第109話 ピコピコ

文字数 1,572文字

 また一つ特殊能力を手に入れた私は、しばらくの間四人のレプレプ星人と八幡ちゃん相手にテレパシーの特訓を行った。そんなことをしている間に秋月くんの身体の麻酔はすっかり消え、ジョージくんがイカタコ亭のお弁当を抱えてやってきた。真っ白な救護室は色彩と美味しい香りで溢れ、いつの間にかとても賑やかになっていた。

「あっ! そうだ、秋月くん! 私達今日試験だよ!」

 忘れてた! もう日付はとっくに変わっている。さっき和田さんと透明な渡り廊下を歩いたときにはまだ暗かったけど、そもそも今は何時くらいだろうか。家に帰らないと。アラームはセットしたけど、念の為部屋に起こしに来てと、母にも頼んでしまったのだ。

「今何時なの?」
「大丈夫です」

 和田さんに訊ねたが、彼は首を振って微笑んだだけだ。

「大丈夫って」
「この宇宙船の中では、悠里さん達の体感時間よりも、ずっとゆっくりとしか時間が経過していませんから」
「え?……それはどういう」
「重力調整装置を起動しているので、体感することはないと思いますけどね。今この円盤型宇宙船は、回転しています。時間錠から抽出したエネルギーによって、ものすごく高速で回転しているのですよ。外から見ると止まっているように見えると思いますし、そもそも地球上の生命からは宇宙船は見えないようになっているんですけど――――仮に見えたとしても、地球人の目からはその場に静止しているように見えるはずです。それほどの高速で回転しているので、この中では時の流れは地球上より遅いのです」
「……んんん?」
「相対性理論……速く動くもののほうが、止まっているものよりも時間の進みが遅くなる」

 秋月くんの指摘に、エイリアン達が頷いた。

「まあ、地球(この星)の科学の言葉で適切に説明するとすれば、相対性理論が最も近いかも知れませんね」

 カラフルモヒカンの一人が嗤う。そういえば初めて八幡ちゃんから時間についての説明を聞いたときも、
『ボクが言ってることは、もう少しあなた達地球人の科学の知見からは、離れたところにあります』と言われたっけ。私達が当たり前のように信じている科学は、異星人(彼ら)から見れば穴だらけなのかも知れない。

「そうですね……この場所での一〇分は、地球上の一ピコ秒にも満たないですよ」
「一ピコ秒……? ピコって一体」

 聞き慣れない単位だ。八幡ちゃんが「ウフフ」と笑って説明を付け足してくれる。

「一兆分の一秒のことですよ。光がわずか〇.三ミリしか進まない、ほんの短い時間です。地球人の皆さんが言うところの一瞬です。刹那です」
「え⁉」
「要するに、悠里ちゃんと一馬くんが湖に落ちてから、地球時間は経過してないのと同じです。この宇宙船の外での時間は、止まってるようなものですよ」

 秋月くんは白い壁の一角に開いた窓の外を見ていた。やはりそこから見えているのは、真っ暗な深夜の奥多摩の風景だ。

「だから心配しなくて平気だよ。せっかくだし、のんびりして行こう。ほら二人共、一緒にたこ焼き食べようよ! マヨと青海苔かけちゃっていい?」

 ジョージくんは私と秋月くんの返答を聞く前に、湯気をたてるあつあつな球体の上に、ぐるぐるとマヨネーズを回しかけている。

「間もなくヨネ様がお帰りになるでしょう。もうしばらくお留まりになってください。全て済みましたら、きちんとご自宅までお送りしますので」

 和田さんが少しかしこまった口調でそう告げた。

「全てっていうのは?」

 秋月くんの静かな問いかけが部屋に響いた。熱々のたこ焼きを頬張って、ハフハフしているジョージくんの声の他は、しばらくその場は静まった。
 そして再び和田さんが口を開いた。

「フサ子の処遇についての決定です。貴方方お二人の証言を頂きたいのです。それによって彼女の処分をどうするのか……我々レプレプ穏健派日本支部は、判断しようと考えています」
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