魔人アナト VS 怪獣ミズチ(3)

文字数 1,984文字

 僕は耀子先輩に尋ねた。
「一体、どうなってるんですか?」
 僕の質問に、エレクトラさんと耀子先輩は顔を見合せて、プッと吹き出す。
 なんなんだ? 全く……。

「あ、済まんな……。上手く説明できるか分からんのだが、今回の騒動はふたつの出来事が重なったので、ややこしいことになってしまったのだ!」
 ふたつの出来事? 何のことだ?

「『私が強くなりすぎて、面白くない』ってのは言ったよな……。テツのせいで、私はスリルある冒険が出来なくなった」
 いや、それは先輩のせいだって……。

「力のインフレと云う奴だ。インフレにはデノミだろ。そこで、私はデノミを敢行することにしたのだ!」
「デノミ?!」
 いやいや、それは貨幣の話でしょう……。
「ああ、そうだ」
 耀子先輩の返事だが、これは僕の「デノミ?」と云う疑問に対し、「確かにデノミだ」と云う意味らしい……。
 心を読んで貰わんと、タイミングがずれて、話が噛み合わないなぁ……。

「私は知り合いから、この昴宿七星のことを聞いて、その知り合いに頼んだ。『昴宿の来る場所を教えてくれ』と、それで、『危険察知』しか持たない頃の私に、巻き戻して貰おうとしたのだ」

 エレクトラさんが、耀子先輩の説明の後を引き継いだ。
「私たちは、泉に浸かることで、若返りの泉を創ることが出来るのですけど……」
 だが、直ぐに先輩がエレクトラさんの話しに口を挟む。
「この娘たちの体液、あるいは代謝物が、そう云う特性を持つみたいだな……」
「代謝物ですか……」
「どうだ? 嬉しいだろう?」
 先輩は、何を言ってんだ……?
 恥ずかしい……。

「こほん」
「あ、エレクトラさん、続けてください」
「私たちは、それを喜びました。皆、若返りの泉に出会えた幸運に、涙を流す程に歓喜したからです。ですが、皆、幸せにはなりませんでした……」
 それは分かる。確かに、若返りは幸福を呼ばない。だが、それは仕方のないことだ。若返りたいと云うのは欲望。過度な欲望が幸せを呼ぶ筈がないのだ。
「私たちは考えました。そして、分かったのです。容姿を若返らせるから、不幸な結果に終わるのだと……」
 いや、それは……。
「元々、私たちの創る泉は、全てを若返らせる訳では無いのです。元の記憶とか知識って消えてませんよね。私たちは修行して、容姿は変えずに、それ以外を若返らせる泉を創ることを可能にしたのです」

「ここからは、私が説明しよう」
 今度は耀子先輩か……。
「私の知り合いに由ると、昴宿七星はこの温泉に来ると言う。そいつが、昴宿たちにこの温泉を勧めたからだ。
 そこで、私は幸四郎を誘ってこの温泉に来た。私の能力を巻き戻す為……」

「あの~。先輩が温泉に来る理屈は、完全に理解した訳ではありませんが、なんとなく分かりました。でも、なんで、僕まで誘わなきゃならなかったんですかねぇ?」
 面倒だな……。一々言葉にしなきゃ伝わらないなんて……。

「当たり前ではないか。ただでさえ幸四郎なのに、私が若返ったのに、幸四郎が年寄りの儘では困るだろう?」
 なんだよ、それ?
「ま、それで若返って、同時に能力も巻き戻ったって訳ですね……」
「そうだ。魔法は本来、知識の技術なのだが、魔法脳が構築されて居らんと、呪文を記憶していても魔法が使えんものらしい。それで私は魔法も使えなくなった……」
 成程……。ん?
 ってことは、今回の騒動は、全て耀子先輩が原因だったってことじゃないのか?!

「で、ここまでが、ひとつ目の出来事。そして、ふたつ目の出来事は、あの連中が私を暗殺しようとしたことだ……」
 暗殺……?!
「奴らは私が秘湯温泉に入ると言うので、山ごと悪魔能力封じと魔法封じの結界を張り、(みずち)を仲間に引き入れて(まよ)()を造らせ、(まよ)()に誘い込んで、私を殺す心算だったのだと思う。
 奴らは愚かにも、悪魔能力と魔法を封じて全裸にさえ剥いてしまえば、私は抵抗できず黙って殺されると思ったのだろうな……」
 いや、普通、思うでしょ……。

「それにしても、奴らは、一体何者だったんですかね?」
「これは想像の域を出ないが、修平の組織に対立している組織に雇われた、殺し屋だったんじゃないかと思う」
 ああ……。修平さんなら、ライバル会社の人が狙っても不思議はないか……。でも、殺しまで依頼するかなぁ? それも本人じゃなく、戸籍上だけの奥さんを狙うなんて……。

 突然、耀子先輩は夜空を見上げて、何か考え込んだ。そして、言い難くそうに僕にそれを伝える。
「あ、幸四郎、済まん。政木の大刀自が、あの刺客たちを尋問し、黒幕の口を割らせたいから、時間を戻したいんだそうだ……。
 だが、そうすると、大刀自とか私は、この間の記憶は消えないのだが、残念なことに、幸四郎は、これまでのことを全て忘れてしまうのだ……」
 はぁ?

「折角、滅多に見られない昴宿の乙女の、開脚全開のあそこを観れたと言うのにな……」
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

橘風雅


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

橿原由貴子(ユキンコ)


耀子の姪、新田有希の体の一部から再生した分身体。悪魔としての基本能力と読心の特殊能力を持つ。また、再生段階で妖怪の遺伝子を取り込んだらしく、人の死の予知と、その能力の与奪の力があるらしい。

昴宿七星


七人で一人、一人で七人の神に近い存在。彼女らの浸かった泉や温泉は、若返りの効果を持つと言われる。

万場百


白瀬沼藺の養女。元々番所に届けられた捨て子だったのだが、政木の大刀自の命に由り、沼藺が育てることになった。通称バーミリオン。

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