第17話 営業スタイルの変化~突然変異?~

文字数 6,018文字

■多忙な日々

 相変わらず指導する人材は入って来ない。また当分は喫茶店で時間でも潰すか……と加藤は思っていた。が、タダでトレーナー給与を貰う事を営業所は許してくれなかった。突然、営業部長からの呼び出しが。

「おぅ、加藤。今月時間ありそうだな。なら、ちょっと勉強会に参加してこいや」

「えぇ? ようやく自分の仕事が出来ると思っていたのに……」

「一人前というヤツは時間を少ない中から作ってそれで成果を出してくるもんだぞ。お前もそろそろ新人という立場から抜け出せよな。あ、後7月戦のビアパーティの場所、どこか候補見つけておけや」

「えぇ? ど、どうやって候補見つけてくるんですか?」

「店長呼んで、100人規模の貸し借りをするから1人あたり3,000円でどこまでの料理が出るか聞いて実際に食べてくるだけだ」

「えぇ? そんな事やった事ないですよ……」

「誰だって最初はやった事ないに決まってるだろ! お前、保険営業はじめてだったよな? それで出来たよな? それと同じだろが!」

「そもそも、それって雑用に近いので──」

「アホ! お前、自分の立場を理解して言ってるのか? トレーナーは『支部長補佐』とも言うんだよ。支部長の補佐的仕事はお前の仕事でもあるんだよ! グチグチ言ってないでやれや! ビアパーティの視察代は営業所で持ってやるから」

 勉強会とはFP知識の研修のようなもので、なんと週のうち3日、しかも朝の10時から16時までと殆ど缶詰め状態との事。そして月末までにビアパーティを開催する場所を探してこい、と。

(こんなスケジュールでどうやって保険取っていけばいいんだよ……今月は保険取るな、という事……はないだろうな。結果出してこないと何言われるか分かったものでもないし……)

久しぶりに少々憂鬱になった加藤であった。

──が、この「仕事」により、加藤に大きな変化をもたらし、そして「突然変異」を迎える事となる。

■勉強会

(俺は一体何やってるんだろう……)

 加藤は勉強会の最中、そんな事をふと思っていた。 そう、加藤自身いわゆる缶詰め的な勉強会は会社に入ってからというもの、一度も受けてはおらず、常に飛び込みばかりをしていた。その為もあってか、会社の部屋の中に日中いる事自体に非常に違和感を感じていたのである。

 ただ、コンサルティングという意味では非常に新鮮だった。今まで殆ど我流に近い勉強だった為、色々な知識、保険に関連する知識を学ぶという事は非常に面白く感じ、日を増す事に加藤自身の脳が賢くなっていくような感覚に捉われていた。

 勉強会自体加藤だけが受けるという訳ではなく、各営業所から数名、計30人程が参加していた。どの様な基準かは不明だが、一応「それなりに成績がいい入社歴の浅い人」という選考があるらしい。

「加藤君って、もしかしてあの営業所の加藤君? あぁ、一度話してみたかったのよ」

 加藤自身全く気付いていなかったが、何故か加藤の名は殆どの各営業職員の人が知っていた。入社時の研修中は殆ど勝野に連れ回されていたが為、他の営業所の人と話す事が全くなかった加藤にとって、初めて「他の営業職員の人と話す」場となり、それはそれで非常に新鮮であったし、楽しくも感じた。

 ただ、加藤自身のモチベーションと同じ人達が皆無という事が、加藤を不安にさせていた。

「ところで何でこの勉強会来てるんです? 企業保険を取る為とかです?」

「ん? 何言ってるのよ。そんなのサボる為に決まってるでしょw」

(こんな事していていいのだろうか……)

──が、意外な所でこの勉強会で知り合った他営業所の人との繋がりが、後に加藤の窮地を救う事となる。

 そして、いわば強制ともいえるこの勉強会にて、加藤のコンサル能力は比較的にアップしていた。本人自身は全く気付いてはいなかったのだが……


■ビアパーティの場所決め

 加藤にとって勉強会よりも苦痛な事、それはビアパーティの候補店を見つける事だった。

 過去加藤自身が出席したビアパーティの場所は勝野の知り合いの所だったという事は後に聞いたのだが、加藤自身がビアパーティを行える、100人程度の貸し切りが出来る場所等当然知っている筈はなかった。

(どこにいけばいいんだ? 飛び込みで見つける……もの……なのか?)

