第24話 新人勧誘活動
文字数 3,317文字
■新人勧誘活動
12月。
保険会社によっては他の月という所もあるが、加藤の会社ではこの月は基本的に新人勧誘活動をする事になっていた。新人勧誘活動とは何か、というと、保険会社で働きたい人を見つけて来る活動をするという事である。いわゆる「声かけ」である。
表向きにはノルマというものは存在しないが、営業所単位でいうと下手すると年責(営業所のいわゆる年間契約ノルマ)以上に厳しいノルマがあるといっていいであろう。よって、管理職の人達は必死である。
もうすっかり忘れている読者の方もいる事であろう。加藤はさりげなくトレーナー(新人育成)の立場になっている。といっても表向きにはいち営業職員でしかなく、その事実を知っているのは支部長、営業部長に支社の一部の人間しかいないのだが。
「おい、加藤、ちょっと来い」
営業部長に呼び寄せられる。
「今月がどういう月かお前知ってるか?」
「はい、新人勧誘活動強化月間……でしたよね」
「そうだ……今月はなんとしても10人の新人を入れたいんだ。じゃないと、このままいくと支部資金をガッポリ減らされるからな。お前、一応トレーナーだから2人は新人見つけてきてくれ」
「──?! 2人ですか? 保険をとって来いというのなら分かるのですが……新人獲得活動なんてした事ないですよ……」
「大丈夫! お前なら出来る筈だ。何のバックボーンもなかったお前が、あれだけ飛び込み営業で成果あげれただろ? 同じ事だって! お前一応トレーナーだしな。じゃ、頼むぞ!」
まぁ何とも強引な所はいつも通りではあるが、加藤は途方に暮れていた。
(……どうやってやればいいんだ? 取りあえず勝野先輩に聞いてみるか)
「勝野リーダ──」
「俺はもうお前のリーダーでも何でもないって何度言ったら分かるんだ! 勝野さんとか勝野先輩とか呼べよ!」
1年目のクセが抜けず、未だに加藤は勝野の事をリーダーと呼んでいた。毎度同じ様なやり取りをしているが、勝野自体も何とか言いながらリーダーと呼ばれる事に実はまんざらでもない様子である。
「新人獲得の活動って何すればいいんです? 勝野リーダーはどうやってました?」
「ん? 俺か? 自分で見つけて来た人は1人もいないよ」
「──え?」
「一応お前は俺が見つけて来た事になってるが、実際は違うしな。俺が新人獲得活動なんかしてる姿、想像出来るか?」
「い、いや……」
「俺は保険さえ取っていればいいんだよ。新人獲得する為にこの仕事やってる訳じゃないしな。ま、お前も保険さえ取ってれば問題ないだろ。ま、頑張れや」
……聞いた相手が悪かった。が、他に親しい職員はいないが為、取りあえずある程度なじみのあるお客さん達に声をかけてみる事にした。
■お客さんから見た加藤
「──え? 保険屋さんの仕事? 嫌だ~、生保レディにだけはなりたくないのよ」
お客さんに声を声を掛け始めて3日。未だ成果は挙がっていなかった。当然といえば当然なのかもしれないが、好き好んで保険の営業をやりたいという人等滅多にいない。生保レディ・生保のおばちゃんというイメージが強く、そのイメージは世間的にはかなり悪いのはまぎれもない事実な訳で。(だからこそ、この様な新人獲得活動をしないと新人は入ってこない)
なじみのある人達への声掛けという事もあり、当初は何とかいって2人くらいは新人獲得出来るのではないか、と甘く考えていた加藤は、久しぶりにブルーになっていた。
(うぅ……まだ保険を5件とって来いと言われた方がラクだよ……これで50人目だよ……)
「あ、加藤君? どうしたの今日は。何? 保険屋さんになれって? ハハッ、私がなれる訳ないじゃない。こう見えても仕事してるんだよ。あ、そうだ、下の階の○○さんに加藤君の事紹介しておいたから。旦那の保険を検討したいとか言ってたわよ。後で寄ってみてね」
普段ならばこれ以上ないという程の出来事でも加藤の心は憂鬱なままだった。
(うぅ……また契約の話になっちゃったよ……これで3件目だよ……話だけでも聞きに来る人はいないのか……保険の紹介してくれるくらいだからなじみは十分出来ている筈なのに……何がいけないんだ?)
