第19話『中田 その一』

文字数 1,046文字

コンコンと文芸部室のドアをノックする音がした。文芸部室のドアをノックする人間などまずいない。尾崎が怪訝な顔をしてから、どうぞ、と声をかけた。ドアがガラッと開いて、運動着を着ているすらっとした長身で細身の男子生徒が入ってきた。一見して目鼻立ちの整ったハンサムな顔立ちをしている。
「尾崎さんですよね」とその男子生徒が言った。
「そうですけど」。
「俺、中田っていいます。藤井のクラスメイト」
「はあ……」
「藤井が教室に弁当箱忘れていったからまだ間に合うかもって届けに来たんだけど、藤井はいないみたいだね」
「ご親切にどうも。藤井君なら今、広瀬さんをストーキングしに出かけてる。何なら預かっておくよ」と尾崎が言った。
「ありがとう。なんだ、あいつまだ広瀬さんのことを追いかけているのか。一年の頃から変わらないな。俺はもうてっきり尾崎さんに乗り換えたのかと思ってた」と中田が言った。
「中田君は野球部の人? 」と尾崎が訊ねる。
「いや、俺はサッカー部」
「そうなんだ。野球部以外にも友達がいたんだね、藤井君」
「いや、アイツ、野球部をやめちゃってそれまでいっぱいいた友達が一気にいなくなっちゃったんだ。俺は別にしてね。今ではクラスのヒエラルキーから追放された人間だよ」
「中田君さ、藤井君とは長いの? 」と尾崎が訊いた。
「高校に入学した時からだよ」と中田が返事をした。
「じゃあさ、藤井君が野球部をなんでやめちゃったのか、理由を知らない? 」
「それが俺にも分からないんだ。俺もてっきり尾崎さんなら知ってるんじゃないかって思ってたんだけど」
「私も知らないんだよ」
二人は少しの間、黙り込んだ。少し間をおいてから、中田が切り出した。
「もしかしたら、なんだけど」
「うん」
「俺たち、一年の頃、藤井と同じ野球部の荒木悠っていうやつと三人で一緒につるんでたんだ。覚えてない? 今年の三月に事故で死んだの」
「そう言えばいたね、そんな人」。
「藤井が野球部を辞めたのは、そこらへんと関係があるんじゃないかな。荒木が死んだ頃から、あいつ変わったように思える。あまりしゃべらなくなったし、ふさぎ込むことも多くなった。いままで遊びの誘いを断ったことなんかなかったのに、俺が誘っても断られることが多くなったし」
「そうなんだ」と尾崎が言った。
 ところで、と言うと中田が言った。
「藤井はここで尾崎さんとは仲良くやっているの? 」
「まあね」と尾崎は答えた。
「そうか。まあ、藤井が楽しく時間を過ごしてるっていうなら安心したよ。それじゃあ、俺は部活に行くから」

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