第31話 計画通り

文字数 1,336文字

 計画通りに、秋月くんは予定のない日の夕方に我が家に通うようになった。

 四回目の訪問時には、オレンジのモヒカンが綺麗に立っていたので、私は再び両親が愉快な挙動不審に陥る姿を目撃することになった。更にこの日は、実衣と兄も居合わせた。秋月くんが帰った後、二人から散々質問攻めにされたのは言うまでもない。

「何あのモヒカン!! なんでモヒカン⁉ あんな髪型初めて生で見たんだけど!」
「お前一体何仕出かしたんだ? どんな弱味を握られた? ほら兄ちゃんに言ってみろ」

 予想通りの反応だし、散々聞いたことのある質問だった。

「ヤバくないよ。(パンツは見られたけど、)弱味なんて握られてないし。学校の友達。勉強教えてもらってるの。(私も最近まで知らなかったけど、)学年で一、二を争う秀才なんだよ。顔は怖いけど、優しくて頼りになるやつだよ」
「学年一位? ホントかよ?」
「……そうなの……? 信じられないんだけど……」
「本当だって!」

 目を丸める兄貴に、疑わしげに眉間に皺を寄せる実衣。まあ仕方ないけどさ。確かにあの外見はパンチがありすぎる。本当に良い奴なんだけどな。

「…………賢そうではあるな」

 ポツリと呟きを挟んできたのは、父だった。ダイニングテーブルに並んで座る私と秋月くんの傍らで、父はソファーに座ったまま(一応)テレワークに勤しんでいた。キッチンにいた母同様、私達の様子はよく観察できただろう。

「悠里に解説してる時、全く詰まることなく教えていた。自分で問題を解けるだけじゃ、ああはいかない。父さんも家庭教師経験あるけど、人に教えるには普通に問題を解く時の、倍以上の理解度が必要なものなんだ」
「そうねえ」

 母が相槌を打った。

「確かにあの髪型はびっくりしたけど……。秋月くん、優しい子ね。悠里の話すことちゃんと聞いてくれてるし。きちんと分かるまで丁寧に教えてくれるの。それに礼儀正しいのよ。靴は綺麗に揃えるし、律儀に手土産持ってくるし。そして良い声してるのよねえ」
「そうそう! 秋月くん、イケボなんだよー!」

 お母さん、目の付け所がいいいじゃないか。そうなんだよ、あの声で教えてもらうと、ストンと頭に落ちてくるのだ。難しい数学の問題も、わけの分からない宇宙の法則も。

「ふーん」

 実衣もお兄ちゃんも、二人共全く同じ語が口から滑り出たが、込められた意味合いは違うようだった。実衣は未だ信じきれていない警戒心を抱いていて、兄の方は良い意味で興味をそそられたような感じだ。

「秋月くん、次はいつ来るんだ? 俺も話してみたい」
「そうだ。夕飯食べていってもらえばいいじゃない。悠里、そう伝えておきなさいよ」
「分かった。言っておくね」

 秋月くんは承諾するだろう。

「一馬くんすごいですね! 一馬くんの計画どおりに進んでいますよ」

 ソファの上から一部始終を見守っていた八幡ちゃんが、餅太郎にキャンキャン吠えられながらパチパチ拍手している。

「本当だね」

 家族に気づかれないように小声で、私は八幡ちゃんに返事をした。幸い餅太郎がうるさかったので、私の声は家族の誰にも聞こえなかっただろう。


◇◇◇


 秋月くんがすっかり渡邉ファミリーからの信頼を勝ち取り、私達が時間錠作りを再開させるまで、さほど時間はかからなかった。
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