魔人アナト VS 怪獣ミズチ(4)

文字数 1,357文字

 藤沢さんは、その声に構わず、ドンドン温泉へと進んで行く。そうなると、僕だけ逃げ出すと云う訳にも行かない。ここは、先客とは目を合わせない様に、端の方で小さくなっているしかないだろう。

 藤沢さんと僕が、垣根を曲がって露天風呂の所までくると、湯に浸かっていた若い女性たちは驚いて一斉に会話を止めた。
「ご免なさいね……」
 藤沢さんはそう言って軽く会釈すると、何事でもない様に湯に入っていく。僕もそうするしかないだろう……。
 僕は会釈だけして、さっさと湯船に入った。但し、大波を立てる訳には行かないので、急いで飛び込むことは出来ない。その間で、僕のそれはしっかりと見られた……。

 藤沢さんは珍しく、騒ぎもせずに湯に浸かっている。僕もそれに倣い、彼女らの方に目をやらない様に湯に浸かった。
「では、お先に失礼します……」
 若い女性の1人が、僕たちに声を掛け、立ち上がった。そして、女性たちは各々僕たちに軽く会釈してから、特に何を隠すこともせず、堂々とこの露天風呂を後にする。
「最近の女性は大胆になりましたね……」
「せめてものサービスじゃないかしら? 先生、良かったですね!」
 いやいや、そんな……、
 ま、良かったかな……?

 夜霧が出てきた……。白い霧の中、僕と耀子先輩の声だけが響く。

「先生、ここの温泉の湯は、若返りの効果があるんですよ……。効能は保証済みです」
「またぁ、そんなこと言って……」
「『思い出』が残るのは残念だったけど、ま、今回は助けられたし、全部クリアすれば、最初から無いのと同じですから……」
「はぁ??」
「先生も、元気が蘇るといいですね!」
「何言ってんですか? 僕には不要ですよ。
 でも、もし本当に若返り効果があるなら、後でペットボトルにでも入れて、持ち帰って置こうかな……?」
「あ、駄目よ。今、湯船にあるお湯しか効果がないの。出湯口からの湯じゃ意味がないわ。それにここ、源泉掛け流しだから、戻ったら湯船にあるお湯も、全く効果が無くなっているわね……」
「そうか、残念だなぁ……」
 ま、若返りの湯なんて、所詮、気分の問題だよなぁ……。若返ったと思えば、それで良いんじゃないかな……。

「でも、若返りなんかを喜ぶ人って、僕たちの周りには、あまり居なさそうですね」
「あら? そうでもないわよ」
「え?」
「紺野さんなんか、年で腰が痛いなんて言ってるし、沼藺も欲しがるでしょうね」
 紺野さん? 誰だったっけ??
 それと、シラヌイちゃんが欲しがる?
「沼藺なんか、それを聞いたら、絶対飛んで来るわよ! 私たちが浸かった湯でも、構わず持って帰るんじゃないかしら?」
 シラヌイちゃんって、還暦間近の筈なのに、見た目は女子高生レベルだぜ……。
 そんな人が、これ以上若返りたいなんて思うのかな……? もしかして、彼女、エージングケアの鬼だったりして……。

「彼女には、必要なさそうですけどね……」
「あ、沼藺が使うんじゃないわよ。(うち)の馬鹿兄貴に飲ますのよ! だって、あの()の宿願を果たす前に、兄って、枯れて死んじゃいそうじゃない?」
 相変わらず酷い言い様だなぁ……。まぁ冗談だろうけど……。

「う~ん……。本当に沼藺が来るといけないから、この中で、オシッコでもしちゃおうかしら……」
 おいおい、冗談でも、そんなこと言うの、()めなさいって……。
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

橘風雅


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

橿原由貴子(ユキンコ)


耀子の姪、新田有希の体の一部から再生した分身体。悪魔としての基本能力と読心の特殊能力を持つ。また、再生段階で妖怪の遺伝子を取り込んだらしく、人の死の予知と、その能力の与奪の力があるらしい。

昴宿七星


七人で一人、一人で七人の神に近い存在。彼女らの浸かった泉や温泉は、若返りの効果を持つと言われる。

万場百


白瀬沼藺の養女。元々番所に届けられた捨て子だったのだが、政木の大刀自の命に由り、沼藺が育てることになった。通称バーミリオン。

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