明神下の鰻屋にて(3)
文字数 2,149文字
あの黒い穴は、銀星狐(真久良狐と言っては駄目なのだそうだ)の作ったものではなく。耀子先輩の開けた『時空の裂け目』と云うものだったそうだ。
耀子先輩によると、『狐の抜け穴』は術者の知っている場所や見える場所への空間移動を実現するものだが、『時空の裂け目』は、時空の狭間へ出入りする、将に時空の破れ目なのらしい。当然、僕には、その違いは良く分からんのだが……。
この為、空間的な移動を妨げるシラヌイちゃんの結界では、時空の移動は防ぎきれなかったのではないかとのことだった。
それにしても、『狐の抜け穴』だとか『時空の裂け目』だとか、昔はSFの世界でしかなかったものが、現在は道具で出来るようになってるなんて、科学の進歩ってやつは、本当に恐ろしいもんだな……。
で、あの銀星狐って奴は何を企んでいるか分からないので、耀子先輩は態と隙を見せて、絶対逃げられない時空の狭間って場所へと引摺り込んだのだそうだ。
その時空の狭間ってとこは、大悪魔しか自由に行動出来ないらしく、銀星狐も憑依も何も出来ず、為す術もなく処刑されたらしい。
耀子先輩曰く。
「あいつ、死んでも生まれ変われる気でいたみたいだけど、時空の狭間で死んだら、何処の時空に生まれ変わるって言うのかしら? 時空の狭間では誰も生まれて来ないから、そこで生まれ変わることなんか、決して出来はしないわよ……」なのだそうだ。
それにしても、あの銀星狐って奴、本当に妖怪だったのかも知れんな……。大狐に化けたり、変な光を吐いたり……。あんなのの相手ばかりしてると、耀子先輩まで化け物になってしまうんじゃないかって、僕もちょっと心配になってしまう……。
大刀自さんが僕を見て、口に手をあてて笑っている。何が可笑しいんだろうか?
「私に言わせりゃ、人間の方が余程、恐ろしい化け物だと思いますけどねぇ……」
さて、この店は注文を受けてから、一匹一匹裂いて焼くのだそうで、中々料理が出てくるのに時間が掛かる。
そうなると、話すことしかすることがない訳だし、染ノ助君にして見れば、我慢し続けるのは苦痛だったのだろう。結局、彼はその話題を口に出してしまった。
「政木狐さんに尋ねたいんですけどね。オサキのこと、どう思って為さるんで?」
だが、これは大刀自さんも話したかったらしく、お茶を一口飲んでから、勿体付けてその話を始めた。
「オサキの扱いは、簡単では無いんでござんすよ。勿論、差別は良くないことでござんす。狐同士、いがみ合ってても仕様はありません。でもね、彼らは人間を敵と見なし、私どもとは相容れない考えを持って居るんです。勿論、どのような意見を持つのも自由ですよ。でもね、騒乱や、人間に対する実力行使は行けません。それは私どもとしても、取り締まらなければなりません。ですが、そう云う暴動を起こす連中ほど、オサキの差別問題を真剣に考えて無いんですよ」
耀子先輩がその話題に口を挟む。
「オサキの反乱は、差別とは関係ないと仰有るんですか?」
「反乱は一概に言えませんが、騒乱は暴れたいだけの暴徒でござんすね。私どもは暴徒はキツく処罰致します。それをオサキ差別と言われても、私どもとしては、もう、どうしようもござんせん」
「でも、騒乱の元凶を正さなければ、何も解決しませんよ……」
僕も意見を述べる。
騒乱と云うものは、何かしらの事件を発端に起こるものだ。その問題を無視して、騒乱だけを取り締まっても、片手落ちと云うものではないだろうか?