新人獲得がこれ程難しいものだとは思っていなかった。 何故1人も手ごたえがないのか……なじみのある人達への声掛けなのに。
──その一つの答えが、とあるお客さんの訪問で分かる事になる。
「あ、加藤君。今日は何? え~、保険屋さん? 手取りは……15万ちょいか。丁度パートの仕事辞めたばかりだったから仕事は探している所だけど──」
「──! ホントですか! じゃ、是非うちに来て下さいよ」
声掛け64人目にして、ようやく大きな候補が1人表れた。が──
「ただねぇ……加藤君見てると、とても私には出来ないな、って思うのよね……」
「──え? どういう事ですか?」
「いや、ね。加藤君滅茶苦茶一生懸命真面目にやってるじゃない、朝から夜まで。1日に1回は加藤君をここらへんで見かけるくらいだし。顧客という立場からみると非常に頼もしいんだけど、同じ事やれと言われたら……とてもね……」
「い、いや……女性の人達は夜とか回る事はないですし、会社訪問が主体で時間も自由効きますよ」
「じゃぁ、その人達は加藤君より成績あがってる? で、長く続いてる?」
「そ、それは……」
「でしょ? ある程度の成績をとって続けていく為には加藤君くらい動かないとダメなんじゃないかな、って思うのよね。ただ、私はそこまでして仕事したいと思わないし、出来ないわよ……」
加藤が新人獲得が上手く出来ない理由──この意見に集約されているといっていいであろう。なじみがある人であればある程、加藤の活動を目の当たりにしている訳であり、それが保険屋の本当の仕事、大変な仕事であるという認識は強まっていく訳であり……
──実際、加藤は今後も含め1人の新人獲得も出来ないで仕事を続けていく事になる。
(そんなに俺の動きって大変そうに見えるのかな……)
加藤はふと頭を傾げた。
■新人獲得の実際
「おぅ、加藤。久しぶりに男性職員が入って来たから明日から面倒頼むわ」
研修を終えた1人の男が営業部長の横で佇んでいた。名を高橋というらしい。年齢は加藤より4歳程上。勝野と同年齢である。過去数人教えた事と同様の指示を高橋に与えた。が……案の定というか「またか」という様に、1週間と持たずに退社の意志を伝えて来た。
「──高橋さん。ラクして成果なんてまずあがりませんよ。どんな仕事でも同じだと思うのですが、ラクな仕事なんてないですよ」
「いや、誘われた時にちょっとだけ動けば年収1000万は固いラクな仕事だよと言われて入って来たので話が違うな、と……」
「んなちょっと働いて年収1000万なら、俺くらい動いたら年収1億超えてますよ!」
「いや……センスのある人なら容易いと言われ──」
「じゃ、高橋さん、自分で凄いセンスがあると感じてるんです?」
「……」
「そんなセンスのある人なんてほんの一握りしかいないでしょうし、センスのある人でも水面下では滅茶苦茶動いているもんですよ」
「(小さな声で)話が違うじゃないか……」
(一体どういった新人の獲得の仕方してるんだ……)
加藤は憤りを感じ、営業部長に聞いてみた。
「ん? まぁオイシイ話をしないと中々入って来ないからなぁ。前にも言ったと思うが、それで残るヤツは残るし、残らないヤツは残らない、と。お前みたいに動かないとダメな仕事だ、な~んていったら俺でも入社するの嫌だしな、はははは」
(……俺ってそんなにハードに動いている様に見えるのか?)
