第8話『時任 その一』

文字数 791文字

文芸部室のドアがガラッと開くのと同時に「失礼しまーす」という元気のいいあいさつがポンポンポンと勢いよく部室の床を跳ねてきて、スポーツ新聞を読んでいた藤井の顔にポンとぶつかった。
声の主は藤井の知らない顔の女子生徒だった。女子生徒にしては身長が高く、百七十センチはある。髪型は男子に近いぐらいのベリーショートにしていて、クセっ毛がはねている。
「何? 悪いけど尾崎なら今、いないよ」とスポーツ新聞を折りたたむと藤井が言った。
「いや、私が用があるのは祐子じゃないの。ふーん、君が藤井君か」
女子生徒はドアを開けたまま腕組みをすると藤井の顔を値踏みするようにじっくりと見ている。
「尾崎をファーストネームで呼ぶって、誰だ、あんた? 」と幾分、警戒した声で藤井が言った。女子生徒がそれに答えて言った。
「祐子のお眼鏡にかなったっていうから期待してたんだけどなんか予想してたのと違うな。あんまりカッコよくないし」
「はあ? 」
「私、祐子の幼稚園からの幼馴染で、二年の時任薫って言います」
「それで、その時任さんが何の用? 」と不機嫌なのを隠そうともしない声で藤井は言った。
「最近、祐子にカレシができたって噂を聞いてさ。見に来たんだ」
「カレシ? そんなんじゃねえよ」
「じゃあ、なんなわけ? 」
「なんでもねえよ。ただの友達だ」
「ただの友達が毎日、二人きりで放課後に残って、下校時間までおしゃべりしているの? 」
「そうだよ。何か悪いか? 」
「別に。ただ、藤井君、これだけは言っておくけど祐子を泣かせたら許さないからね」
「お前は一体、何様のつもりだ? 」と藤井が言った。
「祐子のカノジョ」
「何? カノジョ? 」
「今日は顔を見に来ただけだから帰るわ。じゃあ、またね、藤井君」
それだけ言うと、くるっと回って、ドアをガラッと閉めてベリーショートはいなくなった。時任の襲撃を受けた藤井はポツンと言った。
「何なんだ、あいつ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み