オサキの里(1)

文字数 1,590文字

 僕たちは、極普通に菅原縫絵さんの墓参りを終えた。
 染ノ助君は酷く不満そうだったが、故人の墓参りなのだ。そうそう騒動が起こるものでもなし。それが当たり前の事だろう……。

 大体、墓参りに来るような人は、大概は物静かな方たちで、すれ違っても、お互いに顔を伏せて会釈するだけの、トラブルにはならない種類の人たちばかりだ。そんな人たちばかりの墓地で、トラブルなど、期待する方が(そもそも)おかしい。
 ま、それでも、すれ違ったひとたちは、動物的な耳を持っていたり、尻尾が生えていたりしていたのだが、その辺はご愛嬌だろう。
 因みに、耀子先輩に挨拶に来た坊さんなど、袈裟こそ身に付けていたが、額に大きな目が1つある1つ目入道だ。現代はそんなコスプレが許される時代なのだ、狐耳くらいは許容範囲だろう。

「耀子先輩……、どうして、お盆に墓参りするんでしょうね……」
「前にベッドで話した……、お盆の間、故人の霊は別の場所に行っているのだから、空のお墓に墓参りしても仕方ないって話ね」
「ええ……」
「それは恐らく、墓参りとか、そう云う行為は、故人の為ではなくて、残された人間の為にあるからじゃないかしら?
 実際に霊がいなくても、残された人間がそこに故人の姿を見るのであれば、そこに故人は眠っているのよ」
「残された人間の為?」
「例えば、人に相談する時、話すことが大事で、解決策が欲しい訳じゃない時ってあるわよね。墓参りって、そう云った感じで、相手の返事は無いけれど、ある種、故人と対話するってことだと思うの。だから、実際の霊の有無なんて、全然関係ないのよ」
 そうか……。結婚の報告。出産の報告。あるいは、自分の普通の日常も……。そんな、知らせたいことがある時、相手の返事は無くても、充分会話は出来る。
「目印となる対象物(モニュメント)があって、そこに故人の思い出……、例えば故人の笑顔のイメージとかね……。それが映し出される場所であれば、それが墓。そして、人は霊に会いに行くのではなく、思い出に逢う為にお墓に行くのよ……」
 そんなものなのか……。
 すると、耀子先輩は何を報告する為に、墓参りに来たのだろうか……。

 僕たちは、再び風雅ちゃんの車に乗って次の目的地に向かった。
 次に行く場所は、かなり遠くにあるとのことで、最初の内、僕たちは会話などしていたのだが、結局、風雅ちゃんと耀子先輩を除いて寝てしまったらしく、目を覚ましたのは随分経ってからのこと……。
 陽も大分傾いてしまっていた……。

「あ、幸四郎、起きた?」
「あ、先輩……。すみません……」
 隣を見ると、染ノ助君と一つ目鴉はまだ熟睡している。
「あ、良いのよ。でも、後ちょっとで、オサキの里なんだけど、少し手前で歩いて行くから、そろそろ起きていて欲しいわ」
 あれ、何でだろう?
 僕がそれを問う前に、風雅ちゃんが理由を説明してくれる。
「ごめんね~。あたし、あの村に入りたくないんだよ。あたしって、一応、政木の一族じゃん。あそこだと歓迎されないんだよね」
 ん? どう云うことなんだ?
 これは耀子先輩が補足するようだ。
「オサキの人たちは、ずっと他の妖狐に差別・迫害されて来たのよ。人に取り憑くしか能の無い下賎な低級妖怪として……。で、その差別をしてたのが、政木一族が派遣した代官狐たち……。そう云う訳で、オサキの人たちは、今でも政木一族を恨んでいるわ」
「今でも……」
「政木の年寄り狐どもは、差別意識が強いんだよ。あたしも妖狐じゃないから、陰で随分虐められてるしね……」
 そう云う設定なのか……。
 だが、気持ちの良いもんじゃないな……。
 風雅ちゃんは「ごめんね……」と言って、運転を続けている。彼女にも、言いたいことはあるだろう。だが、風雅ちゃんはそれ以上、何も言わなかった。

 こんな長閑な田舎でも、そんな嫌なことが、まだ罷り通っている。世の中と云うものは、そう云うものなのだろうか……?
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

橘風雅


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

橿原由貴子(ユキンコ)


耀子の姪、新田有希の体の一部から再生した分身体。悪魔としての基本能力と読心の特殊能力を持つ。また、再生段階で妖怪の遺伝子を取り込んだらしく、人の死の予知と、その能力の与奪の力があるらしい。

昴宿七星


七人で一人、一人で七人の神に近い存在。彼女らの浸かった泉や温泉は、若返りの効果を持つと言われる。

万場百


白瀬沼藺の養女。元々番所に届けられた捨て子だったのだが、政木の大刀自の命に由り、沼藺が育てることになった。通称バーミリオン。

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