第19話 なじみ活動の究極の成果?(2)

文字数 2,289文字

■とある休日(2)

 あれから1週間後の休日の午前。加藤はいつも回っている地区に「飛び込み」ではなく、珍しく「買い物」というお客の立場でパソコンを購入するが為に来ていた、私服で。

(今日こそはPC買わないと……)

 先週は思い掛けなくお客さんに捕まり仕事をする事となってしまったが為、今度こそは、という気合は相当のものであった。取りあえずパソコンで有名な某有名店へと向かっていた。

「あれ? 加藤さん?」

 ふと声をかけられた方向を見ると、普段ちょくちょく寄っている服家の店員であった。

「あ、どうも~」

「今日は何やってるんです? 私服で珍しいですねぇ」

「あ、ちょっと買い物に……」

 何故に同じ道を、と思う読者の方もいるであろう。が、パソコンショップへの道はどうしてもこの道を通らざるを得ないのである。

(うわ……先週と同じパターンかよ……)

案の定、30分近くも路上でしゃべる事になってしまった。


(こ、これはマズい。このパターンは先週の二の舞いではないか……)

 そんな不安を胸に、少々早歩きをして目的地へ向かう。 買い物への執念が神に伝わったのか、先週捕まったポイントを次々にクリアしていく。

(おぉ、今日は辿り着く事が出来そうだ……!)

と、ホっと胸をなで下ろしたのもつかの間、先週は辿り着く事のなかった未知なるゾーンより、声がかかった。

「あれ? 加藤君?」

 ふと声をかけられた方向を見てみると、普段ちょくちょく寄っているリサイクルショップの奥さん。が、この時点で加藤は何の警戒もしていなかった。

(あぁ、北さんの所か。ここは1年以上顔出しはしてても社長さんとは全くといっていい程会話出来ていないし、殆ど奥さんともしゃべっていないからなぁ)

「今日はどうしたの? 私服で」

「いや、実は────」

 パソコンショップはもう間近という事もあり、加藤は先週の出来事も踏まえて状況を話し出す。まさかこの話題が大きな転機になる事等は予想だにせずに。

 一通り話し終わり、立ち去ろうとしたその時、普段はまず話し掛けて来ない奥さんが目の色を変えてしゃべりだす。

「え? パソコン買いに来たの? パソコンならうちの人詳しいよ。一度話聞いてみなよ。ま、来て、来て!」

「──え?」

 半ば強引に店の中に連れられ、奥さんが北さんに状況説明をしだす。普段は寡黙な北さんの目がキラリと光り、今まで見た事のない雰囲気の元、話し出す。

「ん? パソコンを買いに来たのかね」

「え、えぇ」

「で、目的は何?」

「ま、特に目的というモノはないんですけど、PCでオンラインゲームをやってみたいな~、と」

「何か目星とかつけてるのかね」

「い、いや……まぁ見て良さげなのを選ぼうかなと考えて──」

「素人が見ても全く判断は出来ないね。(少々考えて)よし、んじゃこれからパソコンを見に回るか。おい、お前(奥さんの事)、店、今日は頼むぞ!」

(今日は……頼むぞ? ……え?)

 一瞬、何かの聞き違いかと思ったが、結果的にこの言葉はそのままの意味であった。

「まず最初のPCは、Macがいいな。で、最初は中古で十分だ。予算は……15万くらいか。取りあえず2台購入するか」

(えぇ? 何故に2台になるんだ?)

「後は、プリンターにスキャナー、と。ソフトは……これをいれておけばいいかな」

 もう限りなく一方通行に近い会話となっている。 回った店の数は実に10を優に超え、訳の分からないまま荷物が増え続ける。 この街にこれだけの店があったのか、と驚く程、クタクタになるまで歩き続けた。

 店を回りはじめて3時間経過、休憩という事で喫茶店に入る。

「滅茶苦茶パソコン詳しいんですね、北さん」

 この一言がトリガーとなり、北さんは非常に饒舌に話しはじめた。 加藤は、というと、殆ど相槌を打つ程度で、2時間程北さんはしゃべりっぱなしだったのを記憶している。それこそ今まで殆どしゃべらなかったのが嘘のように、水を得た魚のような豹変ぶりにただただ驚くばかりだった。

 その後北さんの店に戻り、パソコンの設定等何から何まで全てやってもらった。

「そういえば加藤君は……保険屋だったよな?」

「は、はい、そうです」

(※北さんは1年顔出ししていてもこの程度の認識で全くといっていい程保険の話は出来なかった所であった)

「丁度さ、うち○×生命だからさぁ、切り替えないといけないと思ってたのさ。時間は今日大丈夫? 大丈夫だったらこれからうち来て保険診てよ」

「は、はい!」

「後、会社の保険もあるからさぁ、それも一緒に診てよね」

「りょ、了解です!」

 その後の流れは省略とするが、この出来事をきっかけにこの北さんとは非常に長い付き合いをする事となり、加藤の営業人生において非常に重要なキーパーソンの役割を果たす事となる。


──翌日、成果発表。

「おぉ、加藤。お前、また休日に仕事してたのか、凄いな~。お前は営業マンの鏡だよ。皆見習ってくれたらなぁ」

 当然、営業をしようと思って地区を歩いていた訳ではない。が、少なくともその地区においてはかなり顔が売れており、歩けば誰かが声をかけてくる──まるで芸能人のような立場に気がついたらなっていたと、この2回の休日外出で認識した加藤であった。また、人とはホンの些細なきっかけで急激に親しくなるものである、という事も。

──地区への飛び込み営業の完成形~地区の有名人化~

 飛び込み営業を開始してから1年と3ヶ月、加藤の活動は大きく、大きく報われようとしていた。地区への飛び込み営業における究極の形の完成と共に。

 この時期を境に、加藤は地区からの紹介案件が飛躍的に増えていく事になった。
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