怪しい迷い家(3)

文字数 1,704文字

 僕たちは家の住人と話をしようと、大声で呼び掛けた。だが、この家の何処からも返事が返って来ることはなかった。

「本当に、(まよ)()かもね……」
 耀子先輩が僕に呟く。
 僕もその線は、大いにあると思っている。
 家に入ると、土間には(たらい)が置かれていて、足を洗う為のお湯が用意されていた。これは歓迎の証しだと思ったのだが、家の人間は奉公人ひとり出て来ない。
 (そもそも)、屋敷には人の気配が全くないにも関わらず、部屋の全てに行灯が用意され、明るくなっている。そして、大広間に来てみると、食事の膳まで用意されているのだ。それも九つ……。
 これは、我々が何人で訪れたかを完全に把握していると云うことだ。にも関わらず、誰も姿を現さないと云うのは、普通の家とは考え難い。これは(まよ)()か、何か(もの)()に化かされていると考えた方が良いだろう。

「折角だから、頂きましょうか……」
 耀子先輩は、なんの警戒もせずに膳の前に座り、料理を口にしようとする。
「アナト、狐の小水かも知れないよ……」
「そうね……。今の私は、それを判断できないのだったわね……」
 先輩は酷く残念そうに箸を置いた。女性たちも僕の言葉を聞いて、膳に着くのを()めた様だった。

「この家は、出た方が良いのでしょうか?」
 エレクトラさんが僕に尋ねる。僕は何とも答え様がなかった。そこで、僕の替わりに耀子先輩が質問に答える。
「絶対安全とは言えないけど、闇夜に山の中で夜明かしするよりは、ちょっとはましなんじゃないかしら?」
 その答えを聞いて、全員が安堵の溜め息を漏らした。彼女らも、全裸の姿では、もう外へは出たくなかったのに違いない。

 ひと呼吸置いて、アステロペさんが耀子先輩に報告する。
「どの部屋にも、箪笥や押入れらしき物はありませんね……」
 先輩は、彼女たちに衣類、それと蒲団があるかの確認を命じていた。蒲団は寝る為と云うのではなく、恐らく、シーツを古代ローマのトガの様に巻き付け、衣服替わりにしようと云う考えだろう。
「僕たちを全裸のままにして、行動を制限しようとでも云うですかね……?」
「それとも、コーシローの様に、若い女の子の裸を見たかっただけかも……」
 おいおい、それをここで言うか?
 女性たちも、僕が男だと云うことを思い出したのか、恥ずかしそうに僕を見て、顔を赤らめている。
 そんな風にされると、こっちも意識して、身体の一部が、微妙に疼いてしてしまうではないか……。

「そ、それにしても、アナト。私たちはこれからどうしましょう?」
 この変な雰囲気を変えようと思ったのか、エレクトラさんが耀子先輩にそう尋ねた。耀子先輩も真面目顔に戻し、それに答える。
「そうね……。全員で雑魚寝しても良いけど、何があるか分からないし、少し不安ね。一応、夜が明けるまで起きていることにして、どうしても我慢できない人は、交替で(うた)た寝するってことでどうかしら?」
 ま、それしかないだろう。
 蒲団がある訳でもないし、全員で無防備に寝ると云うのも危険すぎる。況してや、部屋があるからと云って、各々(それぞれ)が部屋に籠ったりしたら、眠りに落ちた時、個別に狙われかねない。皆で集まって、ここで夜明かしするのが一番リスクは少ないだろう。

「と云う訳だから、コーシロー。特定の女の子と別の部屋に行っては駄目よ」
「そんなこと、する訳ないじゃないですか」
 耀子先輩は、結局、真面目な台詞は少ししか言えない。最後はいつも僕を揶揄(からか)って軽口を叩いてしまうのだ。
「あら、

をそんなにしておいて、良く言えるわね……」
 いや……、その……、これは……、何故か、今日は体調が変と云うか、調子が良すぎると云うか……。

 そうなのだ……。
 僕は何故か、妙に身体が軽いのだ。考えてみれば、数メートルの高低差しか無いとは言え、僕は山道を何度も駆け上がり駆け降りている。にも関わらず、大して疲労感を感じていない。こんなこと、40代どころか、30代の時でも無かった。
 それに、耀子先輩だって、妙に肌艶が良いじゃないか? 見た目の容姿は、確かに変わっていないのだが、何となく……、若返っている様な気がする。

 もしかすると……、あの温泉は、若返りの湯だったのでは……?!
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

橘風雅


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

橿原由貴子(ユキンコ)


耀子の姪、新田有希の体の一部から再生した分身体。悪魔としての基本能力と読心の特殊能力を持つ。また、再生段階で妖怪の遺伝子を取り込んだらしく、人の死の予知と、その能力の与奪の力があるらしい。

昴宿七星


七人で一人、一人で七人の神に近い存在。彼女らの浸かった泉や温泉は、若返りの効果を持つと言われる。

万場百


白瀬沼藺の養女。元々番所に届けられた捨て子だったのだが、政木の大刀自の命に由り、沼藺が育てることになった。通称バーミリオン。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み