第12話『水村 その一』

文字数 1,505文字

藤井がいつも通りガラッと文芸部室のドアを開けると、部室の中に珍しい生き物がいた。髪は赤色に染められていて、髪形はツインテールにしており、髪にはパーマがあてられていてロールしている。目元にはアイライナーが強すぎるくらい使われている。スカートは少しかがむだけでパンツが見えそうなくらいに改造されている。その生き物はニコニコしながら藤井の顔を見ていた。
「ずいぶんイメージチェンジを図ったな、尾崎」
「ハハッ、マジウケる」
生き物が初めてしゃべった。その声は鼻にかかるような高音で、人を小馬鹿にしているような印象を与える。
「それで誰だ、お前」と藤井が訊いた。
「一年Eクラスの水村美晴です。今年入った文芸部の一年です」
「そういえば、幽霊部員の一年が一人いるって尾崎が言ってたな」
「それ、自分です。よろしくです、藤井パイセン」
藤井は思わず眉をひそめた。
「お前、そのイラっとする呼び方をどうにかしないと俺に殺されるぞ。ところで、なんで俺の名前を知ってい るの? 」
「超有名人ですよ、文芸部の尾崎パイセンと藤井パイセンっていったら。なんかネクラでヤバゲなカップルって」
藤井が水村の言った言葉を頭の中で翻訳する。
「根暗で危ないカップルかよ。噂好きな連中ってホント無責任なのな」
「それで、藤井パイセンってどんな人か見に来たんです」
「みんなして興味本位で俺を見に来やがって。俺は動物園で飼育されてるオカピか。もう見ただろ、帰れ」と藤井が言った。
「思っていたよりカッコいいですよ、藤井パイセン」と水村が言った。
「ありがとう。ところで、なんでお前みたいな人間が文芸部に入ったの? 尾崎の知り合い? 」
「尾崎パイセンとオナ中なんですよ」
「同じ中学の出身かよ。尾崎とはどこで知り合ったの? 」
「尾崎パイセンは中学のソフトテニス部の先輩でした」
「アイツ、ソフトテニスなんてやってたんだ。体育会系には見えないのにな」と藤井が言った。
「尾崎パイセン、中学時代はすごい明るい人でした。運動も勉強もできて、私の憧れの人でした」と水村が言った。
「明るい尾崎か。あんまり想像できんな」
「そんな尾崎パイセンが高校に入ったら自殺しそうになったって聞いて、自分は本当に驚きました」
「その話はいいだろ。尾崎は今日は病院の日でいないみたいだし、俺も帰ることにする。部室を閉めるぞ」と藤井が言った。
「ちょっと待ってくださいよ。尾崎パイセンと藤井パイセンって、ホントに付き合ってるんですか? 」と水村が言った。
「付き合ってないよ。そう言ってもお前は信じそうにないけどな」
「もったいないですよ。尾崎パイセン、いい人ですよ。みんな頭がおかしいっていうけど、言ってるヤツらが馬鹿なんですよ」
「尾崎がいいヤツだっていうのには同意するけどな。お前に馬鹿にされる連中ってのも相当なもんだ」
 水村はそれまで浮かべていたニコニコ笑いをやめると真面目な顔をしていった。
「藤井パイセン、私たちが知り合ったことを記念して尾崎パイセンのとっておきの情報をあげます」
「何? 」と藤井が怪訝な顔をする。
「ちょっと近くに来てくださいよ」
水村はそう言うと手をひらひらさせた。
「なんだよ、気持ち悪い」
そう言いながら藤井は水村に近づいた。水村の側によると安物の香水の匂いがした。水村は藤井の耳元でヒソヒソと小声で言った。
「もう知っているかもしれないですけどね。尾崎パイセン、細く見えるけど、けっこうおっぱいデカいですよ」
「えーっと、失礼な後輩を懲らしめるための金属バットはどこへやったかな? 」と藤井が部室を見回して言った。
「また来ます。失礼しまーす」
そう言い捨てるとガラッと部室のドアを開けて水村は消えた。
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