橿原由貴子(1)

文字数 1,826文字

 結局、ユキンコは有希ちゃんの軍門に降り、シュールストレミングを食べさせて貰う換わりに、これ以後は人間を喰わないことに同意した。
 それにしても、あんな子供なのに、シュールストレミングが好物だったとは……。

「流石、有希ちゃん。自分の弱点は良く知っているわね」
「弱点?」
 僕は、隣でしれっとカレーライスを食べている耀子先輩に弱点について尋ねた。
「あの娘、基本的に不精者なんだけど、食い意地だけはしっかり張ってるのよ。おまけに悪食だし……。ユキンコは有希ちゃんのクローンみたいなものでしょう? そんな所も似たんでしょうね……。あんな臭いのする食べ物を、美味しそうに食べてるのを見たら、絶対食べたくなって、我慢しきない筈よ」
 はぁ……、人それぞれだ……。
 ま、有希ちゃんも、先輩にだけは「食い意地が張ってる」なんて、言われたくないだろうな。カレー、もう残ってないし……。

 染ノ助君が僕と耀子先輩の処までやって来て、ユキンコについて質問する。
「あの子、藤沢さんの身内で、超能力者だってことは分かったんですけどね、人を喰ってるんでしょう? 放って置いても大丈夫なんですか?」
「そうねぇ、有希ちゃんと同じハイブリットだから、人を食べなくても生きて行けるだろうけど、このまま、ここで妖怪として暮らすのもねぇ……。少し、人間としての知識と常識も身に付けて貰わないとね……」
 人を喰ったことは、もうどうでも良いのか? ま、海妖樹も似た様なものだし、殺したのは、事実上、神津だもんな……。
 それにしても、先輩が「人間としての常識を身に付けて……」なんて言ってもね……。
「幸四郎、後でお仕置きね!」
 ほら、また人の心を勝手に読んだ。それが人間の常識を持った人の行いですか?

 先輩は僕の指摘を無視し、有希ちゃんにユキンコのことを指示する。
「どうせ、その子を殺す気ないんでしょ?」
 有希ちゃんはこっちを向いて大きく頷く。
「最終的に山で暮らすにしろ、人間界で暮らすにしろ、その子は人間として教育する必要があるわ。でも、貴女はまだ未成年で仕事も持っていないでしょう? 暫く、その子を橿原先生の家に居候させて、先生に育てて貰いなさい!」
 おい! 勝手に話を進めるな!
「先生、さっきの罪滅ぼしと思ってくださいね。それに、先生のお宅なら、部屋のひとつ位余っているでしょう? 戸籍は親戚の子として適当に操作してあげますから、学校くらい出してあげて欲しいですわ」

 先輩は僕にそんな無体を言う。
 ま、まぁ、海妖樹や一つ目鴉よりは、世間体は気にならないかな……。甘樫さんが色々面倒は見てくれるだろうし、染ノ助君も歓迎しているようだし……。
「いいじゃないんですか! 私は実家が賑やかだったもんで、沢山の人の中で暮らすのに慣れてんですよ」
 だが、耀子先輩に匹敵する力の少女を、僕なんかが育てることが出来るのだろうか?
「先生、それは心配要らないと思いますよ。先生が育てるんじゃなくて、子供の方が自分で育つんです。先生はこの子を愛して上げれば良いんです」
 耀子先輩がそう言って笑ってくれる。
 そう言われれば、何となく出来る様な気がしてくるではないか!
「勿論、この子の養育費は、藤沢家でサポートしますわ」
 そして、再び有希ちゃんに向かって「良いわね」と確認する。有希ちゃんも頷いた。

「でも、その前に……」
 耀子先輩の台詞に合わせるように、山童だか狒々だかの、妖怪の様な奴らが、神津を連行してきた。
「車の陰に隠れて、私たちを脅し車を奪って逃げる心算だったようね……」
 神津は妖怪に両腕を掴まれ、彼なりに藻掻いて抵抗はしてはいたが、結局、押されるように僕たちの前に引きだされてしまう。

「何をする心算だ!」
 盗っ人猛々しいとはこのことだ。恋人を殺した上に、その罪をユキンコに被せて知らん振りをしていた癖に……。
「何をって、この子に頼むんでしょう? その予知能力を消してくれる様に……」
「え?」
 耀子先輩は、唖然としている僕や神津を他所に、ユキンコにそれを依頼する。
「神津さんに付与した能力を、貴女、消すこと出来ないんかしら?」
「消さなければ、駄目?」
「出来るんなら、そうして欲しいわね。能力の持ち過ぎは、責任を負いきれなくて、結構辛いものなのよ。貴女も直ぐに分かるから」
 ユキンコは納得できてなさそうだったが、有希ちゃんから離れ、トコトコと神津に近付いて人差し指で額を突いた。
 それで、能力の消去は完了したらしい。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

橘風雅


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

橿原由貴子(ユキンコ)


耀子の姪、新田有希の体の一部から再生した分身体。悪魔としての基本能力と読心の特殊能力を持つ。また、再生段階で妖怪の遺伝子を取り込んだらしく、人の死の予知と、その能力の与奪の力があるらしい。

昴宿七星


七人で一人、一人で七人の神に近い存在。彼女らの浸かった泉や温泉は、若返りの効果を持つと言われる。

万場百


白瀬沼藺の養女。元々番所に届けられた捨て子だったのだが、政木の大刀自の命に由り、沼藺が育てることになった。通称バーミリオン。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み