覚の住む山(4)

文字数 1,766文字

 良くみると、狒々の群れは皆、既に倒されている。最後の一匹の倒し方を見た限りでは、どうやら、右手ファン◯ルで殴り倒したらしい。でも、そうやって倒せるなら、態々その女の人を召喚する必要なんて、無かったんじゃないか……?
 当然、召喚された若い女性は、耀子先輩に不平を言う。だが、先輩も彼女の緊張感のなさには不満が有りそうだった……。

「有希ちゃん、何なの……? そんなのを持って?」
「だって、食事中だったんだもん。耀子叔母さんの呼び出しだから来たんだよ。待っててよ、直ぐ食べ終わるから……」
「もう、ふざけないで欲しいわね!」
 いや、先輩が「ふざけるな」と言っても、全然説得力無いですから……。

「有希ちゃんが、斬られた身体をちゃんと回収しないから、こんなことになったんでしょう。貴女(あなた)が責任持って、細胞を吸収するなり、焼却処分にするなりして、この子の対処をして頂戴ね」
 耀子先輩の指摘に、若い女性も渋々ながら了解したようだ。
 どうやら、この若い女性は、有希ちゃん本人らしい。それにしても、この若い女性が鉄男さんの娘の有希ちゃんだったとは……。
「面倒臭いなぁ……」
 うん、血は争えない!

 ユキンコは、やっと先輩から手首を放して貰い、突き出される様に有希ちゃんの前に追い遣られる。
 だが、有希ちゃんは、少女の脇をすり抜けて、先輩の方へと近づいて行った。
「耀子叔母さん、少しの間、持っててよね。でも、絶対食べちゃ駄目だからね!」
「食べる訳ないでしょう! もう、早くして頂戴!!」
 有希ちゃんが差し出すカレーの皿とスプーンを受け取り、耀子先輩はそう答える。ユキンコの方は、2人に完全に無視される形となりカンカンだ。
 一方、有希ちゃんは余裕の笑みを浮かべながら、ユキンコの方へと歩いていく。
 先輩も「頑張ってね~」とか言ってる。
「うん、市販のカレーだけど、これ、結構、美味しいわね……」
 って、もう、カレー食べてるし……。

 有希ちゃんとユキンコは、先ず話し合いをするみたいだ。
「どうする? このまま死ぬ? それとも、お互い別個体で生活する?」
「ふざけないで!」
「ふざけてないんだけどなぁ……。私、あなたを再吸収するの、嫌なんだよ。何か、別の要素が随分と混ざってるし……」
 有希ちゃんは何となく、かったるそうに話をしている。ユキンコは、そんな有希ちゃんに突進し、拳で彼女の腹を叩く。だが、未就学児の拳だ。大人の有希ちゃんに通じる筈がない。
「あんたは何で心が読めないの? 何で歌も聴こえないの? どうなっているの?」
 有希ちゃんは笑って答える。
「私は、あなたの能力を、無効化できるんだよ。私の前じゃ、あなたはただの幼稚園児。『だから、言うこと聞け』とは言わないけど、力で解決しようとするのは止めてね」
 それでユキンコも納得したらしく、有希ちゃんを叩くのは止めた。
「どう? 死にたくないでしょう? でもね、このまま放って置けないのよ。少なくとも人間を殺すようなら、私としても、あなたのことを殺さなくちゃならないわ……」
 ユキンコは有希ちゃんを睨み付ける。まぁ結局、脅して無理矢理に従わせようとしてる相手だもんな。納得はしても、心を許すなんて出来ないよなぁ。
「さ、どうする?」
「ううっ……」
「そう。仕方ないわね……」
 有希ちゃんは、ユキンコが言うことを聞かないので、ポケットから何やら缶を取り出して、それを見せる。
「これはねシュールストレミングって言う、世界一臭いと言われる缶詰めなのよ……」
 そんなもの、何でポケットに入れて持ってるんだ? ま、まさか、有希ちゃんは、その缶詰めで、ユキンコを拷問しようと云うのだろうか……。
 だが、いくらなんでも、子供相手に残酷過ぎやしないか?!

 有希ちゃんは僕の懸念を他所に、缶を傾けて爆発しないように缶を開く。それにしても、缶切りまで携帯してるとは……。
 汁から広がる恐ろしい臭気。これを嗅がせて、野生児の嗅覚を持つユキンコを苦しめようと云うのか……?

 あれ? 有希ちゃん、食べてるじゃん?
「凄い臭いでしょう……。ふふふ、どんな味がするか、気になるよねぇ……。でも、言うことを聞かないと、お姉さん、全部、食べちゃうかもよ……」
 そ、そう云う使い方?!

「分かった……。お姉さんの言うことを聞く。だ、だから、私にも、一口……」
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

橘風雅


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

橿原由貴子(ユキンコ)


耀子の姪、新田有希の体の一部から再生した分身体。悪魔としての基本能力と読心の特殊能力を持つ。また、再生段階で妖怪の遺伝子を取り込んだらしく、人の死の予知と、その能力の与奪の力があるらしい。

昴宿七星


七人で一人、一人で七人の神に近い存在。彼女らの浸かった泉や温泉は、若返りの効果を持つと言われる。

万場百


白瀬沼藺の養女。元々番所に届けられた捨て子だったのだが、政木の大刀自の命に由り、沼藺が育てることになった。通称バーミリオン。

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