怪しい迷い家(2)

文字数 1,649文字

 ハイキングコースを少し行くと、灯りの正体がハッキリ見えてくる。常夜灯だ。そして、その光のずっと先には、家の影の様な物がうっすらと映し出されている。
 僕は、それが家であってくれと願いながら、駆けるように山道を登って行った。

 確かに、それは間違いなく家であった。
 塀瓦の乗った土塀と開け放たれた門があり、その先には屋敷があって、明るい灯りが漏れ出している。
 僕は屋敷の主と、一夜の宿を交渉してから戻ろうかとも思ったが、月が山影に入ったら、恐らく彼女らは移動が出来なくなる。ならば、一刻も早く移動せねばなるまい。そう考えた僕は、交渉より藤沢さんたちに知らせることを優先した。
 道は一本道……。とは言え、露天風呂の帰りの事もある。道を外れて、斜面を降りる場所を見落とさない様に、僕は注意して坂を降って行った。

 その甲斐あってか、今度は道を間違えず、乗り越えた岩を見付け出せたのである。

「家でした。泊めてくれるか確認してませんが、少なくとも、警察に連絡くらいはさせて貰えるんじゃないでしょうか?」
 僕は、岩によじ登る前に、大声でそれを伝えた。岩の向こう側では、若い女性の歓喜の声が聞こえる。
 良かった……。
 僕はこの間に、藤沢さんたちが野生動物に襲われてるんじゃないかと、気が気ではなかったのだ。

「あなた、悪いけど、一旦、こっちに戻ってきて!」
 藤沢さんの声だった。一体、何があったのだろうか……?
 僕は再び岩をよじ登って、皆の待つ向こう側へと降り立った。そして、全員の安否を確認する。うん、8人全員いるし、誰も怪我していないようだ。
 僕は藤沢さんに尋ねた。
「どうしたんです、アナト?」
「彼女らが岩をよじ登れないのよ……。あなた、彼女らを下から支えてくれない?」
 あ、そう云うことか……。
 僕は素早く腰を降ろし、順番に僕の肩に立つように視線を向ける。
「私からいくわね……」
 まず、藤沢さんが僕の肩に足を掛け、岩に手を付いた。僕は彼女がちゃんと立ち上がったのを確認し、ゆっくりと腰を上げる。
 わっ?!
 先輩の大事な部分が、月夜で逆光とは云え、諸に視界に入ってくる。特に、片足を岩に掛けた瞬間は、何も遮るものなく丸見えの状態だ。流石に先輩の裸を見慣れている僕でも、ここまで明白(あからさま)な形で目にするのは初めてだ。
 いやいや……。そんなことを考えてる暇はない。早くしないと月が陰ってしまう。気にせず、続けなくては……。

 若い女性たちは、次々と僕の肩に登り、僕が立ち上がったタイミングで、上から藤沢さんが手を差し伸べてサポートする。流石、藤沢さん、その為に最初に登ったのか……。
 そして、僕の時も先輩は手を貸してくれた。うん、なんか、凄く得した気分だ。

「コーシロー、案内して!」
 僕が登り終えたとき、藤沢さんが僕に先頭を行く様に促す。道案内する程の事もないのだが、皆がそれで安心するなら構わない。僕は先頭に立って斜面を登り始めた。
 そして、全員が道に出たのを待って、一気にハイキングコースを駆け上がっていく。
 僕の後は、7人の若い女性が続き、最後が藤沢さんだ。僕は時々振り向き、皆がちゃんと後に付いて来ているか確認する。ま、耀子先輩がいるのだ。その辺は、まず抜かりがないだろう。

「なんか……、(まよ)()の様ね……」
 山の上の屋敷の門を目にして、藤沢さんが、不思議探偵の一員らしい発言をする。そう来なくっちゃ!
「何でも良いです。早く入って、何か着るものをお借りしましょうよ!」
 マイアさんが、恥ずかしそうにそう言う。
 忘れていたが、僕たち9人は一糸纏わぬ全裸だった……。それが、人間の家らしき物を目にしたので、一気に羞恥心が蘇ったのだ。
 耀子先輩も、どうとでもなれと諦めたのか、マイアさんの言葉に頷いて、門を潜って屋敷へと入っていく。
 それにしても面白いのは、今まで、何も隠してなかったと云うのに、女性陣は全員、片手で胸を、片手で股間を隠している。
 ま、僕にしても、両手で一物を隠しているのだから、人のことは言えないのだか……。
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

橘風雅


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

橿原由貴子(ユキンコ)


耀子の姪、新田有希の体の一部から再生した分身体。悪魔としての基本能力と読心の特殊能力を持つ。また、再生段階で妖怪の遺伝子を取り込んだらしく、人の死の予知と、その能力の与奪の力があるらしい。

昴宿七星


七人で一人、一人で七人の神に近い存在。彼女らの浸かった泉や温泉は、若返りの効果を持つと言われる。

万場百


白瀬沼藺の養女。元々番所に届けられた捨て子だったのだが、政木の大刀自の命に由り、沼藺が育てることになった。通称バーミリオン。

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