第96話 どういう状況?

文字数 1,599文字

 ドン ドン ドン

――何の音?

 ドン ドン ドン

――揺れてる

 ドン

――振動

 ドン、ドン、ドン、鼓動かと思った。でも音として確実に聞こえる、と思った瞬間、頭に確かな振動が伝わってきたのだった。

――私、目を閉じてたんだ

 持ち上がった瞼の向こう側は揺れていて、角度も変だった。それは私が横たわっているからだと理解できた時、全身にブルリと寒気が走っていく。

「さむうっ!」

 寒い! 寒すぎる!

「えっ? 寒っ! えっ? 外? なんで外?」

 とりあえず浮かんだ疑問を全て言葉にしてみると、こんな具合だった。私はその後ひとしきり「寒い寒い寒い!」と続けて、その間に目が慣れてきた。

「あっ⁉ 秋月くん⁉」

 目に入ってきた光景に驚き過ぎて、声がひっくり返った。

「なんで……っ。あたっ!」

 横たわった身体を起こそうとして、腕に痛みが走った。違和感と痛みは、腕を後ろでひとまとめにして縛られているからだった。

「なにこれ⁉」
 
 状況が全然読めない。なんだこれ? どうして縛られてるの?

「ンー! ンンンー!」

 眼の前でくぐもった音を出しているのは、秋月くんだ。これだけは間違いない。モヒカンは立ってなくて、オレンジ色も分からない。辺りは暗いのだ。それなのに、なぜ彼だと分かったのかというと、月明かりがあったからだ。満月と私達の間には、隔たりがない。外なのだ。屋外なのだ。だからこんなにも寒いのだ。

「秋月くん!」

 なぜか私は手足を縛られた状態で、イモムシのように転がっていた。手近な壁ににじり寄って、どうにか上体を起こそうとした。すると、空間が大きく搖れた。

「え⁉」

 上体を起こして、もたれかかったのは船べりだった。私達は、小船の上にいるのだ。

 私が起き上がる際に船を大きく揺らしてしまったらしい。身体の下で水がチャプチャプと鳴る音が聞こえた。余韻でまだその場はゆらゆらと揺れている。

「なんで船……? あ、秋月くん」

 エンジンも何も載っていない、小さなボートだった。私達はボートの端と端にいる。

「秋月くん……!」

 彼の目は険しく細められていて、眉間に皺が寄っていた。くぐもった音しか出せていない原因は、彼の口がガムテープのようなもので覆われているからだった。私の両足首の自由を奪っているのも、おそらく同じテープだ。見えないけど、後ろ手をくくっているのも同じだろう。

「んんん……」
「秋月くん! 大丈夫⁉ ちょっと待ってて。今そっちに……」

 秋月くんの方は両足を縛られていなかった。先ほどのドンドンという音は、彼が私の目を覚ますために船底を足で叩いて立てていたのだろう。

 それにしても寒い。私はパジャマだったし、秋月くんも上下スウェット姿だ。

――ここはどこ?

 辺りを見渡しても、真っ暗で分からなかった。遠くの方に均一に並ぶ光が小さく見えるが、外灯だろうか。あっちに道路があるのかもしれない。私達が乗るボートは、おそらく広い水面の真っ只中に浮かんでいる。

「待ってて。大丈夫、今そっち行くからね」

 膝を曲げて伸ばして、シャクトリムシのように動けば進めた。何か重たい物体が腕を縛るものに繋がっているようだ。しかし、気合を入れれば引きずれない程の重量でもなかった。
 秋月くんは足が自由なのだから向こうから近づいてきてくれてもいいのだが、動こうとしないのは理由があるのだろう。もしかしたら、怪我をしてるのだろうか……

 しかし秋月くんは、近づいていく私にブンブン頭を振って、フー! フー! と威嚇するような音を出していた。それを「こっちへ来るな!」という意味とはうけとらずに、私はその時、大いに勘違いをして勝手に焦りだした。

「どこか痛いの⁉ 大丈夫⁉ 待ってて! すぐ行く!」
「ンンンー!」

 シャクトリムシムーブにスピードがかかって、私たちを乗せた小舟がグラグラ搖れた。秋月くんは相変わらずブンブン頭を振っている。船体が片側に大きく傾き始める。
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