第18話 なじみ活動の究極の成果?(1)

文字数 2,996文字

■とある休日

 ある休日の午前。加藤はいつも回っている地区に「飛び込み」ではなく、珍しく「買い物」というお客の立場でパソコンを購入するが為に来ていた、私服で。

(今日はプライベートだからなんとなく普段と気分が違うなぁ)

 いわば歩き慣れた地区ではありながら、少々新鮮な気持ちであった。取りあえずパソコンで有名な某有名店へと向かっていた。

「あれ? 加藤さん?」

 ふと声をかけられた方向を見ると、普段ちょくちょく寄っている服家の店員であった。

「あ、どうも~」

「今日は何やってるんです? 私服で珍しいですねぇ」

「あ、ちょっと買い物に」

 余程加藤の私服が珍しいのか、この服屋の店員は普段よりも興味津々(?)に饒舌であったが為、30分近くも路上でしゃべる事になってしまった。

(ふぅ、思わずなじみ活動になってしまった……仕事で来た訳ではないのに……さて、気を取り直して買い物にいくぞ!)

と、いわば仕切り直しで歩みをはじめて50m。

「あれ? 加藤さん?」

 ふと声をかけられた方向を見てみると、今度は普段ちょくちょく寄っている中古服屋の店長さん。 前の店員さん同様、30分近くの時間、立ち話をする事に。

(ふぅ、思わずまたなじみ活動をする事に……この時間は皆ヒマなのか?)

 わずか100m歩くのに1時間、ふと2件の出来事より、その後の道を眺めて悪い予感が走った。

(よく考えたらここの道沿いの道、ちょくちょく飛び込みしてる所ばかりじゃないか。ここの通りを抜けるのに後8件、同じ事が起こってしまう……のか?)

 単純に暗算、8件×30分で4時間──いや、パソコンを購入した後にまた呼び止められる可能性を考えるとそれ以上に。このままでは予定していた休日を満喫する事が出来ない可能性が、と頭を過る。が、目的の店にいくまでの道のりはこの道しかないが為、避ける訳にもいかず、エイヤという気構えで歩みはじめる。

 1件目、2件目、3件目はお店自体がやっていない事もあり無事通り過ぎる事に成功。

(なんだ、やはり杞憂だったか。ただ、何かちょっと寂しい気もしないでもないな……)

等と思っていて歩いていた4件目。

「あれ? 加藤君?」

写真屋の店員達が加藤に目をつけた。……過去2件と同様、時間が過ぎていった。

(ふぅ、中々歩みが進まないなぁ、やはり。もうすぐ昼過ぎになるじゃん)

 加藤の予定では午前中に買い物を済ませて自宅にてパソコンの設定、夜にはPCゲームを堪能する、となっていた。が、今の段階で既に加藤のちょっとした野望は早くも崩れそうになっていた。

(とにかく急がないと……!)

 と、写真屋を後にしようとしたその時、背後より声がかかる。振り返ると、近くのマンションに住む丸井さんという方であった。

「何かね、今日は買い物に来てるんかね。俺はちょっと散歩がてらブラっとしてたんだけど。そうだ、もう昼だからそこの喫茶店で飯食べようか」

「え? は、はい、喜んで」

 断わり切れない加藤の性格では、ズルズル引きずられるように喫茶店へいくしかなかった。その喫茶店に入った所でも声がかかる。

「あれ? 加藤君じゃん。何よ、今日も仕事?」

「いえ、違います。たまたま買い物に来たらばったりお客さんにあったので御飯を食べる事になったんですよ」

「ふ~ん、ま、ゆっくりしてってよ。そういえば山田さんも来てたよ」

「え……?」

 山田さん──この喫茶店の常連らしく、たまに喫茶店で御飯を食べている際は必ずといっていい程この山田さんの話し相手をさせられていた。一度話しだしたら止まらない、というタイプの方である。

