第113話 キスシーンと罪悪感

文字数 1,562文字

「えっ⁉ ちょっとちょっと、待って! こんなシーンまで皆で見るの?」

 引き続き止まらないホログラム映像に、私はポトリと箸を落としていた。
 イカタコ料理の上で立体映像になった私と秋月くんが、ボートの上で抱き合っているのだ。狼狽えるのが当然だろう。

「大切な場面(シーン)ですから、同然です」

 ヨネ子ちゃんは表情を変えずにうなずいた。

「大切な場面って……でもでも!」

 いくらなんでも恥ずかしすぎる。

「悠里さん、しばしお静かに。音声が聞こえません」
「音声って……」

 助けを求めるように隣を見たが、開き直りを決めた秋月くんは全く動じない。イカリングをもぐもぐ咀嚼しながら、涼しい顔で映像を観ている。

『悠里』

 ホログラムの秋月くんが、私の名を呼んだ。ドキドキしたが、あの時のドキドキとは全然違うドキドキだ。違う、ドキドキじゃなくてハラハラと表現するほうが相応しい。まずい。だって確かこの後、私たち……

「あああ秋月くん!」
「しーっ」

 面白がるような視線をちょっとだけこちらに投げると、秋月くんの目は再びリアルすぎる再現映像に向かう。

 実際のあの時は無限にも思えるほど長く感じたはずなのに、映像にして見ると、一分にも満たない短い時間だったのだ。映像の中の秋月くんと私は、額を触れ合わせ、見つめ合っていた。

「ままま待ってよ。本当に皆でここで見るの?」
「諦めろ悠里」
「は、恥ずかしすぎない?」
「恥ずかしいとかそういう概念は捨てるんだな。ここには俺とエイリアンしかいないんだから」
「概念捨てろとか、そんないきなり無理なんですけど!」
「しーっ!」

 大勢のエイリアン達から、静かにと窘められた。
 
 あああ! もう無理だ!

 思わず両手で顔を覆って強制的に自分の視界を封じると、机につっぷす。私は捨てられなかった羞恥心を慰めたのだった。

……ああ。きっともうすぐ、先程の『口だけテープ剥がし』を成し遂げたシーンと同様、拍手喝采が起こるのだろう。恥ずかしすぎる。自分の()()()()()(しかも私にとっては初キスだ!)を三六〇度の立体映像で大勢に観察された上、囃し立てられるなんて。どんな拷問だ。想像だけで顔から炎が吹き荒ぶ。

「…………」

 しかし、一向に拍手の音は聞こえてこなかった。予想では、ヒューヒューキャーキャーと黄色い声で、耳がキーンとなるはずだったのに。

「……?」

 恐る恐る顔を上げた。そして飛び込んできた光景に、「え」とぽかんと口を開けてしまう。

 小さな水滴を先端につけた透明な一筋が、目の前の美女の顔の上を滑り落ちていったのだ。

「どうして……」

 どうしてフサ子さんが泣いてるの? しかも今? 
 他のエイリアン達にも、誰一人面白がるような表情をした者はいなかった。皆映像を見ながら、引き続き思い思いに料理をつついている。
 立体映像では、私が水の冷たさに震え上がりながら、タイタニック映画について語っているところだった。

「罪悪感よ」

 反対の瞳からも、静かに涙が落ちていった。少し顔をうつむけたので、頬に道筋をつけることなく、その一滴はテーブルの上で小さな水溜りを作ったのだった。

「私は青二才で、ペーペー中のペーペーだから、罪悪感を抱いてしまうの」

 マイム・マイムの音楽が、部屋の中に響き始めた。ホログラム映像の場面は、エイリアン達が踊る山の中へと切り替わっている。

「成熟した一人前のレプレプならば、絶対に罪悪感なんて持たない。ピラミッドの頂点に立つ者には、それは不要な感情だからよ。支配者は常に誇りと自信、優越感を持たなければならない」

 顔を上げたフサ子さんは、じっと私を見つめていた。隠そうとしない潤んだ瞳は、いつものフサ子さんよりも親近感を抱かせるものだった。

「未熟者だから、涙なんて出るのよ」

 恨めしげな声だった。しかしこの言葉は、彼女自身に向けたものだろう。
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