2度と甦らせない(2)

文字数 1,832文字

 シンシアの放った赤い火の玉は、真久良の顔面を捉える前に、彼の手で簡単に払い落とされた。
 今度は逆に、真久良が手で銃の形を作り、人差し指でシンシアを狙う。しかし、銃も持たないで、奴は何をしようと云うのだ?

 なんと、それは、銃を持たなくても放つことの出来る、特殊な黒の光弾だった。その弾が彼女を貫通したら、シンシアは殺され、憑依している(もも)ちゃんにも、トラウマと云う形で傷を与えたに違いない。
 だが、その光弾は狙いのままに、シンシアの胸を貫くことはなかった。
 間一髪、耀子先輩がシンシアを突飛ばしたのだ。その為、逸れた黒の公弾は、耀子先輩の肩に当たる。
(もも)ちゃん……、そろそろタイムアップよ。オサキの民の誘導、助かったわ……」
「でも……」
 シンシアは、まだ終わりにしたくなかった様だが、容赦なく、シンシアの身体は白い霧になって崩れ去っていく。

「切り札に使う心算の『思い出』をここで使っちゃったわね……。さて……、これから、どうしようかしら……?」
 おいおい、考えてなかったんかい!

「どうした? 要耀子……。お前の術を使えば、私もろとも、オサキの反乱軍など壊滅出来るんじゃないのか?」
 真久良は、嫌みにも、先輩にそう言って挑発をする。
「残念ね……。私、耀公主の力、捨てちゃたのよ……。だから、光線砲も撃てないし、質量を増やして、貴方を動けなくすることも、今は出来ないわ……」

 耀子先輩の言葉に、真久良は嘲る様にして先輩を笑った。
「ふん、役立たずめ! ならば、この役目、政木のババアにでもさせるとしよう……」
「貴方、何を企んでいるの? このまま、政木に攻め入っても、ただ、オサキ兵が全滅するだけよ……」
「ふ、それで良いのだ。ま、お前には知る必要など無いがな……」

 流石に僕も黙っちゃいられない。
「オサキの民が死ぬのが、お前はそんなに嬉しいのか?!」
 村人を集め戻ってきた染ノ助君も、真久良に罵声を浴びせる。
「オサキの民が全滅すると、何か起こるって言うんですかい……?!」

「ま、まさか……」

 耀子先輩は何か分かった様だ。染ノ助君がそれを先輩に尋ねる。
「分かったんでござんすか?」
「ええ、分かったわ。あいつはオサキの民を1ヶ所で全滅させ、オサキの民の瘴気をひとつに纏める気なんだわ!」
「すると、どうなるんで?」
「オサキの民は、玉藻御前の瘴気が別れて妖狐となったもの……。それが、1ヶ所で全滅し、魂を持たない瘴気の巨大な塊となれば、元の大妖怪として復活するに違いない。あいつの狙いは恐らくそれよ!
 そうして、玉藻御前の人間を憎む心を利用して、政木家もろとも、人間層を制圧する心算に違いないわ!!」
 なんてことだ。真久良は、古の大妖怪である玉藻御前を、ここで復活させようと考えていたのだ!

 耀子先輩は舌舐りをしながら呟く。
「でも、面白そうじゃない……。折角だから、あいつの狙い通り、玉藻御前を復活させてあげましょうか……」
 おい! 何てことを言う!!
 実体化して戻ってきた(もも)ちゃんは、この冗談を、真面目に取って否定する。
「駄目よ。玉藻の前を復活させるなんて!」
「前回、闘った時は

負けたけど、今度はそうは行かないわよ……。あんな女狐、余裕で蹴散らしてあげるわ!」
「駄目! 玉藻の前を復活させるってことは、オサキの民の命が沢山奪われるってことなのよ。オサキの民を殺させることなんか、絶対許さないわ!!」
 (もも)ちゃん……。
「オサキの民を守るのが、オサキ四狐の役目。真久良が生きていれば、きっと同じことを言った筈よ!!」

 耀子先輩は不服そうだ。
「そうは言っても、反乱軍が政木屋敷まで進軍すれば、政木軍が反乱軍を全滅させて、結局、玉藻御前が復活するわよ」
「耀子だったら、オサキ兵を1人も殺さずに、銀星狐だけを倒せるでしょう?」
 (もも)ちゃんは尚も食い下がる。
「面倒臭いわねぇ……。オサキ兵ごと銀星狐を吹き飛ばす方が、ずっと簡単なんだけど」

 僕も先輩を説得する。
「耀子先輩、面倒臭いなんて言うところ、鉄男さんとそっくりですよ……」
「あんなのと一緒にしないでよ! 分かったわよ……。遣るわよ! 遣りますよ!!」

 耀子先輩は、よっぽど鉄男さんと同じと思われたくないのか、その一言で、オサキ兵を1人も殺さないことに同意した。

「でも良い? バーミリオン……。
 辰砂に憑依して、何処まで思い出したか知らないけど、貴女は生まれて一年も経ってない小娘なんだからね! 私にタメ口きくなんて、百年は早いわよ!!」
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

橘風雅


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

橿原由貴子(ユキンコ)


耀子の姪、新田有希の体の一部から再生した分身体。悪魔としての基本能力と読心の特殊能力を持つ。また、再生段階で妖怪の遺伝子を取り込んだらしく、人の死の予知と、その能力の与奪の力があるらしい。

昴宿七星


七人で一人、一人で七人の神に近い存在。彼女らの浸かった泉や温泉は、若返りの効果を持つと言われる。

万場百


白瀬沼藺の養女。元々番所に届けられた捨て子だったのだが、政木の大刀自の命に由り、沼藺が育てることになった。通称バーミリオン。

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