(ま……今日は幸い丸井さんと一緒だ。山田さんの話相手になる事はないであろう)

という予想は大きく外れる事に。

「あ、加藤君じゃない。丁度あなたの話題してたとこなのよ。さ、座って座って!」

山田さんの他、見知らぬ人が2人程座っていた。

「え……ただ今日はこちらの方と来てるの──」

「そんな固い事いわないで。ほら、あなたも一緒に座って。いいでしょ!」

「え……でも──」

「あ、いいよ、俺は。失礼します」

 ここに魔のカルテッドが完成する事に。後日談ではあるが、その後このカルテッドをちょくちょくこの喫茶店で見かける事になる。

 山田さんの知人という事だけあり、その2人も山田さんに負けず劣らずよくしゃべる。丸井さんも、まるで何年もつき合いしているかのように、しゃべりまくる。加藤は、何でこんな事になってしまったのかと自問自答しながら座っている。食事等とうに終わっていつの間にか食後のコーヒーは2杯目に。時刻は既に13時を回っている。

(ここは……勇気を出して抜け出さないと、買い物すら出来ないまま一日を終える事になりかねない……)

と、その旨言おうと思った瞬間、思い掛けない出来事が。

「あ、そうそう、さっきアンタの話題してたって言ったじゃない。何故か保険の話になってねぇ。保険を考えてるけどいい人いない? って聞かれたからアンタを紹介しようかなと思ってね」

「──え?」

「今日は私服みたいだけど、仕事道具は持ってるみたいだね、説明してやってよ」

 仕事病とでもいえばいいのだろうか、加藤はいつ保険の案件があってもいいようにと最低限の仕事道具は持ち歩くクセがついていた。全くのプライベートと割切っていた筈の今日ですら、まるで腕時計でも無意識のうちにつけるかのように、仕事道具は無意識のうちに持って来てしまっていたのである。

 保険の説明をする事、約1時間、元々やる気満々だったが為か、契約がとれる事に。

「あら、確かにこの人いいわねぇ。丁寧に話をしてくれるし。そういえば○×さんも保険考えてるとかいってたよねぇ。ちょっと呼んでみよっか」

すかさず電話をしだす。

「もしもし、今暇? あなた保険考えてるっていってたじゃない? 今、丁度いい人いるから、今からいつもの喫茶店に来なよ」

一連の動作に入り込む余地はないまま、5分後登場したのは、澤田さんという方であった。

(あれ? この人は……この間すぐに結構です! と断って来た人じゃないか……)

澤田さんも加藤に気付く。

「あれ? こないだ来てた人じゃん。この人、いい人だったの? じゃ、こないだ無下に断わっちゃって悪い事したなぁ。じゃ、お願いしようかな」

「って、ちょっと待って下さいよ。話を聞いてからじゃないと判断出来ないじゃないですか」

「いや、この人達がいい人っていうんなら安心出来るからねぇ。ま、説明してよ」

 話をする事なおも1時間、元々契約する気満々だったのか、同じく契約がとれる事に。 こういう話というのは連鎖するものなのか、丸井さんも動く事に。(丸井家はこれまで子供保険のみ入って頂いていた)

 結果的にこの日4件の契約が決まる事に。 ただ、犠牲にしたのは「休日の時間」であった。 喫茶店を出る時には時計の針は17時を回ったところだった。

(うぅ、パソコンを買う事すら出来なかった……また来週来よう)

 契約がこのような連鎖でとれる事はこの上ない喜びである筈だが、加藤は複雑な気持ちであった。

──翌日、成果発表。

「おぉ……加藤。お前、休日も仕事してたのか、凄いな~。お前は営業マンの鏡だよ。皆見習ってくれたらなぁ」

(いや、俺も休日を満喫したかったんだけど……よし、来週こそは買い物いくぞ!)

 複雑な心境の中、来週の休日スケジュールを心に固く誓う加藤であった。
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