第2話 通過した電車

文字数 1,035文字

 初めてそれを発見したのは、自宅から駅に向かって歩いている時だった。街路樹の間を繋ぐように植わった低木の中で、何かがキラリと輝いたのだ。

 ビー玉でも落ちていて、太陽の光に反射したのだと思った。
けれど違った。

 その小さな小石は、自発的に輝いていたのだ。そんなに激しい光量ではないけれど、ぼんやりとした白い光は、枝葉で入り組んだ土の上から私に居場所を知らせるには十分だった。

「なんだろこれ?」

 錠剤ほどの大きさで、歪な球形をしていた。感触は硬く、表面は少しざらついている。

「なんで光ってるんだろう」

 放射性物質とか、そういう危険なものだったりしないよね。まさかね。何かキラキラする塗料でも塗ってあるのかな。

 あれこれ考えている間に、電車が二本、三本と通過していった。その間私は手のひらにその不思議な小石をのせていたのだが――――

「え?」

 スッと、まるで手の表皮に吸い込まれるように、その小石は消失したのだった。

――今、何が起こった?

 落としてしまったのか。すぐに足下を確認したが、光る小石はどこにもなかった。

「何だったんだろう」

 首を傾げながら、私の視界に腕時計が入った。

「しまった! 遅刻しちゃう」

 そういえば、今考えている間に電車が数本通過していった。今日は朝一で数学の小テストだ。数学教師の田中(通称:タック)は小言が多い。怒鳴るタイプではないが、ねちっこいタックの小言を聞き流すのはダルいので、できれば遅刻は避けたかった。

 ついつい考えることに集中しすぎて、時間を忘れてしまった。
次の電車は何分だろう。体感的にはもう遅刻の運命からは逃れられない気がするのだが……

 恐る恐る腕時計を確認した私は、思わず「えっ」と声を上げて困惑した。

「どうして……」

 家を出てから、三分しか経過していなかった。

 駅が目前に見えている。この場所まで、家から歩くと十分はかかるのに。

 時計が壊れたのかとスマホを取り出してみたが、腕時計と同じ時刻が画面に表示されていた。

――どういうこと? 私、そんなに早足で歩いたっけ?

 まさか。
そもそも小石を手の上に乗せて立ち止まっている間に、電車は同方向に少なくとも三本は通過したはずだった。いくら本数の多い朝でも、三分で三本も電車は走らない。

「うーん……」

 この不可思議な現象について、今考えてもキリがない気がして、私はとりあえず駅に向かって歩き始めた。どうであれ、タックの小言は聞かなくて済みそうだ。そう考え始めると、自然と足取りは軽くなっていった。

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