第14話『三沢先輩 その一』

文字数 909文字

文芸部室のドアがガラッと開くと、体格の良い坊主頭が何も言わずにぬっと入ってきた。頭も顔も大きく身体もがっしりとした男だった。藤井の身長は百八十センチあるはずだが、その坊主頭の身長は藤井より高い。坊主頭は口を真一文字にぐっと閉じ、何も言わずに文芸部室の中を睥睨している。
「三沢先輩じゃないですか。どうしたんですか? 」と読書を中断した尾崎が声をかけた。
「尾崎さん、藤井はいないの? あいつ、最近ここに出入りしてるって聞いたんだけど」と三沢が言った。
「今日は学校に来ていませんよ。なんでもニキビが顔に三つ同時にできたんで、広瀬さんに会えないから今日は学校休むってさっきメッセージがありました」
チッと三沢は舌打ちをした。
「あいつ、サボり癖がついてるな」
「それで、野球部のキャプテンで学校の有名人の三沢先輩が文芸部に何の用ですか? 」と尾崎が言った。
「二年生のキャッチャーがいない。三年生が夏に引退すると、一年生が正捕手になっちまう」
「はあ……」と内容が分からないまま、尾崎が生返事をした。
三沢は頭をくるりと一回撫でると言った。
「尾崎さん、君からもあいつに野球部に戻るように言ってくれないか」
「私からですか。嫌ですよ」と尾崎はすげなく断った。
三沢がもう一度くるりと頭を撫でると言った。
「あいつ、ここで何をしてるんだ? 尾崎さん、この前のテストで学年一位だっただろ。ここで尾崎さんに勉強でも教えてもらってるのか? 」
「特に何もしてないですね。私と駄弁っているだけです」と尾崎が答える。
「君と藤井って、その……」
そこまで言うと坊主頭はむすっと黙り込んだ。尾崎が後を引き継いだ。
「みなまで言う必要ないですよ。違います。そういう関係ではないです」
「そうか。なあ、尾崎さん、もう一度考え直してくれないか。藤井は一年生の頃からレギュラーでうちの五番を打っていた。あいつはまだまだ伸びる素材なんだ。こんなところで貴重な時間をつぶしている暇はない」と三沢は言った。
尾崎は少し眉をひそめた。
「じゃあ、言うだけ言ってみますけど、あんまり期待しないでくださいよ」
「ありがとう、頼むよ」
それだけ言うと現れたときと同じように坊主頭はぬっと去っていった。
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