混浴露天風呂(1)
文字数 1,405文字
僕と藤沢さんは浴衣に着替え、深夜の山道を歩いている。ただ、深夜と言っても、そこは旅館の敷地内。足許に照明が並べられ、躓いたり、迷ったりすることは無さそうだ。
僕は先を歩く藤沢さんに質問した。
「まだですか? 夏だから良いですけど、冬だったら、風邪引いちゃいますよ……」
「何言ってるんです? この秘湯感が良いんじゃないですか?」
僕はそんな秘湯感より、宿の大浴場でのんびり温泉に浸かってから、地の料理と酒を堪能する方が好きなんだが……。
大体、昨今の旅館は、温泉を宿まで引こうとせず、山中に露天風呂を拵え、態と秘湯感を出して客寄せをしている気がする。
「そんなことないですよ。ここは昔からこうです。元から山に温泉が湧き出ていて、後から宿が出来たんですけど、スペース的に露天風呂の近くには、大きな宿を建てられなかっただけなんです」
「僕には、大差ないですけどね……」
僕と藤沢さんは、とある地方にある、とある温泉旅館にやって来ている。但し、今回は不思議探偵の依頼が有ったと云う訳ではなく、旦に温泉好きの藤沢さんに誘われた、純然たる温泉旅行に過ぎないものだった。
ところで、僕は眼科医、藤沢さんはそこの看護婦と云う間柄なのだが、そのまま別姓で宿泊すると、妙な勘繰りをされてしまいそうなので、今回は特別に、藤沢さんは僕の妻と云うことにして、宿帳には橿原耀子として記帳している。
「先生、妙な勘繰り……じゃなくて、不倫と気付かれるから……でしょう?」
はいはい……。法律上はそうでしょうけどね、それは、修平さんと耀子先輩が、利害関係の都合から、籍を入れたままにして、それぞれ勝手に暮らしてるからでしょうが……!
「あら? 私は修平を愛しているわよ」
もう、何でもいいです……。
「ところで、僕を温泉に誘う時って、なんか毎回、混浴露天風呂の様な気がするんですけどね……。意図してやってます?」
「あら、バレた? だって先生、一緒にお風呂に入ると、照れて可愛いんですもの……」
まさか、還暦近くにもなって、可愛いと言われるとは思わなかった……。
ま、そう言う先輩だって、僕より年上の癖に、無茶苦茶可愛いじゃないか!
確かに初めて会った頃の、肌の艶やや胸の張りは無くなったかも知れないが、そんなの気にならないくらい、包み込む様な優しさを醸し出している。それに、先輩は、やろうと思えば、特殊メークで二十歳そこそこの姿にだって、直ぐになれるのだ。
でも、僕は今の耀子先輩が一番だと思う。
「今の耀子先輩は、とても素敵ですよ……」
露天風呂の近くには、四阿 の様な丸見えの脱衣場があって、そこで服を脱いで湯まで歩いて行くらしい。
少し気になったのが、脱衣場には籠があるのだが、幾つかの籠が既に使われているのだ。先客が居るのか……。
耀子先輩はそんなことは気にしないのか、見事な脱ぎっぷりで、素っ裸になっている。ま、それを気にする人が、混浴露天風呂になんか来ないよなぁ……。僕も妙なことは出来るだけ考えず、温泉を楽しむことしよう。
温泉の湯までは、タイル張りの様な石畳の通路になっていて、左右は竹で出来た垣根がある。そして、通路の突き当たりを左に曲がると、垣根で隠されていた、岩をくり貫いた様な温泉の湯船があり、やっと僕たちは温泉にありつけるのだ。
だが、嫌な予感が……。
垣根の向こうから、人の声が聞こえてくる。それも、何人もの若い女性の声だ……。
僕は先を歩く藤沢さんに質問した。
「まだですか? 夏だから良いですけど、冬だったら、風邪引いちゃいますよ……」
「何言ってるんです? この秘湯感が良いんじゃないですか?」
僕はそんな秘湯感より、宿の大浴場でのんびり温泉に浸かってから、地の料理と酒を堪能する方が好きなんだが……。
大体、昨今の旅館は、温泉を宿まで引こうとせず、山中に露天風呂を拵え、態と秘湯感を出して客寄せをしている気がする。
「そんなことないですよ。ここは昔からこうです。元から山に温泉が湧き出ていて、後から宿が出来たんですけど、スペース的に露天風呂の近くには、大きな宿を建てられなかっただけなんです」
「僕には、大差ないですけどね……」
僕と藤沢さんは、とある地方にある、とある温泉旅館にやって来ている。但し、今回は不思議探偵の依頼が有ったと云う訳ではなく、旦に温泉好きの藤沢さんに誘われた、純然たる温泉旅行に過ぎないものだった。
ところで、僕は眼科医、藤沢さんはそこの看護婦と云う間柄なのだが、そのまま別姓で宿泊すると、妙な勘繰りをされてしまいそうなので、今回は特別に、藤沢さんは僕の妻と云うことにして、宿帳には橿原耀子として記帳している。
「先生、妙な勘繰り……じゃなくて、不倫と気付かれるから……でしょう?」
はいはい……。法律上はそうでしょうけどね、それは、修平さんと耀子先輩が、利害関係の都合から、籍を入れたままにして、それぞれ勝手に暮らしてるからでしょうが……!
「あら? 私は修平を愛しているわよ」
もう、何でもいいです……。
「ところで、僕を温泉に誘う時って、なんか毎回、混浴露天風呂の様な気がするんですけどね……。意図してやってます?」
「あら、バレた? だって先生、一緒にお風呂に入ると、照れて可愛いんですもの……」
まさか、還暦近くにもなって、可愛いと言われるとは思わなかった……。
ま、そう言う先輩だって、僕より年上の癖に、無茶苦茶可愛いじゃないか!
確かに初めて会った頃の、肌の艶やや胸の張りは無くなったかも知れないが、そんなの気にならないくらい、包み込む様な優しさを醸し出している。それに、先輩は、やろうと思えば、特殊メークで二十歳そこそこの姿にだって、直ぐになれるのだ。
でも、僕は今の耀子先輩が一番だと思う。
「今の耀子先輩は、とても素敵ですよ……」
露天風呂の近くには、
少し気になったのが、脱衣場には籠があるのだが、幾つかの籠が既に使われているのだ。先客が居るのか……。
耀子先輩はそんなことは気にしないのか、見事な脱ぎっぷりで、素っ裸になっている。ま、それを気にする人が、混浴露天風呂になんか来ないよなぁ……。僕も妙なことは出来るだけ考えず、温泉を楽しむことしよう。
温泉の湯までは、タイル張りの様な石畳の通路になっていて、左右は竹で出来た垣根がある。そして、通路の突き当たりを左に曲がると、垣根で隠されていた、岩をくり貫いた様な温泉の湯船があり、やっと僕たちは温泉にありつけるのだ。
だが、嫌な予感が……。
垣根の向こうから、人の声が聞こえてくる。それも、何人もの若い女性の声だ……。