第21話 保険が役に立った時
文字数 3,392文字
■交通事故
Trururu……
とある日、加藤の携帯電話が鳴った。着信の名を見てみると、前田さんとなっていた。
この方は丁度1年前に契約を頂いた方ではあるが、共働きで仕事で忙しいが為に中々その後会う事は出来ず、契約後は数度しか会えなかった方である。当然そこまで仲良くなっておらず、携帯に電話を貰ったのは実にこれが初めてであった。
(何だろ? もしかして解約の電話かな?)
──大体、普段連絡のない人からの連絡はロクな要件じゃない。
勝野が散々ぼやいていた事を思い出し、少々憂鬱に思いつつ電話に出た。
「はい、加藤です」
「あ……加藤君? お久しぶり。年賀状ありがとうね」
少々遅め……いや、年賀状から半年以上経過している訳なので、かなり不自然な第一声である。声はかなり暗め。これは……やはり解約の電話か? と想像を膨らませる。が……その予想は大きく外れる事になる。
「実は、ね……うちの旦那が交通事故にあってしまって、今入院しているんだけど……お医者さんが首から下がもう動く事がない状態だと言ってるのよ。で、確か加藤君から保険入っていてたのを思い出して約款を見てみたら高度障害保険金というものがあるのを見つけたのよね。もしかして、うちはこのケースになるんじゃないかな……と思って電話したのね。申し訳ないんだけど……一度病院に来て貰えるかな」
「あ……わ、分かりました。俺も初めてのケースなので調べた後お伺いしますね」
電話を切った後、ここ最近では珍しく少々考え込んでいた。 生命保険の営業という仕事。万が一の為にという商品柄、いずれは保険を利用する人が出て来るのは至極当然の事、十分認識していた筈ではあった。
が、これまで1年半程度……万が一は万が一であり滅多に起きないもの──保険を使う事になった人は過去一度も経験していなかった。今後も保険を使う人は出て来ないのではないか、とすら思っていたくらいである。
前田さんの毎月の保険料は約2万円。保険金が災害死亡扱いになると、4000万を超える訳で……
4000万──宝くじでも当たったかの様な額である。何気に数千万という保険金の商品を数多く販売していた加藤ではあったが、いざこれだけのお金が動く事になるであろう事を想像すると、少々恐い思いがした。
(もしも……俺がこれだけの額を受取ったとしたら、パーっと遣って生活が乱れるんだろうな……ハハッ、前田さんに限ってそんな事はないか。もう50歳近くの方で人間も出来ているだろうから)
高度障害保険金の請求手続きなんぞ全くやった事もなかったが為、勝野をはじめとする様々な人にどの様に手続きをするべきか聞いてみた。が……滅多に高度障害保険金請求はないらしく、誰も手続きをした事が過去にないとの事。支部長に聞いて初めて手続き方法が判明。聞いた時の第一声は、今後様々経験していく加藤の中でずっと頭にこびり着く事になる内容であった。
「お! 高度障害保険金請求か、これはラッキーだな! 一時払いの高額商品狙えるな!」
「──え? 何故です??」
「馬鹿だなぁ。4000万のお金が一括で入る訳だから貯金代わりに保険どうですか? といえば大抵半分くらいは保険金遣ってくれるに決まってるだろ? どうせ泡銭なんだから、このまま持っててもすぐ遣ってなくなるだけだしな、ははは」
「……」
唖然とした。
確かに1年前の加藤の販売はコンサルとは縁遠い設計をしていたのは事実。が、それでも万が一の為という事で保険に入って貰っていると認識していた。それを泡銭とは……高度障害保険金を受取る人がラッキーとは……
が、現実ではこの支部長の意見の大半が当てはまる事になる事を、すぐ加藤は知る事となる。
■病院にて
「あ、加藤君! こっち、こっち。わざわざどうもありがとうね」
「いえ、これが俺の仕事ですから。今回旦那様が自署出来ない状態とお聞きしていましたので、旦那様の御了承の元、前田さんが変わりに請求していくという流れになります。旦那様の意志確認させて下さい」
