第11話『生きる理由 その二』

文字数 1,076文字

文芸部室の窓の外ではまだ雨が激しく振り続けている。
「お前は生きる理由が見つからなかったら、死にたくない理由を見つけろって言う」と藤井が言った。
「うん」と尾崎が言った。
「でも、中には死にたくない理由さえ見つからない人間だっているかもしれない」
「そうだね。私にしたって、死にたくない理由ができたのは最近のことだし」
「それどころか、死にたくない理由を探そうとしたら、死にたい理由ばかり見つかる人間もいるかもしれない。そういう人間はどうしたらいい? 」と藤井が言った。
尾崎は再びテーブルの上で手を組むと言った。
「まず結論を出すことをあせらないこと。理由が見つからない場合はなんとなくでいいから今日一日を生きてみる。もしかしたら、その日のうちに死にたくない理由が見つかるかもしれないし、見つからないかもしれない。それははいつ、どのようにして見つかるのか、誰にも分からない。本当に死んじゃったら死にたくない理由が見つかる可能性はゼロになるけど、生きている限り可能性がゼロになることは理論的にない」
「うん」と藤井が言った。
「後は、死にたくない理由を大げさに考えないことかな。死にたくない理由なんて、本当に小さなことでもいい。朝ごはんがおいしかったとか、学校に行く途中でかっこいい人とすれ違ってまた会えるかもしれないとか、今やっているゲームが面白くて続きがやりたいとか、好きなマンガがまだ完結していないとか、まだ見ていないけれど見たい映画があるとかでもいい」と尾崎が言った。
「そんなものでいいの? 」と藤井が言った。
「うん。他人にはつまらないことのように思える些細なことでいいから、それを見つけて自分で勝手に死にたくない理由にすればいい。死にたくない理由は小さければ小さいほど、数が多ければ多いほどいい。溺れる者は藁をも掴むっていうけど、藁だっていっぱいあれば人一人を浮かせられるぐらいの浮力を得られるんだ」
「結論をあせらないことと小さな死にたくない理由を探せ、か」
「あとはホントにヤバくなったら、ためらわずに第三者に頼ったほうがいい。第三者の視点を借りて初めて自分を冷静に見られるということもあるし、自分一人の力ではどうしても限界があるからね。最近はいい薬も出ているし」
尾崎はそこまで言うと組んでいた手を解いてテーブルの上に手を置いて黙った。
藤井は少し考え込んでから言った。
「ところで、お前、どうしてそんなこと知ってるの? えらく実感を伴う言葉のように思えるけど」
「今は偉そうに語ってるけど、さっき言ったことが分からなかったせいで実際に死にかけた人間だからね、私は」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み