新たな反乱(1)

文字数 1,590文字

 なんか、妙な雰囲気になっちゃったなぁ。

 大体、耀子先輩が政木贔屓なのか、オサキ贔屓なのか、ハッキリさせないからなのだ。染ノ助君も、振り上げた拳の落とし場所を無くしているし、一つ目鴉もどう言って良いのか途方に暮れてしまってる。
 そう云う僕だって、真久良さんと云う人を、どう云う風に見たら良いのか……、もう訳が分からなくなっていた……。

「こ、公主様、ここの住民は、こいつらを襲ったりはしないんでしょうか? 人間って云うのは、オサキの仇敵なんでしょう……?」
 そ、そうだ……。
 一つ目鴉の言う通り、僕と染ノ助くんはあいつらに襲われる危険がある。
 だが、耀子先輩は小さく微笑んでいるだけだ。これは心配ないと云うことか……。

「その心配は殆ど不要ね。玉藻御前が人間に殺されたのは、遥か平安の昔。もう誰も恨みになんか思っちゃいないわ。そして、ご覧の通りの有り様で、オサキの民は人間なんて見たこともない。胡散臭い目では見てるけど、敵だとは思っていないわ……」
 だったら良いが……。
 胡散臭い目で見られるのは、まぁ余所者なんだから仕方ないだろう。
「オサキの民が恨んでいるのは、政木の霊狐たちだけよ。父や兄、夫を殺した相手としてね。でも、それすらも……、もう、随分と遠い昔なのにね……」

 僕たちは、崖下に広がる、雄大な景色を眺めた。恐らく、そこにも、オサキの民と政木兵の争いがあったに違いない。
 だが、そんなことは……、もう、終わりにしたいものだ。

 恨みは時と共に薄れていくだろう。
 そう願いたい。
 恨みがある限り、戦いの火種は消えない。
 戦争は殺し合いだ。
 欲望と欲望のぶつかり合いだ。
 憎悪と憎悪のぶつかり合いだ。
 そこに正義などはない……。

 人は大切な人を護る為に闘う。
 そうするしかない闘いもある。
 だが、それすらも正義ではない。

 世界に正義など在るのだろうか?
 世界に平和など在るのだろうか?

 耀子先輩が後ろを向いたことで、僕たちは帰る機会を得、彼女の後を歩き出した。後はオサキの里に一声掛けて、風雅ちゃんに送って貰えば、本日の予定は終了だ。

 そう言えば、家を出る時に食べたきりで、あれから何も食べていない。僕は急激に腹が減ってきた。

「腹が減りましたね……。食べたいと云う欲望が爆発しそうですよ……」
「私もよ。帰る前にどっか寄って、皆で何か食べましょうか? 皆、何がいい?」
「鰻なんか、どうでござんすか?」
 染ノ助君が大声を上げる。彼も耀子先輩と仲直りしたいのだろう。無理して遠慮なしに要求を口にした。
「いいですね。僕も鰻がいいな……」
「じゃ、そうしようか? 鴉ちゃんは鰻を食べられる?」
「生きてなければ……」
「じゃ決まりね!」
 うん、鰻は久しく食べていないし、僕は関東風、関西風、どちらでも美味しく食べられる。ここが何処ら辺かは分からないけど、どっちが来ても僕にはOKだ!
 だが、残念ながら、僕たちは昼飯を食べ損なってしまう……。

 僕たちがトンネルに入ろうとすると、その前にトンネルから飛び出してきた者がいた。
 それは、まだ幼い少女で、どことなく耀子先輩に似てないこともない。それだけではなかった。僕は最近、この少女をどこかで見たことがある……。

「耀子さん、オサキを助けて!!」
「どうしたの? モモちゃん」
 少女はモモちゃんと言うらしい。だが、僕には、どうしても少女と何処で会ったのかが、思い出せなかった。
「尾崎真久良が復活して、オサキ狐を決起させたの! それで、政木屋敷に攻め込もうと云うらしいの……」
 尾崎真久良が復活?
 オサキの民を集めてクーデター??

「そんなことしたって、オサキに勝ち目なんかないわよ?」
「だから、みんな死んじゃうよ。でも、真久良は『最後の1人になったとしても、命を賭けて戦うのだ』って言って、既に幾つものオサキの里を襲ってて、どんどん里を吸収してってるの!」
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

橘風雅


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

橿原由貴子(ユキンコ)


耀子の姪、新田有希の体の一部から再生した分身体。悪魔としての基本能力と読心の特殊能力を持つ。また、再生段階で妖怪の遺伝子を取り込んだらしく、人の死の予知と、その能力の与奪の力があるらしい。

昴宿七星


七人で一人、一人で七人の神に近い存在。彼女らの浸かった泉や温泉は、若返りの効果を持つと言われる。

万場百


白瀬沼藺の養女。元々番所に届けられた捨て子だったのだが、政木の大刀自の命に由り、沼藺が育てることになった。通称バーミリオン。

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