第19話

文字数 2,790文字

 取調室の入り口を背に、田所が座る。隼人は窓を背に座った。新海は入り口横のデスクで、パソコンを用意して待っていた。
「係長、さっさと始めましょう」
「まあそう慌てなさんな。時間は幾らでもある。尤も、それも君次第だがな。先ずは何故自分の名前を捨てたかを話して欲しいんだ。海老沼から今の諏訪になる迄の経緯を話してくれ」
「いいですよ。先ず姓を変えたのは、事件について、人の噂や、マスコミ対策でそうしました。特にマスコミは、正義を振り翳しながら好き勝手記事にしますし、子供の僕に対してでも傍若無人でしたからね。最初は母方の祖母に籍を入れ、安西と名乗りましたが、それもすぐに分かってしまい、祖母にも迷惑を掛けてしまったので、次に親戚の籍に入りました。その次は親戚等には頼らず、全くの見ず知らずの同い年位の男性でホームレスの人間から戸籍を買い、現在の諏訪になった次第です」
「成る程。そこ迄して戸籍を新しくし、事件から遠ざかる行為をしていながら何故警察官になった?」
「大学生の時は警察官を志望するつもりはありませんでした。それが変わったのは、やはり事件の犯人への憎しみからでした。大切な父と母を殺した人間をこの手で捕まえたいと言う欲求が沸いて来たんです」
「それが理由か。子供の頃に地獄のような経験をしたにも関わらず、又、凄惨な場面の目撃者にもなる可能性を承知した上で、警察官の道を志望したという訳だな」
「はい。その通りです」
「何時から警察官という職業を意識した?」
「大学に入ってすぐです。丁度最初の発作が起きた頃です」
「発作とは例のやつか?」
「瞬間移動。テレポテーションともいうやつです」
「それを俄かに信じろと言っても無理だぞ。第一最近の事でもれっきとした証拠が無い」
「状況証拠なら申し述べる事が出来ます」
「言ってみろ」
「時間です。発作の起きた場所から、正気に戻った場所までの距離を考えると、例え車やバイクを使っても短時間での移動は不可能です。なので、実際に自分はテレポテーションで瞬間移動したと考えられます。ただ、ここで不思議なのは、テレポテーションで移動した先が、必ず事件が起きた場所な事です。この事は上手く説明できません」
 田所は、隼人に付けていた捜査員から、隼人が突然宙に浮いたという報告を受けた事を思い出した。
「初めて発作が起きて向かった先は何処だった?」
「見た事も無い家の前だった。そこで意識が戻って、両手を見たら傷が出来ており、誰の血だか分からない血で真っ赤になっていました」
「二件目も同じ状況か?」
「傷の度合いは違いましたが、ほぼ同じです」
「その二件の事だが、両方共当時起こった連続強盗殺人事件の被害者宅だったという記憶はあるか?」
「ひょっとしたらと最近は思うのですが、当時は考えもしませんでした」
「自分のDNAを科捜研に送って、一連の事件の残されたDNAと照合依頼したのは、それを確かめる為では無かったのか?」
「はい。その通りです。テレポーテーションした後の記憶が欠落していて、どういう行動を取ったかがまるで記憶にないのです。ただ、そんな中でひょっとしたら自分は事件に関係しているのではないかと思うようになりました」
「何時頃からそう思うようになった?」
「経堂の事件頃からです。それで、五年前の事件と最近の事件でのDNA鑑定を依頼したのです」
「そうしたら五年前の事件現場で君のDNAが発見されたという訳だな」
「そうです」
「五年前の事をどう説明する?」
「分かりません。憶測だけで物を言う程肝は太くないですから」
 隼人の冗談に笑わず、田所は次の言葉を促した。
「ただ、最近は完全に意識が失われることも無く、移動先へ飛んでます。それが証拠に、祖師ヶ谷大蔵と学芸大学の鷹番では、実際に押し入った犯人を取り押さえています。ただこれらは五年前の事件や十三年前の僕の家へ押し入った者、そして今回の経堂での事件、俗に言うブラックレイン事件の容疑者レインマンではありません。模倣犯です」
「模倣犯とはっきり言いきれるのか?」
「勘です。係長も同じ考えでしょ?」
「まあな。それで、今でも発作は起きる可能性はあるのか?」
「天候の条件が揃う事で」
「どういう時だ?」
「雨が強く降っている深夜です」
「今迄みんなそうか?」
「勿論、ならない時もありましたが、大概そうです」
「今度天気予報に気を付けてみるよ」
 隼人は話しながら、田所がその言葉ほど自分の話を信じてはいないと思った。信じて貰えないのなら、信じて貰えるまで根気よく説明するしかない。
「これ迄の事から、レインマンを捕まえるのなら、僕の瞬間移動先を突き止めるのが良いかも知れません」
「瞬間移動する直前に行先は分からないのか?分かれば君の言う通り、君の後をつけるが、現実的には無理な話ではないか?」
「そうですね。車で追うにしても、僕が移動するのは本当に瞬間だから無理か。前言撤回です。僕を追い駆けようとしても時間が足りない。移動先も分からないから、係長が仰ったように現実的な案ではないですね。どうにかいい方法はないのかな」
 隼人は考えた。どうしたらレインマンを逮捕できないかを。レインマンを逮捕する事で、自分への嫌疑が晴れる。
「係長、聞きたいのですが、僕への嫌疑はどの程度のものなんですか?」
「重要参考人として出頭を要請出来るだけのものだ」
「そこ迄……」
「係長、レインマンを逮捕する為だったら何でも協力します。自分が容疑者のうちの一人ではない事を証明する為にも」
「それはそれは感謝するが、君は今警察の仕事を本事件の重要参考人と言う事で、謹慎になっている。公に君に手伝って貰える場面は無いよ」
「しかし、現実に次ももし何処かでレインマンか模倣犯が犯罪を犯したら、僕はテレポーテーションして現場へ飛んでますよ」
 田所は、隼人の言葉に暫し押し黙った。そして、一呼吸置きながら、
「分かった。もしも又瞬間移動ってやつで犯罪現場へ飛んだら、その時点で連絡をくれ」
 と言った。
「分かりました」
「その時も、極力自分で何とかしようとせず、我々が到着する迄待つんだ」
「距離的に間に合いそうも無ければ?」
「大丈夫だ。PC(パトカー)を網の目のように配置するから」
 そう言われた隼人だったが、少しもそれで大丈夫とは思っていなかった。
「そういう事で諏訪君、いつでもこちらからの連絡が入ったら出頭出来るようにして置くんだな。この前みたいに逃げたり雲隠れしないようにな。何度も言うが、君は重要参考人の一人なんだから」
「分かってますよ。逃げ隠れしません」
「その言葉を信じるよ。じゃあ、今日はこの辺で帰っても良いよ。又呼び出しがあるかも知れないから、その時は今日のように協力してくれ。いいな」
「分かりました」
 こうして、この日の取り調べは終わった。隼人は拘束されず解放されたが、心は縛られたままでいた。
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