第13話『久保 その一』

文字数 962文字

ガラッと文芸部室のドアが開くとノッポの坊主顔が顔を出した。身長は藤井と同じぐらいだが、藤井よりも体の線が細い。細く整えられた眉毛からは手入れをしていることが見て取れるが、明らかにやりすぎだった。のっぽは言った。
「ちぃーす。よっ、藤井、久しぶり」
「久保か」藤井は読んでいたスポーツ新聞から視線を上げるとげんなりとした顔をして言った。
「藤井だけか。尾崎さんはいないの? 」
「何しに来た? 」と久保の質問を無視して藤井は言った。
「冷たいねえ。つい三か月前までは一緒にボールを追っかけていた仲間だっていうのにさ」と久保が言った。
「もうすぐ野球部のバスが出る時間だろ。早く練習に行って来いよ」
「まあ、待てよ。今度、俺、野球部の副キャプテンになったんだ」
「へえ。それはめでたい」
反対の意味が明確に伝わるように藤井はなるべく強調して言った。
「それで、キャプテンの三沢さんにお前をチームに呼び戻すように言われてきたんだ。まあ、俺個人としてはお前がチームに戻ろうが、戻るまいがどっちでもいいんだけどさ」と久保が言った。
「わざわざご足労いただいて悪いが、俺には野球部に戻る気はねえな」
「そうか。さっき言ったように俺にしてみたらどっちでもいいんだ。ところでお前、この部屋で尾崎さんと二人きりで何してんの? 」
「お前には関係ねえこった」と藤井がにべもなく答える。
「まさか女子たちが噂しているみたいにここで二人きりで……」
「てめえみたいなサル野郎の妄想してるようなことはしてねえよ」と藤井は久保の言葉を途中で遮って言った。
「しかし、尾崎さんねえ。頭はいいし、可愛いのは認めるけど、少しイカレテルっていうか」と久保が言った。
「お前に尾崎の何が分かるってんだよ」
藤井はスポーツ新聞をテーブルの上に置くと、椅子から立ち上がった。
「何、怒ってんの? お前」と久保が言った。
「うるせえな。こんなところで油を売っている暇があったら、いまだに抜けないアッパースイングの癖を直せ」
そう言いながら、藤井は久保を部室から押し出した。
「なんだよ、なにも追い出すことねえだろ」と久保が抗議する。
「さっさと行け。さもなきゃ口をボール用の縫い糸で縫い合わせるぞ。サードで一生トンネル工事してろ」
そう言い放つと藤井は久保を追い出し、部室のドアを久保の面前でピシャッとドアを閉めた。
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