「あ、分かりました。ちょっと待ってて下さいね。旦那連れて来ます」
(数分後)
「あ、旦那連れて来ました」
この旦那さんを見た時、首から下が動かないという事はこういう事なのか、という事を改めて思い知らされた。車椅子に辛うじて乗せられているという感じで、手足はダラっとしていて一切動かない。首もギブスで固定されており、固定が外れたらガクっと頭が下がってしまうであろう事は容易に想像出来た。
「旦那様。今回奥様が代わりに保険金を請求される事にご了承頂けますか?」
「えぇ……」
「では前田さん、こちらの各項目に御記入お願い致します」
数分後、記入が終わって、前田さんが旦那さんを病室へ連れていく際に旦那さんが漏らした言葉が加藤の脳裏に焼き付く。
「うぅ……もう死なせてくれ……死んだ方がマシだ……」
「あなた……何言ってるの……加藤君の前で……はい、戻るわよ! じゃ、加藤君、手続きの方よろしくお願い致しますね」
高度障害保険金──死亡保険金と同額のお金が得られる生前給付である。 が、死亡保険金と同額が出るだけあり、まさしく死亡同然……いや、死亡していた方がラクなのではないか、とすら思える状態を目の当たりにし、何ともいえない気持ちになった加藤であった。
数日後、手続きが完了したという旨を伝える為、前田さんの家へ出向いた。この日は家にいるという旨を聞いていた事もあったので。前田さんも落ち込んでいて暗い雰囲気になる事を想定していたが、思いの他明るい対応に驚いた。
「あら、加藤君。手続きは順調?」
「はい、俺のする事は全て終わって後は調査待ちです。ところで今回どうしてこの様な状態になったんです?」
「いえ、ね。夜車の中でシートを倒して横になっていたら、後ろから追突されたのよ。しかも最初は当て逃げで犯人が分からなかったんだけど、運良く見つかったのよね。当然100%相手が加害者という事になるから、自動車保険からも保険金が出るみたいよ。慰謝料とかも出るみたいだし」
「そうなんですか……いくらくらいになるんです?」
「んとねぇ……8000万くらいになるらしいって損保会社の人は言ってたわ」
「──! そんなになるんですか!」
「生命保険とあわせたら、億超えるわね。そういえば、すっかり忘れていた共済からも傷害保険金が出るみたいなのね。ただその額が200万だってw 別に200万くらい増えてもそう変わらないわよねぇ~。こないだまで100万貯めるのに凄い大変だったのに、今じゃ1000円くらいの感覚になってるわよ、ほほほ……」
前田さんはさらに喋り続ける。
「見ての通り、うちは2DKのアパート暮らしで細々と暮らして来た訳だけど、旦那のおかげでこれからは贅沢な暮らしが満喫出来るわ。さっそくマンションのパンフを貰って来た所なのよ。どこにしようかワクワクしてしまうわ」
前田さん家を出る時、非常に大きな違和感を加藤は感じていた。
(保険って万が一の際の損失補填という意味合いだよな……不幸があった家庭にて、経済的なマイナスを補填するというモノであり、気持ちは沈んでいる筈……だよな。まるで前田さん、宝くじでも当たったかの様なはしゃぎようだ……金銭感覚もちょっとおかしく思っているみたいだし……これでいいのか?)
2週間後、医者の完全なる診断書もあってか、かなりの早さで4000万という大金が前田さんの口座に振込まれた。それを確認した為か、前田さんより少々興奮気味に電話が掛かってきた。
「加藤君! 保険が出たよ! ありがとうね、今度奢ってあげるわよ。そうそう、こないだ保険金の一部を一時払いの年金だか知らないけど預けたらどう? とか言ってたよね。それやるわよ。3000万くらいだったよね。申込書持ってうち来てよ」
3000万の一時金払いの保険の契約。本来ならば非常に嬉しく思う額の契約ではあるが……今回ばかりは喜べず複雑な気持ちであった。
近くで電話を聞いていたのか、支部長が話し掛けて来る。
「お! 加藤、上手い事やったじゃないか~。ここの家族、みんな保険入るぞ、いいなぁ」
上手くやった?
いいなぁ?
人の不幸は自己の利益?