「それはそうでござんす。でも、その発端は、大概が被差別意識に根差してるんですよ。官憲が横暴なのは、相手がオサキ狐だからじゃござんせん。その官憲が横暴なんでござんす」
「そんな官憲を使ってるのは、政木一族の方じゃありやせんか?」
それは、染ノ助君の言うことが正しい。
「そうです。ですが、官憲も皆が皆、聖人君主と云う訳にはまいりません。『聖人以外は教師になるな!』、『完璧な奴以外は役人になるな!』 それでは、誰も官職なんかに着けやしませんよ」
「じゃあ、何もしないって言うんですか?」
「そうではござんせん。先ず、騒乱ではなく、陳情、苦情の受け付けを強化します。それで問題行為が見付かった場合にはそれを正しますし、あまりに不適任な役人にはペナルティ……、お役御免などの処置を科すことになるでしょう。今、それを仕切っているのが、この沼藺です。この娘 なら、平等かつ情を持ってこの職務を全うしてくれるでしょう。あと、差別意識、被差別意識は教育の不備に因ることが多いと思います。ですから、人権、平等を皆に教えられるよう、学校を増やして行きたいと考えています。それから、オサキの生活水準の向上。矢張り、貧しさは差別の温床です。これらの改善が、オサキ差別問題の柱になるでしょうね」
「それで、差別は無くなりますか?」
「無くなりゃしませんよ……。でも、一気に無くそうとすると、今まで以上の不平等が生まれちまうんじゃないでしょうか?」
「では、それまでは、オサキは差別を我慢して受け入れろと言うんですかい?」
「全てを満足する解答は、中々無いもんでござんすよ……」
「……」
「少しずつ、少しずつ、問題が出れば、それを直していく。そうするしかないと思ってるんでござんすよ……」
耀子先輩によると、『狐の抜け穴』は術者の知っている場所や見える場所への空間移動を実現するものだが、『時空の裂け目』は、時空の狭間へ出入りする、将に時空の破れ目なのらしい。当然、僕には、その違いは良く分からんのだが……。
この為、空間的な移動を妨げるシラヌイちゃんの結界では、時空の移動は防ぎきれなかったのではないかとのことだった。
それにしても、『狐の抜け穴』だとか『時空の裂け目』だとか、昔はSFの世界でしかなかったものが、現在は道具で出来るようになってるなんて、科学の進歩ってやつは、本当に恐ろしいもんだな……。
で、あの銀星狐って奴は何を企んでいるか分からないので、耀子先輩は態と隙を見せて、絶対逃げられない時空の狭間って場所へと引摺り込んだのだそうだ。
その時空の狭間ってとこは、大悪魔しか自由に行動出来ないらしく、銀星狐も憑依も何も出来ず、為す術もなく処刑されたらしい。
耀子先輩曰く。
「あいつ、死んでも生まれ変われる気でいたみたいだけど、時空の狭間で死んだら、何処の時空に生まれ変わるって言うのかしら? 時空の狭間では誰も生まれて来ないから、そこで生まれ変わることなんか、決して出来はしないわよ……」なのだそうだ。
それにしても、あの銀星狐って奴、本当に妖怪だったのかも知れんな……。大狐に化けたり、変な光を吐いたり……。あんなのの相手ばかりしてると、耀子先輩まで化け物になってしまうんじゃないかって、僕もちょっと心配になってしまう……。
大刀自さんが僕を見て、口に手をあてて笑っている。何が可笑しいんだろうか?
「私に言わせりゃ、人間の方が余程、恐ろしい化け物だと思いますけどねぇ……」
さて、この店は注文を受けてから、一匹一匹裂いて焼くのだそうで、中々料理が出てくるのに時間が掛かる。
そうなると、話すことしかすることがない訳だし、染ノ助君にして見れば、我慢し続けるのは苦痛だったのだろう。結局、彼はその話題を口に出してしまった。
「政木狐さんに尋ねたいんですけどね。オサキのこと、どう思って為さるんで?」
だが、これは大刀自さんも話したかったらしく、お茶を一口飲んでから、勿体付けてその話を始めた。
「オサキの扱いは、簡単では無いんでござんすよ。勿論、差別は良くないことでござんす。狐同士、いがみ合ってても仕様はありません。でもね、彼らは人間を敵と見なし、私どもとは相容れない考えを持って居るんです。勿論、どのような意見を持つのも自由ですよ。でもね、騒乱や、人間に対する実力行使は行けません。それは私どもとしても、取り締まらなければなりません。ですが、そう云う暴動を起こす連中ほど、オサキの差別問題を真剣に考えて無いんですよ」
耀子先輩がその話題に口を挟む。
「オサキの反乱は、差別とは関係ないと仰有るんですか?」
「反乱は一概に言えませんが、騒乱は暴れたいだけの暴徒でござんすね。私どもは暴徒はキツく処罰致します。それをオサキ差別と言われても、私どもとしては、もう、どうしようもござんせん」
「でも、騒乱の元凶を正さなければ、何も解決しませんよ……」
僕も意見を述べる。
騒乱と云うものは、何かしらの事件を発端に起こるものだ。その問題を無視して、騒乱だけを取り締まっても、片手落ちと云うものではないだろうか?
「それはそうでござんす。でも、その発端は、大概が被差別意識に根差してるんですよ。官憲が横暴なのは、相手がオサキ狐だからじゃござんせん。その官憲が横暴なんでござんす」
「そんな官憲を使ってるのは、政木一族の方じゃありやせんか?」
それは、染ノ助君の言うことが正しい。
「そうです。ですが、官憲も皆が皆、聖人君主と云う訳にはまいりません。『聖人以外は教師になるな!』、『完璧な奴以外は役人になるな!』 それでは、誰も官職なんかに着けやしませんよ」
「じゃあ、何もしないって言うんですか?」
「そうではござんせん。先ず、騒乱ではなく、陳情、苦情の受け付けを強化します。それで問題行為が見付かった場合にはそれを正しますし、あまりに不適任な役人にはペナルティ……、お役御免などの処置を科すことになるでしょう。今、それを仕切っているのが、この沼藺です。この
「それで、差別は無くなりますか?」
「無くなりゃしませんよ……。でも、一気に無くそうとすると、今まで以上の不平等が生まれちまうんじゃないでしょうか?」
「では、それまでは、オサキは差別を我慢して受け入れろと言うんですかい?」
「全てを満足する解答は、中々無いもんでござんすよ……」
「……」
「少しずつ、少しずつ、問題が出れば、それを直していく。そうするしかないと思ってるんでござんすよ……」