第23話『狼と銃』

文字数 636文字

今日は珍しく藤井と尾崎の両名とも文芸部室で勉強している。藤井は参考書を読み、尾崎は問題集を解いている。時折、尾崎が手に持っている蛍光ペンでコツコツと無意識にリズムを取る音がする。  
やがて、参考書を読むのに飽きた藤井がぽつりと言った。
「俺たちは一体なんのために毎日勉強しているのだろうか? 尾崎さん」
「勉強が私たちの人生にもたらしてくれる利益はたくさんあるよ。数えきれないぐらいさ、藤井君」と尾崎が視線を上げないまま答える。
「一つ具体例を挙げてみてくれないか、尾崎さん」
「私たちが大人になった時、狼に騙されないためだよ。藤井君」
「狼? 」
そう言うと藤井は参考書から目を上げて尾崎を見た。尾崎は問題集から目を上げないで言った。
「私はテレビが嫌いなんでめったに見ない。でもね、適当にテレビをつけて下品な番組を見れば、作家とか弁護士とか大学教授とかご立派な肩書を持った頭のいいロクデナシどもがウヨウヨしている」
そう言うと、尾崎は蛍光ペンで問題集にラインを引いた。
「そういう狼に騙されないためには正確な知識が必要なんだよ。自分が賢くなるしかないんだ。狼の相手をするのに、狼になる必要はないけど、狼に対抗するために銃を持っておく必要はあるんだよ」
ふむ、一言そう言うと、藤井は再び参考書に目を落とした。尾崎は終始、問題集から目を上げないまま言った。
「私たちが年を取って、それこそ四十歳くらいのおじさん、おばさんになったら、若い頃に勉強しておいて本当に良かったって思えるんじゃないかな」
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