加藤の中で何かが変わろうとしていた。
Trururu……
とある日、加藤の携帯電話が鳴った。着信の名を見てみると、前田さんとなっていた。
この方は丁度1年前に契約を頂いた方ではあるが、共働きで仕事で忙しいが為に中々その後会う事は出来ず、契約後は数度しか会えなかった方である。当然そこまで仲良くなっておらず、携帯に電話を貰ったのは実にこれが初めてであった。
(何だろ? もしかして解約の電話かな?)
──大体、普段連絡のない人からの連絡はロクな要件じゃない。
勝野が散々ぼやいていた事を思い出し、少々憂鬱に思いつつ電話に出た。
「はい、加藤です」
「あ……加藤君? お久しぶり。年賀状ありがとうね」
少々遅め……いや、年賀状から半年以上経過している訳なので、かなり不自然な第一声である。声はかなり暗め。これは……やはり解約の電話か? と想像を膨らませる。が……その予想は大きく外れる事になる。
「実は、ね……うちの旦那が交通事故にあってしまって、今入院しているんだけど……お医者さんが首から下がもう動く事がない状態だと言ってるのよ。で、確か加藤君から保険入っていてたのを思い出して約款を見てみたら高度障害保険金というものがあるのを見つけたのよね。もしかして、うちはこのケースになるんじゃないかな……と思って電話したのね。申し訳ないんだけど……一度病院に来て貰えるかな」
「あ……わ、分かりました。俺も初めてのケースなので調べた後お伺いしますね」
電話を切った後、ここ最近では珍しく少々考え込んでいた。 生命保険の営業という仕事。万が一の為にという商品柄、いずれは保険を利用する人が出て来るのは至極当然の事、十分認識していた筈ではあった。
が、これまで1年半程度……万が一は万が一であり滅多に起きないもの──保険を使う事になった人は過去一度も経験していなかった。今後も保険を使う人は出て来ないのではないか、とすら思っていたくらいである。
前田さんの毎月の保険料は約2万円。保険金が災害死亡扱いになると、4000万を超える訳で……
4000万──宝くじでも当たったかの様な額である。何気に数千万という保険金の商品を数多く販売していた加藤ではあったが、いざこれだけのお金が動く事になるであろう事を想像すると、少々恐い思いがした。
(もしも……俺がこれだけの額を受取ったとしたら、パーっと遣って生活が乱れるんだろうな……ハハッ、前田さんに限ってそんな事はないか。もう50歳近くの方で人間も出来ているだろうから)
高度障害保険金の請求手続きなんぞ全くやった事もなかったが為、勝野をはじめとする様々な人にどの様に手続きをするべきか聞いてみた。が……滅多に高度障害保険金請求はないらしく、誰も手続きをした事が過去にないとの事。支部長に聞いて初めて手続き方法が判明。聞いた時の第一声は、今後様々経験していく加藤の中でずっと頭にこびり着く事になる内容であった。
「お! 高度障害保険金請求か、これはラッキーだな! 一時払いの高額商品狙えるな!」
「──え? 何故です??」
「馬鹿だなぁ。4000万のお金が一括で入る訳だから貯金代わりに保険どうですか? といえば大抵半分くらいは保険金遣ってくれるに決まってるだろ? どうせ泡銭なんだから、このまま持っててもすぐ遣ってなくなるだけだしな、ははは」
「……」
唖然とした。
確かに1年前の加藤の販売はコンサルとは縁遠い設計をしていたのは事実。が、それでも万が一の為という事で保険に入って貰っていると認識していた。それを泡銭とは……高度障害保険金を受取る人がラッキーとは……
が、現実ではこの支部長の意見の大半が当てはまる事になる事を、すぐ加藤は知る事となる。
■病院にて
「あ、加藤君! こっち、こっち。わざわざどうもありがとうね」
「いえ、これが俺の仕事ですから。今回旦那様が自署出来ない状態とお聞きしていましたので、旦那様の御了承の元、前田さんが変わりに請求していくという流れになります。旦那様の意志確認させて下さい」
「あ、分かりました。ちょっと待ってて下さいね。旦那連れて来ます」
(数分後)
「あ、旦那連れて来ました」