 勉強会の終わる時間真際になると、常にこの事が加藤の頭を過り憂鬱になるのが習慣になっていた。

(そろそろどこか候補決めないと……営業部長にドヤされるしなぁ)

 最初から予想していた通り、加藤はブルーになっていた。


「加藤君、これから食事にでもいかない?」

 勉強会より3日が過ぎた時、去年の施策旅行で加藤に地獄を垣間見させた山口が話し掛けて来た。取りあえず、誘って貰って断わる理由もないので、食事にいく事に。

 食事……といっておきながら、山口が選んだ店は小洒落た居酒屋のような所であった。

「取りあえず、カンパ~イ」

 何が乾杯なのかは意味不明だが、思わぬ所で酒を飲む事に。 小1時間経過、何故か加藤は深酔いしていた。そして、何故か珍しく饒舌になっていた。

「何か7月のビアパーティの場所の候補探してこいって言われてるんですよ……どこ探せばいいんですかねぇ? こんな雑用押し付けられて──」

「ん? それって滅茶苦茶オイシイじゃん。確か営業所からの経費で落ちるんだよね。毎日タダで飲み歩き出来るなんて、ラッキーじゃない」

(……! そ、そんな捉え方があったか……!)

「何だったら私が付いていってあげようか?」

「あ、是非お願いします。店の事とかあまり知らなくって……」

「え~、私も詳しくないんだけど、そんなの探せばいいだけじゃんw」

 と、その後の話は覚えてはいないが、暫くの間山口と仕事後、飲み歩きにいくという不思議な日課がこの時確定した。

■意外な成果

 山口はお世辞にも仕事熱心とはいえない人ではあった。が、あっけらかんとした憎めない性格のせいもあってか、それなりに成果をあげているらしかった。

 いわば、まるっきりタイプ的に逆といってもいい2人ではあったが、少なくとも加藤にとっては非常に新鮮な刺激を受けていた。

「ん~、今日で5日目か。どこ行こうかねぇ」

「ん~、あ、ここなんか面白そうじゃないです?」

 いわば加藤の唯一ともいえる特技、環境適応能力により、いつの間にかあれ程憂鬱だったビアパーティの場所探しが今では楽しむ余裕さえ出来ていた。

「あ、今日は最初から名刺とか渡してみようよ。サービスして貰えるかもしれないし♪」

 山口の提案にて、最初から主旨を伝えるという方法を取る事に。

「あ、○○生命の加藤と申します、店長さんはいらっしゃいますでしょうか? あ、はじめまして、今度7月上旬頃に100人程度で1人予算3,000円程で貸し切り出来る場所を探しているんですけど」

「え?! そんな人数で予約いれて貰えるんですか? だったら今日はサービスしますので、どうぞ楽しんでいって下さい。あ、私こういうものです。もしうちを使って頂けるのでしたら、私も含めまして全面的に保険の見直し依頼をさせて頂こうかと思っています!」

……予想外の展開だった。当然この様な成果を求めて主旨を最初に伝えた訳ではなかったのだが……が、さらに驚く事を山口は間髪入れずに言う。

「あ、ビアパーティで使うかもという事で、もう少しイメージを知りたいので後何人か呼んでもいいですか?」

(──?! こ、この人は、何を……)

「あ、いいですよ。是非皆様に来て貰って下さい」

「やった! 何でも言ってみるもんだね。取りあえず勉強会のメンバーをみんな呼ぼうよ♪」

(この人、凄いよ……何故こんな事がサラッと言えるんだ……?)

 何か別世界の人間を加藤は見ている気がした。が、少し心が踊っていた。

 山口の言動一つ一つが、加藤にとって大きな営業スタイルの変化のきっかけになる事を、珍しく予感していた。そして、加藤はまさかの突然変異する事となる。

■ちょっとした(?)変化

──2ヶ月後

「おぅ、保険屋。出来たらこの携帯電話を●個捌いてくれや」

「了解、あまり期待しないで下さいよ……」

「そういえば、お前動物保険も扱ってたよなぁ。アレ1件頼むわ。後、写真入りカレンダーだったっけか? この写真で10部ずつ作っておいてくれや」

「了解です、早速手配しておきますね」

 一見、職を変えたのか? とも思えるやりとりではあるが、加藤は当然退職もしておらず、いち保険屋である。が、加藤の動き方が大きく変わって見えるのは紛れもない事実である。いや、正確には動きの制御がなくなったといった方がいいかもしれない。

 加藤は山口との出会い、接触によりある事を知った。それは「常識とは自分で決めるものではない」という事。知らずうちに自分の中での常識に囚われ、動きに制御がかかっていたという気付き。

 突如と思える行動の裏には、加藤なりに精一杯考えた末の根拠があった。これまでの加藤の活動の弱点としては……

・訪問ネタが少ない(口下手・話下手なので、何度もの訪問のネタに困る事が多々)
・店への飛び込みは避け気味(というか殆どしていなかった)

 大まかに見て、この点がピックされる。これまでは、当然の事かもしれないが「保険屋が保険の話題のみするのは当然だ」等という、いわば「知らぬうちの制御」がかけられていた状態にあったといえる。真面目に仕事のみをしてきた加藤にしてみれば「遊び」の感覚が抜けていたと見る事も出来るんじゃないか、と。