と、心で思った事を見透かすかの様に営業部長が話を続ける。
「あ、お前は自覚していないから分からないだろうが、誰の目からもお前の活動はハードに見えるぞ? 間違っても新人獲得の際、お前の活動は言わない様に──って、やはりお前には新人獲得活動は向いていないか。飛び込みでしょっちゅうお前の姿は見られているだろうしな。──じゃ、俺用事あるから」
と、そそくさと席を後にする営業部長を目で追いながら、誘い方に大きな問題があるんじゃないか、と素朴に感じた加藤であった。
12月。
保険会社によっては他の月という所もあるが、加藤の会社ではこの月は基本的に新人勧誘活動をする事になっていた。新人勧誘活動とは何か、というと、保険会社で働きたい人を見つけて来る活動をするという事である。いわゆる「声かけ」である。
表向きにはノルマというものは存在しないが、営業所単位でいうと下手すると年責(営業所のいわゆる年間契約ノルマ)以上に厳しいノルマがあるといっていいであろう。よって、管理職の人達は必死である。
もうすっかり忘れている読者の方もいる事であろう。加藤はさりげなくトレーナー(新人育成)の立場になっている。といっても表向きにはいち営業職員でしかなく、その事実を知っているのは支部長、営業部長に支社の一部の人間しかいないのだが。
「おい、加藤、ちょっと来い」
営業部長に呼び寄せられる。
「今月がどういう月かお前知ってるか?」
「はい、新人勧誘活動強化月間……でしたよね」
「そうだ……今月はなんとしても10人の新人を入れたいんだ。じゃないと、このままいくと支部資金をガッポリ減らされるからな。お前、一応トレーナーだから2人は新人見つけてきてくれ」
「──?! 2人ですか? 保険をとって来いというのなら分かるのですが……新人獲得活動なんてした事ないですよ……」
「大丈夫! お前なら出来る筈だ。何のバックボーンもなかったお前が、あれだけ飛び込み営業で成果あげれただろ? 同じ事だって! お前一応トレーナーだしな。じゃ、頼むぞ!」
まぁ何とも強引な所はいつも通りではあるが、加藤は途方に暮れていた。
(……どうやってやればいいんだ? 取りあえず勝野先輩に聞いてみるか)
「勝野リーダ──」
「俺はもうお前のリーダーでも何でもないって何度言ったら分かるんだ! 勝野さんとか勝野先輩とか呼べよ!」
1年目のクセが抜けず、未だに加藤は勝野の事をリーダーと呼んでいた。毎度同じ様なやり取りをしているが、勝野自体も何とか言いながらリーダーと呼ばれる事に実はまんざらでもない様子である。
「新人獲得の活動って何すればいいんです? 勝野リーダーはどうやってました?」
「ん? 俺か? 自分で見つけて来た人は1人もいないよ」
「──え?」
「一応お前は俺が見つけて来た事になってるが、実際は違うしな。俺が新人獲得活動なんかしてる姿、想像出来るか?」
「い、いや……」
「俺は保険さえ取っていればいいんだよ。新人獲得する為にこの仕事やってる訳じゃないしな。ま、お前も保険さえ取ってれば問題ないだろ。ま、頑張れや」
……聞いた相手が悪かった。が、他に親しい職員はいないが為、取りあえずある程度なじみのあるお客さん達に声をかけてみる事にした。
■お客さんから見た加藤
「──え? 保険屋さんの仕事? 嫌だ~、生保レディにだけはなりたくないのよ」
お客さんに声を声を掛け始めて3日。未だ成果は挙がっていなかった。当然といえば当然なのかもしれないが、好き好んで保険の営業をやりたいという人等滅多にいない。生保レディ・生保のおばちゃんというイメージが強く、そのイメージは世間的にはかなり悪いのはまぎれもない事実な訳で。(だからこそ、この様な新人獲得活動をしないと新人は入ってこない)
なじみのある人達への声掛けという事もあり、当初は何とかいって2人くらいは新人獲得出来るのではないか、と甘く考えていた加藤は、久しぶりにブルーになっていた。
(うぅ……まだ保険を5件とって来いと言われた方がラクだよ……これで50人目だよ……)
「あ、加藤君? どうしたの今日は。何? 保険屋さんになれって? ハハッ、私がなれる訳ないじゃない。こう見えても仕事してるんだよ。あ、そうだ、下の階の○○さんに加藤君の事紹介しておいたから。旦那の保険を検討したいとか言ってたわよ。後で寄ってみてね」
普段ならばこれ以上ないという程の出来事でも加藤の心は憂鬱なままだった。
(うぅ……また契約の話になっちゃったよ……これで3件目だよ……話だけでも聞きに来る人はいないのか……保険の紹介してくれるくらいだからなじみは十分出来ている筈なのに……何がいけないんだ?)