この旦那さんを見た時、首から下が動かないという事はこういう事なのか、という事を改めて思い知らされた。車椅子に辛うじて乗せられているという感じで、手足はダラっとしていて一切動かない。首もギブスで固定されており、固定が外れたらガクっと頭が下がってしまうであろう事は容易に想像出来た。
「旦那様。今回奥様が代わりに保険金を請求される事にご了承頂けますか?」
「えぇ……」
「では前田さん、こちらの各項目に御記入お願い致します」
数分後、記入が終わって、前田さんが旦那さんを病室へ連れていく際に旦那さんが漏らした言葉が加藤の脳裏に焼き付く。
「うぅ……もう死なせてくれ……死んだ方がマシだ……」
「あなた……何言ってるの……加藤君の前で……はい、戻るわよ! じゃ、加藤君、手続きの方よろしくお願い致しますね」
高度障害保険金──死亡保険金と同額のお金が得られる生前給付である。 が、死亡保険金と同額が出るだけあり、まさしく死亡同然……いや、死亡していた方がラクなのではないか、とすら思える状態を目の当たりにし、何ともいえない気持ちになった加藤であった。
数日後、手続きが完了したという旨を伝える為、前田さんの家へ出向いた。この日は家にいるという旨を聞いていた事もあったので。前田さんも落ち込んでいて暗い雰囲気になる事を想定していたが、思いの他明るい対応に驚いた。
「あら、加藤君。手続きは順調?」
「はい、俺のする事は全て終わって後は調査待ちです。ところで今回どうしてこの様な状態になったんです?」
「いえ、ね。夜車の中でシートを倒して横になっていたら、後ろから追突されたのよ。しかも最初は当て逃げで犯人が分からなかったんだけど、運良く見つかったのよね。当然100%相手が加害者という事になるから、自動車保険からも保険金が出るみたいよ。慰謝料とかも出るみたいだし」
「そうなんですか……いくらくらいになるんです?」
「んとねぇ……8000万くらいになるらしいって損保会社の人は言ってたわ」
「──! そんなになるんですか!」
「生命保険とあわせたら、億超えるわね。そういえば、すっかり忘れていた共済からも傷害保険金が出るみたいなのね。ただその額が200万だってw 別に200万くらい増えてもそう変わらないわよねぇ~。こないだまで100万貯めるのに凄い大変だったのに、今じゃ1000円くらいの感覚になってるわよ、ほほほ……」
前田さんはさらに喋り続ける。
「見ての通り、うちは2DKのアパート暮らしで細々と暮らして来た訳だけど、旦那のおかげでこれからは贅沢な暮らしが満喫出来るわ。さっそくマンションのパンフを貰って来た所なのよ。どこにしようかワクワクしてしまうわ」
前田さん家を出る時、非常に大きな違和感を加藤は感じていた。
(保険って万が一の際の損失補填という意味合いだよな……不幸があった家庭にて、経済的なマイナスを補填するというモノであり、気持ちは沈んでいる筈……だよな。まるで前田さん、宝くじでも当たったかの様なはしゃぎようだ……金銭感覚もちょっとおかしく思っているみたいだし……これでいいのか?)
2週間後、医者の完全なる診断書もあってか、かなりの早さで4000万という大金が前田さんの口座に振込まれた。それを確認した為か、前田さんより少々興奮気味に電話が掛かってきた。
「加藤君! 保険が出たよ! ありがとうね、今度奢ってあげるわよ。そうそう、こないだ保険金の一部を一時払いの年金だか知らないけど預けたらどう? とか言ってたよね。それやるわよ。3000万くらいだったよね。申込書持ってうち来てよ」
3000万の一時金払いの保険の契約。本来ならば非常に嬉しく思う額の契約ではあるが……今回ばかりは喜べず複雑な気持ちであった。
(注)一時払いの場合、手数料も一括で受け取れるが為かなりオイシイ契約形態である
近くで電話を聞いていたのか、支部長が話し掛けて来る。
「お! 加藤、上手い事やったじゃないか~。ここの家族、みんな保険入るぞ、いいなぁ」
上手くやった?
いいなぁ?
人の不幸は自己の利益?
加藤の中で何かが変わろうとしていた。