刺客の襲撃(3)

文字数 1,971文字

 耀子先輩は強がりなのか、黒装束のリーダーの台詞にも、眉ひとつ動かさない。

「少し訂正してあげるわ。貴方たちが施した悪魔能力封じも、魔法封じも、全部中途半端なもの……。恐らくそれでは魔法は封じてられていないし、悪魔能力だって一割も封じられていないわ」
 黒装束の男たちは、それを単なる負け惜しみと取った。それが証拠に、先輩を殺すのに慌てる必要もないと、鼠を(もてあそ)ぶ様に鼻で笑って攻撃を始めようとして来ない。
「ならば、自慢のその力で(わし)らを倒して見せるんだな……」
 それを聞いて、エレクトラさんたちも頭にきたのか、柳眉を逆立てる。しかし、彼女たちに出来ることなど無いだろう……。
 耀子先輩は僕だけでなく、エレクトラさんたちにも自制を促した。
「あ、このままで大丈夫ですわ。この方たち愚かにも、悪魔能力と魔法力さえ封じることが出来れば、私に勝てると勘違いされてるのよ……。でもね、私の力は、それだけじゃありませんの……」

 それを聞いた黒装束の一人が、座ったままの耀子先輩に、持っていた日本刀で斬り付ける。だが、耀子先輩は相手の手首をあっさりと右手に掴み、立ち上がると同時に自分の右下に相手を投げ棄てた。
 それを合図に、相手は八方から耀子先輩に斬り掛かる。だが、耀子先輩の素早い身の(こな)しに、相手の刀が先輩の身体に触れることなどなかった。
 耀子先輩の意外な抵抗に動揺したのか、黒装束は卑怯な手を使ってくる。
 後ろで悲鳴が聞こえたので僕が振り向くと、黒装束の一人が、なんとメロペーさんを後ろから羽交い締めにして、首筋に刃を当てていたのだ。
「しまった!」
 これは僕のミスだ。先輩の動きに見とれて、女の子たちの保護が疎かになっていた。
「藤沢耀子! この女の命が惜しかったら、抵抗を止めて両手を上にあげろ!!」
 先輩は黙って両手をあげる。それと同時に両の乳房が上下に波打った。
 だ、駄目だ。そんなことしたら……。

 黒装束の男たちは、耀子先輩の身体を串刺しにしようと、一斉に刀を向けて彼女に四方から突進する。流石にこれは、先輩でも身を躱すことは出来そうもない。

 耀子先輩の口許に残忍な笑みが浮かんだ。
 彼女の『遠慮は不要モード』のスイッチが入ったらしい。こうなったら、先輩の心配をするより、相手の心配とか、目撃者のメンタルケアを考え方がいい……。
 だが、先輩はこの状態で、どうしようと云うのだろう……?

 瞬殺だった……。
 耀子先輩に突進した黒装束たちも、メロペーさんを羽交い締めにした黒装束も、頭をぶち抜かれ振っ飛んでいる……。
 何が起こったのか僕が理解したのは、一瞬後……、先輩の頭上を、彼女の右手ファン◯ルが、複雑な軌道を取りながら旋回しているのを見てからだ。
 成程、これは先輩の家族が造ったアイテムだから、彼女の能力とは関係ないと云うことに違いない……。だが、それにしても、そんなアイテム、どこに隠し持っていたんだ?

「幸四郎! 今の内に連中の服を剥いで! この格好じゃ、ちょっと問題があるわ。メロペーたちも早くして!!」
 正直、気持ちの良いものではなかったが、僕は連中の上着を剥いで、そのまま腰に巻いた。メロペーさんたちも、同じようにして、胸と腰を黒装束の切れ端で覆う。
 あと、僕は耀子先輩の為に、黒装束の袴を引きちぎり、2本の簡易的なバンダナを拵えて先輩に渡した。
 あれ? 先輩が2人いる……。片方は何時も通りの服を既に着ているではないか……。
 その片方に借りたのか、全裸だった方の先輩も、ジャケットを纏い、取り敢えず、オールヌードの状態は解消していた。ま、隙間から見えないこともないが……。

 2人の耀子先輩は、背中を預け合い、新たな敵の襲来に警戒を続けていた。

 そ、そうか……。先輩の不思議な能力、『思い出』だ。先輩は、最初から能力を封じられてなどいなかったんだ……。

「違うわ、幸四郎。『危険察知』以外、本体は完全に悪魔能力を失っているわよ。でもね、『思い出』は悪魔能力と違って、記憶と知識で生み出す能力なの。だから、本体は『思い出』の私を呼び出すことも出来たし、あの連中の結界で、ほんの少し弱体化されているにしても、『思い出』の私は全能力を使えるから、あの程度の連中を葬ることなんか何ほどのこともないのよ……」
 分身の方の耀子先輩が、僕にそう言って笑顔を見せた。

 それにしても、エレクトラさんたち……、皆、若い女性だと云うのに、耀子先輩の戦闘を見ても全然脅えていないし、人間の死体から服を剥ぎ取り身に纏っても、気持ち悪るがることすらしていない。
 まるで、こんなことは馴れていて、驚くに価しないと云った様な感じだ。

 何者なのだ? 彼女たちは……?
 ま、まさか……。
 もしかして……。

 この事件を裏で操っていたのは……、エレクトラさんたち7人だったんじゃないのか?
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

橘風雅


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

橿原由貴子(ユキンコ)


耀子の姪、新田有希の体の一部から再生した分身体。悪魔としての基本能力と読心の特殊能力を持つ。また、再生段階で妖怪の遺伝子を取り込んだらしく、人の死の予知と、その能力の与奪の力があるらしい。

昴宿七星


七人で一人、一人で七人の神に近い存在。彼女らの浸かった泉や温泉は、若返りの効果を持つと言われる。

万場百


白瀬沼藺の養女。元々番所に届けられた捨て子だったのだが、政木の大刀自の命に由り、沼藺が育てることになった。通称バーミリオン。

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