覚の贈り物(2)

文字数 1,871文字

 僕は、染ノ助君にこの患者さんの話を伝え、サイトの受付と面接を省略し、直接、僕の自宅に案内するように伝えた。
 そして、耀子先輩にもチャットし、患者さんとの打ち合わせに同席してくれるよう依頼をする……。

「と言う理由(わけ)で、耀子先輩にもご一緒して貰いたいと思いまして……」
「先生、私を嘘発見器代わりに使わないで頂けます?」
「嘘発見器だなんて……」
 実は……、その為に耀子先輩を誘ったのだし、そうなると、なんだかんだ多人数で会うことになるので、ファミレスではなく自宅で会うことにしたのだ。
 正直、彼の話は信じられない。だが、完全に嘘だとも僕には決め切れず、もし、嘘ならば、耀子先輩の口からハッキリ嘘だと言って貰いたかったのである。

「分かりました……。嘘発見器の役、務めて差し上げますわ。でも、会って話をしなければ何とも言えませんし、私だって、騙されること位あるんですよ。そうなっても、怒らないで下さいね」
 僕には、読心術に長けた耀子先輩が、人に騙されるなどとは、とても信じられない。彼女としては、あまり気安く頼まれるのも癪なので、そう言って僕を脅かしたのだと思う。

 約束の時刻になった。
 耀子先輩は既に僕の家に来ていて、甘樫夫妻の作る夕食を堪能してから染ノ助君と応接室で彼の訪れを待っている。そして、一つ目鴉と海妖樹は無害な顔をして、置物の様に応接室の出窓に飾られていた。

 その患者さんは時間通り現れた。
 僕は玄関まで出て彼を迎え入れ、応接室として使っている部屋へと案内する。
 僕がソファに座るよう勧めると、彼は緊張の面持ちでそこに腰掛ける。まぁ見知らぬ人間が2人余分にいるのだ。警戒するのは当然だろう。
「紹介しましょう。この2人は僕と同じ不思議探偵で、こちらの女性が藤沢耀子さん、男性の方が松野染ノ助君です」
 僕の紹介に、患者さんは胡散臭そうに2人に会釈する。
「こちら、僕の患者さんで……。どうしましょうか? 医者の守秘義務がありますので、お名前をお伝え出来ません。偽名で良いので、名前を決めて頂けませんか?」
 患者さんは少し考えてから、カルテに書かれていた名とは違う名前を名乗った。
「そうですね……、折角ですから、神津麟太郎とでも名乗って置きますか……」
「では神津さん、二度手間となって申し訳ないのですが、この2人にも、僕に話したことを話しては頂けませんか?」
 神津と名乗った僕の患者さんは、眼を悪くしたい理由として僕に語った話を、耀子先輩たちにも話し出した。

「私は見たくない物が見えるのです。それは、その人の死ぬ時の姿と、その人が死ぬまでの日数です。人が直ぐ目の前にいる時に目を閉じると、それが瞼に写ります。目の前に人がいない場合には写りませんし、視野の端の人の情報は写っても確認が出来ません。まばたき程度でも写りますが、それでは瞬間的に映るだけなので、細かく確認することは出来ないのです……」
 そこまで聞いて、染ノ助君が自分の意見を口にする。
「ある種の予知能力じゃないですかねぇ。でも、それで困ることは、何もないんじゃありませんか?」
 耀子先輩は特に何も言わない。今の段階では、本当に予知能力なのか、僕を担ごうとする嘘なのか、その判断が付かないのだろう。
「困りはしません。でも、精神的には気持ちの良いものではないのです。例えば……、私の親しくしている人が、数日後に死ぬと分かっているのは、酷く嫌なものです。そして、翌日会うと、カウントする様に日数が減っているのです」
 確かに、親しい人が死ぬと云うのは嬉しいものではない。
「でも、それなら、その人に危険を教えてあげれば良いじゃありませんか?」
「無駄なのです。どうやっても、その人の死は逃れられないのです……」
「でも……」
「どうやって死ぬのか? どこで死ぬのか? それが分かっていれば、それを避けることも出来るかも知れません。ですが、私に見えるのは、死ぬ日付けと、死んだ姿だけなのです……」
 何か、この予知を外せば、彼の能力は消滅する様な気がしてきた。ならば……。
 僕もひとつの案を提示する。
「服装はどうなのですか? その見えた格好をさせないようにすれば、神津さんの予知は破れるのではないですか?」
「それは試していませんでした……。でも、病室で息を引き取る場面が殆どなのです。その人に何かあった時、どの様な服装をしていたのか、僕に分からないでしょう」
 そこで耀子先輩が口を開く。
「今も見えるのかしら? なら、私を前にして、目を閉じて下さいます? 私、知りたいの。私がどんな風に、何時、死ぬのか……」
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

橘風雅


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

橿原由貴子(ユキンコ)


耀子の姪、新田有希の体の一部から再生した分身体。悪魔としての基本能力と読心の特殊能力を持つ。また、再生段階で妖怪の遺伝子を取り込んだらしく、人の死の予知と、その能力の与奪の力があるらしい。

昴宿七星


七人で一人、一人で七人の神に近い存在。彼女らの浸かった泉や温泉は、若返りの効果を持つと言われる。

万場百


白瀬沼藺の養女。元々番所に届けられた捨て子だったのだが、政木の大刀自の命に由り、沼藺が育てることになった。通称バーミリオン。

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