反乱軍襲来(4)

文字数 1,728文字

 染ノ助君が耀子先輩に尋ねる。
「下道と云うのは分かりましたけど、銀星狐ってのは、政木侍なんでござんすか?」

「違うわよ……。オサキではないと思うんだけど、『オサキ一党の乱』では、オサキ軍に荷担……。と言うか、真久良たちオサキ四狐を操って、動乱を画策した張本人よ……」
「でも、だとすると、今回の奴の目的は何なんですかね……。これじゃあ、オサキが全滅するだけじゃねえですか? 政木の糞侍なら兎も角、オサキの側にいた奴のすることじゃありませんよ」
「あいつなら気にしないと思うけどね……」

「でも、歓ぶのは政木どもだけですよ。こんなの、オサキを全滅させる、良い口実じゃあねぇですか……」
「政木にとっては、オサキの全滅は寧ろ嬉しくない筈よ。大刀自だけでなく、オサキを差別していた政木侍にもね……」
「どうしてでござんすか?」
「ここは階層社会なのよ。頂点の大刀自や沼藺。その下の侍狐。農民や町人の庶民狐。被差別村に住むオサキ狐……。庶民狐や下級侍狐は上からの不当な扱いに不満を持っている。その不満の捌け口が下の階層……。もし、オサキがいなくなると、オサキに捌け口を求めていた階層の不満の行き場が無くなってしまうのよ。すると……」
「町人や下級武士にまで、政木家への不満が高まるってことですね……」
「そう……。でも……。
 銀星狐が、そうなることを期待して、オサキの全滅を画策しているとは、流石にちょっと思えないわね……」

 2人の会話に、一つ目鴉が口を挟む。
「この反乱は、銀星狐の野心から出たものでなくて、オサキの奴らの自分の意思……、オサキの一念ってやつじゃないのか? 命を賭けて政木に抗議するって云う……。銀星狐って奴は、それに担ぎ上げられただけなんじゃないのか?」
 だが、染ノ助君は、その説に全く同意できない様だった。
「でも、このまんまじゃ、銀星狐も政木軍に討たれちまいますよねぇ……。だとすると、そんな、オサキの人の為に自分の命を投げ出すなんて、その銀星狐って奴の性格とは合わない様に思えるんでござんすけどねぇ……」

 確かにそうだ……。ならば……。
「オサキを全滅させて、自分だけは、こっそり逃げ出す心算じゃないですか?」
「それは、有りそうだわ。でも……。それでも、政木に嫌な想いをさせる以外、あいつにメリットがないわね。オサキの民を全滅させ、自分の存在を曝す危険を冒してまで、チンケな嫌がらせをしたってことかしら?」
 耀子先輩はそう言ってみたものの、先輩自身納得してはいないらしい。
「そうでござんすよね……」
 当然、染ノ助君もだ。

 そこに、オサキの村人が逃げ込んでくる。
「どうしたの?」
「長老が反乱軍への協力を拒否したので、反乱軍が村に攻め込んで来るらしいんです。あと数分で村に到達するって……」
「仕方ないわね……」
 耀子先輩はそう言って、口許に不敵な笑みを浮かべた。

 耀子先輩は僕と染ノ助君に指示を出す。
「村の人を長老の家の周りに集めて! 分散されていたら、護りきれないわ!」
「分かりました! でも、先輩だけで大丈夫ですか? 今、特別な能力が何ひとつ使えないんですよね……」
「大丈夫よ。バーミリオンもいるし、オサキ四狐にも手伝って貰うから……」
 僕には耀子先輩の言っている、オサキ四狐が手伝うと云う意味は分からない。だが、彼女が大丈夫だと言っているのだ。それを信じる以外、何も考えることなどはない。
 僕はもう何も訊かず、先に走り出している染ノ助君のあとを追った……。

 トンネルを抜け、オサキの村に着くと、染ノ助君と僕は、直ぐ様手分けして長老の家の前に集まる様に触れ回った。
「皆さん! 長老の家の周りに、ひと塊に集まってくださ~い!! 皆さんのことは、僕たちが守りま~す!」 
 だが、多くの人は、勝手に村から逃げ出したり、自分の家に閉じ籠ったりして、長老の家の周りには誰も集まろうとはしない。

 村の出入口は四方に門があり、村の囲いも城壁と言うよりは、柵と言った方が近いのだ。村への侵入はどこからでも出来る。
 耀子先輩ひとりでは、反乱軍の侵入を防ぐことは出来ず、村人の家のいくつかは襲撃を受けることになるだろう。

 これでは、村人全員を守ることなど出来はしないじゃないか……。
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

橘風雅


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

橿原由貴子(ユキンコ)


耀子の姪、新田有希の体の一部から再生した分身体。悪魔としての基本能力と読心の特殊能力を持つ。また、再生段階で妖怪の遺伝子を取り込んだらしく、人の死の予知と、その能力の与奪の力があるらしい。

昴宿七星


七人で一人、一人で七人の神に近い存在。彼女らの浸かった泉や温泉は、若返りの効果を持つと言われる。

万場百


白瀬沼藺の養女。元々番所に届けられた捨て子だったのだが、政木の大刀自の命に由り、沼藺が育てることになった。通称バーミリオン。

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