第104話 和田茂吉

文字数 1,323文字

「彼なら別の医務室にいますよ」
「会わせてください!」

 食い気味に迫る私に、白衣のモヒカン男は頷いた。

「案内しましょう」

 男は真っ白な壁に向かって直進した。私は彼の斜め後ろを歩く。

 やはりそんなに大きな部屋ではなかったようだ。ほんの数歩で私達は立ち止まった。

「秋月くんは隣の医務室で治療を受けました。渡り通路を通って行きましょう」
「えっ……治療?」

 さあっと血の気が引く。しかしそんな私を振り返って、白衣モヒカンは「安心して」と微笑んだ。

「低体温症一歩手前でした。あなたも同様ですよ。そしてあなたの方が深刻だった。でも今、なんともないでしょう? だから秋月くんも平気ですよ」

 白衣の右手が、白い壁を軽くノックした。すると壁の一部がドアのような長方形に切り取られたように消え去り、ガラスのような透明な通路が望遠鏡の鏡筒のように外側に向かって伸びていったのだった。

「外……。ここは……? あ……⁉ あれって」

 外の様子がよく見えた。まだ夜のようだ。空は暗い。星が瞬いている。満月も見える。通路は床まで透明なので、鬱蒼と茂る木立の頭がすぐ足元に広がっていることも確認できた。

 そして通路が伸びる先に、ツルンとした円盤状の巨大な何かが浮かんでいた。メタリックな質感で、月明かりが真珠の輝きのような光沢を表面に作っている。見たこともない造形の、摩訶不思議な円盤。脚も何もないのに、宙に止まっている。まるで目にみえない透明な台座の上に、固定されているかのように。

「……円盤だ……UFOだ……」

 円盤の中央部は上下に膨らんでいて、伸びる透明な通路はその膨らみに向かっていた。まさにその形は、UFOだ。これをUFOと形容する以外に、ふさわしい言葉があるだろうか。それくらいにUFOだった。

「ふふ。貴方方はやはり、あれを見てUFO(未確認飛行体)と呼ぶのですね。僕らはドラ焼き型乗用機とか、丸い乗り物と呼ぶことが多いのですが」

 白衣モヒカンがくすくすと笑いながら、私に向かって右手を差し出してきた。

「行きましょう。大丈夫ですよ。透けていますが、絶対に落ちることはないので」

 男にエスコートされながら、私は透明な渡り廊下へと歩を進めた。

 曇りない透明な通路は、裸足で踏んでも質感が分からなかった。まるで空中散歩をしている感覚だった。後方を少しだけ振り返ると、前方に続く円盤と全く同じ円盤がそこにあった。本当に私は宇宙船の中にいたのだ。

「あのう」
「何でしょう」

 ショッキングピンクとライムグリーンのハードモヒカン。強面。そしてUFO。
 ほぼ確信しながら、私は白衣の男に訊ねた。

「あなたはもしかして、もしかすると、レプレプ星人ですか?」

 私の手を取ったまま、男はにっこりと頷いた。

「そうですよ。ちなみに私は、普段地球では和田と名乗っています」
「和田さん」
「そうです。下の名前は茂吉(もきち)です。どうぞお見知りおきを」
「和田茂吉さん」

 レプレプ星人って、古風な名前が好みなのだろうか。
 
「お好きに呼んでくださいね――さあ、着きました」

 渡り廊下の突き当り、オーロラ色の金属を、和田さんがトントンとノックした。先程と同じように、ドアのように切り取られた壁がなくなり、私達は宇宙船内部に入ったのだった。
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