、条件緩和の方法やら不思議な事を1年目から詳しくなってしまったんですがね。一番自分がショックだったのが北さんという方の契約。

このお方、何とも不思議な言い回しを多様する人でして、、風邪で熱がでた事を「自律神経失調症で熱が出た」なんて表現使ってしまったんですな。北さん曰く「風邪って原因が不明だろ? だから自律神経失調症という表現は正しい筈だ」なんてお茶目な事を熱弁してました。。

「医師の診断書がなくても、お客さんが口にした以上、それに則った条件をつける」

神経系は……特に条件厳しいんです。で、医師も「この人は自律神経失調症じゃないですよ~」なんて証明書なんぞ書いてくれません。 えぇ……この北さんの契約はこれが原因で1年以上の間をあけるハメになってしまいました。

~飲み代~

基本的に自分は1年目は勝野におごって貰ってばっかりいました。彼曰く「部下に対し上司が銭出すのは当然だ」だそうで、割り勘という意見も頑に却下してました。ひとえに「飲み代」と書いても、今みても尋常ではなかったです。何せ夕飯が「居酒屋」で、飲みが別の場所でしたから。 一時期、年収の倍程度飲み代に遣っていたというのですから……とんでもない話ですな。

ま……こんな環境に身をおいていましたので、当時はマトモだと思っていた自分の金銭感覚はいつの間にか「異常」になっていました。今回の連載で書いた「ひと晩で25万程消えた」経験をしてから、暫くの間、財布の中には常に25万は入れる様にしていたりとか……1回の食事の料金が1万で「安いじゃん!」とか思ったり……月にタクシー代を数十万平気で遣ったりetc...

「いえ! 全然無駄遣いじゃありません! ほら、この方とこの方、タクシーの運転手でなじみになったから契約取れたんです! これも一つの営業です!」

……ホント、我ながら酷かったな、と。

以上、物語と関係ないちょっとした補足でした。
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