新人獲得がこれ程難しいものだとは思っていなかった。 何故1人も手ごたえがないのか……なじみのある人達への声掛けなのに。
──その一つの答えが、とあるお客さんの訪問で分かる事になる。
「あ、加藤君。今日は何? え~、保険屋さん? 手取りは……15万ちょいか。丁度パートの仕事辞めたばかりだったから仕事は探している所だけど──」
「──! ホントですか! じゃ、是非うちに来て下さいよ」
声掛け64人目にして、ようやく大きな候補が1人表れた。が──
「ただねぇ……加藤君見てると、とても私には出来ないな、って思うのよね……」
「──え? どういう事ですか?」
「いや、ね。加藤君滅茶苦茶一生懸命真面目にやってるじゃない、朝から夜まで。1日に1回は加藤君をここらへんで見かけるくらいだし。顧客という立場からみると非常に頼もしいんだけど、同じ事やれと言われたら……とてもね……」
「い、いや……女性の人達は夜とか回る事はないですし、会社訪問が主体で時間も自由効きますよ」
「じゃぁ、その人達は加藤君より成績あがってる? で、長く続いてる?」
「そ、それは……」
「でしょ? ある程度の成績をとって続けていく為には加藤君くらい動かないとダメなんじゃないかな、って思うのよね。ただ、私はそこまでして仕事したいと思わないし、出来ないわよ……」
加藤が新人獲得が上手く出来ない理由──この意見に集約されているといっていいであろう。なじみがある人であればある程、加藤の活動を目の当たりにしている訳であり、それが保険屋の本当の仕事、大変な仕事であるという認識は強まっていく訳であり……
──実際、加藤は今後も含め1人の新人獲得も出来ないで仕事を続けていく事になる。
(そんなに俺の動きって大変そうに見えるのかな……)
加藤はふと頭を傾げた。
■新人獲得の実際
「おぅ、加藤。久しぶりに男性職員が入って来たから明日から面倒頼むわ」
研修を終えた1人の男が営業部長の横で佇んでいた。名を高橋というらしい。年齢は加藤より4歳程上。勝野と同年齢である。過去数人教えた事と同様の指示を高橋に与えた。が……案の定というか「またか」という様に、1週間と持たずに退社の意志を伝えて来た。
「──高橋さん。ラクして成果なんてまずあがりませんよ。どんな仕事でも同じだと思うのですが、ラクな仕事なんてないですよ」
「いや、誘われた時にちょっとだけ動けば年収1000万は固いラクな仕事だよと言われて入って来たので話が違うな、と……」
「んなちょっと働いて年収1000万なら、俺くらい動いたら年収1億超えてますよ!」
「いや……センスのある人なら容易いと言われ──」
「じゃ、高橋さん、自分で凄いセンスがあると感じてるんです?」
「……」
「そんなセンスのある人なんてほんの一握りしかいないでしょうし、センスのある人でも水面下では滅茶苦茶動いているもんですよ」
「(小さな声で)話が違うじゃないか……」
(一体どういった新人の獲得の仕方してるんだ……)
加藤は憤りを感じ、営業部長に聞いてみた。
「ん? まぁオイシイ話をしないと中々入って来ないからなぁ。前にも言ったと思うが、それで残るヤツは残るし、残らないヤツは残らない、と。お前みたいに動かないとダメな仕事だ、な~んていったら俺でも入社するの嫌だしな、はははは」
(……俺ってそんなにハードに動いている様に見えるのか?)
と、心で思った事を見透かすかの様に営業部長が話を続ける。
「あ、お前は自覚していないから分からないだろうが、誰の目からもお前の活動はハードに見えるぞ? 間違っても新人獲得の際、お前の活動は言わない様に──って、やはりお前には新人獲得活動は向いていないか。飛び込みでしょっちゅうお前の姿は見られているだろうしな。──じゃ、俺用事あるから」
と、そそくさと席を後にする営業部長を目で追いながら、誘い方に大きな問題があるんじゃないか、と素朴に感じた加藤であった。