第4話『告白 その二』

文字数 1,115文字

その日の放課後、藤井はガラッといつもより少し乱暴に文芸部室のドアを開けて、部室の中に尾崎がいることを確認すると、これまたガラッと乱暴にドアを閉めてから、開口一番こう言った。
「おい、四ツ目女」
呼ばれた尾崎が眼鏡に手をやってから面倒臭そうに返事をする。
「うるせえな。微妙にアメリカンなあだ名のつけ方をしやがって。メガネ女でいいじゃんか。なんだよ」
藤井はパイプ椅子にドスンと腰かけると言った。
「メガネ女。お前、この間、広瀬さんが宮崎と別れたって言ってたじゃねえか」
「うん」
そう言いながら、尾崎はかけていた眼鏡を外すと藤井のほうへ手を伸ばして「ところで君、今日ハンカチを持ってるかい?」と言った。
藤井がズボンのポケットの中からハンカチを取り出して、それを尾崎に手渡す。
「昨日、学校からの帰り道で広瀬さんが一人でいるところにばったり出くわしちゃってさ。それで駅まで一緒に帰ったんだけど」
「良かったじゃないか」
尾崎は眼鏡を外して、藤井に貸してもらったハンカチで眼鏡を拭きながら答えた。
「そこまではな。それで、二人きりになって、何をしゃべっていいか分からなかったから、俺、思わず、最近、宮崎と別れたって本当? って聞いちゃったんだよ」
「あー、藤井君。それはたとえ内容が事実だったとしても、本人に直接聞いてはいけないセンシティブな話題じゃないか? 」
尾崎はそう言うと近視の目を細めて、天井の蛍光灯でレンズに汚れが残っていないか確認し始めた。
「仕方がないだろ、馬鹿な俺にはそれしか話題が頭に浮かばなかったんだから。そうしたら広瀬さん、いや、まだ付き合ってるけど、だってさ」
「そっかー」と眼鏡をかけなおしながら、尾崎は言った。「ハンカチ、ありがとう」
尾崎からハンカチを受け取りながら藤井が続ける。
「そっかーじゃねえよ。俺が一人で阿保なことを口走しってすみませんでしたって感じだったんだぞ。その後は完全に沈黙だよ。広瀬さんと駅で別れてから、自己批判と自己嫌悪の嵐で昨日は寝れなかったじゃねえか。どうしてくれんだよ」
ハンカチを握りしめながら藤井は言った。
「いや、でも広瀬さんが宮崎君と幸福に付き合っているっていうならいいじゃないか」と数秒間置いた後、尾崎が言った。
「どういう意味だ」藤井が怪訝な顔をする。
「君は広瀬さんを愛している。そして君の愛する広瀬さんは今、幸福である。君の愛する広瀬さんの幸福は君の幸福でもあるわけだろう」
「そうだよ」と藤井が答える。
「そう考えてみれば全て良かったんだよ、藤井君。何事も考え方次第だよ」
藤井は難しい顔をして三秒ほど考えてから返事をした。
「いや、良くないぞ。お前、追い込まれるといい話にして逃げようとする傾向があるな」
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