 人との繋がりという点から見ていけば何も話題は保険の事だけでなくても何ら問題ない──いや、むしろプラスになるのではないか、と。

 今までのなじみ活動で喜ばれた事は何だったか? 保険とは関係ないツールが喜ばれる事もあったのではないか──いや、そちらのがむしろ多かったのではないか、と。

 そこで加藤は独断で行動に出る事になる。携帯屋さん、写真屋さん、動物病院屋さんetc...喫茶店等にもちょくちょく顔を出すよう、心掛ける事に。

———–
こちらの地区担当になりました、加藤といいます。地域密着型の営業という事で保険以外の事でも皆様に喜んで貰えたらと思っています。●●さんの所の商品を皆様に紹介してもいいでしょうか? 当然、それで紹介料を~という事は一切考えていません。実は自分自身の訪問ネタにも十分なるな、と考えていまして……
———-

この様な切り口にて、各種今まで回っていなかった店に対して訪問をするようになり、結果として「携帯電話や各種グッズ、写真付きカレンダー、動物保険」というサブツールを保有する事となった。

 元々サイドビジネスというつもりでのツールという訳ではなく、あくまでもボランティアとしての活動となるが為、当然ノルマ自体は存在せずに気軽に出来るという点も加藤の狙いだった。

 少なくとも加藤にとっては劇的な活動の変化であった。


■ちょっとした成果

「こんにちは。今日近くまで寄ったものですからお邪魔しました。実は近くの●●さんというお店から頼まれて、皆に紹介して欲しいという事でこんなチラシ持って来ました」

「ん? 写真入りカレンダー? 加藤君、こんな事もやってるの?」

「まぁ自分の商売という訳ではなく、頼まれたので特に何のノルマもなく紹介しているだけですけどね。地域密着営業という事で、保険のみではなく色んな事で役に立てれたらと思っていますので」

 基本的に飛び込み営業自体は何一つ変わっていないので、劇的な直接的な成果(契約)がいきなり増えるという事はなかった。が、今までの大いなる課題であった「訪問ネタ」という点においては非常に大きなプラスになった事は明らかであった。

 一種の遊び心とでもいえばいいのだろうか、今までは話に詰まる事も多かった加藤自身にとって、話のネタが増えたという事で、気持ち的にリラックスして人と接する事が出来るようになった……気がした。

■ちょっとした(?)意外な成果

 意外でも何でもなかったのかもしれないが、全く当初予定していなかった契約がとれる事となった。写真屋をはじめとする、ツールとして利用していたお店からの契約である。

「いやぁ、助かるよ。お礼といっては何だが、うちの保険を見直すよ」

「──え? いや、そんなつもりでやっていた訳では……ただ自分自身の営業ツールの一つとして使わせて頂いていただけで、十分それだけでも自分の利益になっていると──」

「ん! 面白い! 君に今後の保険は任せるよ。あ、知り合いも紹介していいかな?」

「あ、ありがとうございます! ただ、あくまでもノルマ商品として皆に紹介している訳ではないですので、今後も同じように貢献出来るかは分かりませんよ」

「んなもん、期待してないわ! ふははは」

 この頃より、加藤の契約者の幅は「地区の個人宅」から「地区全体」へと変化していく事となる。

 
■社内営業?

「あ、加藤君、今時間大丈夫? 良かったらこれから気晴らしにカラオケでもいかない?」

「あ、いいっすよ~」

 この頃より、加藤は会社の人に誘われれば基本付き合う様に心掛ける様になる。昼間のカラオケや飲み、時には近場のぷち旅行まで。世間一般的に「サボり」と言われる内容である。が、加藤は全く違う視点、いわば仕事として捉えていた。

──いずれ辞めていく人達、実は凄い見込み客と言えるのではないだろうか? 退社する際に一番近くにいれば、もしかしたら……と。

 この社内営業(?)が身を結ぶのはかなり先の話になるが、結果的にこの活動にて「優績者と言われる人達の年ノルマ」程度の成果をあげる事となる。

etc...

 やがて「優績者」から「化物」呼ばわりされる事になる加藤の礎は、この時、山口によって作られたといって過言ではない。


 とある喫茶店にて山口と会う。

「へぇ、加藤君面白い事やってるねぇ。私も参考にしようかな」

「いや、山口さんの言動がきっかけで思い付いたんですよ、逆に俺が感謝しなくちゃ」

「へ? 加藤君、頭大丈夫? どうして私の言動でこんな活動になるのよ?」

「え……いや、俺にない部分を吸収出来たというか何というか……」

「へ?? 私じゃこんな事まず思い付かないし、仮に思い付いても実行しようなんて思わなかったと思うよ、結果出るかどうか分からないし」

「ハッ……確かに……」

 振り帰ってみれば、非常に危険な賭けだったかもしれない。 この間の活動(2ヶ月間)は結果的に加藤の営業を大きく成長させる事になった訳ではあるが、直接成果に結び付く保証は何もなかった訳で。(他の動き等するという事は、当然直接の飛び込み件数は今までより減る事となったりするので)

「ま、とにかく、これから飲みにいこうか♪」

 その後、夜の街に消えていく2人であった。

 余談ではあるが、加藤と山口が付き合うというストーリーは当然の事ではあるが存在しないので悪しからず。
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