第27話

文字数 2,944文字

 田所は、自分の思惑が当たった事に一人ほくそ笑んだ。レインマンが逃走を図った時、隼人の手錠を緩めに掛け、手が抜けるようにしたのも、又隼人の傍に逃げ出し易いように捜査員を一人しか置かなかったのも、思惑があったからだ。その思惑はこうだ。
 テレポテーションを使ったレインマンを追うのは、自分達では無理だ。しかし、同じようにテレポテーションを使えて、尚且つ正確にレインマンの行先に行けるのは諏訪隼人だけだと思っている。更には、隼人の事だから、レインマンと接触したら、自分の無実を晴らす為に、必ず連絡を寄越す筈だと信じている。ただ、心配なのは、隼人がこちらの思惑通りに動かなかった場合、その責任は自分にかかる。一か八かの賭けだ。それだけ田所達捜査員は追い込まれていたのだ。
 隼人の代わりに田所とコンビを組んでいる新海は分かっていた。本気で隼人を拘束するならそれなりのやり方があった。それをしなかったというのは、日頃の田所のやり方をみていれば、気が付くものだ。
 新海はこの事を田所に問うつもりは無かった。自分は言われた通り動けばいいと思っていたからだ。
 その頃隼人は、成城学園の高級住宅街の上空にいた。これまでのテレポテーションと違い、ある程度自分の意思で移動が出来るようになった事に、少し驚いている。ただテレポテーションは出来るが、行先までは自分の意のままになるという訳では無く、無意識のまま飛ばされると言う感じだ。今はちゃんと意識がある。テレポテーションが出来るのは従来通り深夜の雨の日で、行先もこれ迄通りレインマンが現れた場所という制限付きだ。今はその制限に頼っている。必ずレインマンの出没場所へ飛べる筈だ。そう思って上空から周囲を見ている。
 体が突如反応した。急角度で、ある一軒の家の前に降りた。奴はいる。本能がそう思わせた。今度こそ奴を捕まえる。隼人は此処で田所へ電話をいれた。
「奴を見つけました。場所は成城学園の住宅街です」
「よくやったとは言わない。そうやってくれると最初から期待していたからな」
「まさか、僕が逃げる事を想定していたのですか?」
「その話はあとだ。今近くにいる機捜と自動車警ら隊に連絡するから、奴を逃がさないようにしろ」
「僕の無実を晴らす為にも絶対に捕まえますよ」
 そう言って隼人は電話を切った。すぐに目の前の家のドアノブに手を掛けた。鍵は開いていた。中に入る。悲鳴が上がった。
「待てこらあ!」
 レインマンが不気味な笑みを浮かべながら、
「遅かったじゃないか」
 と、家人の襟首を掴んだまま言った。
「その手を放すんだ」
「放したらどうする」
「お前を捕まえる」
「出来るかな、お前に」
 そう言ったレインマンは、掴まえていた手を放した。手には包丁を握っている。
 隼人はどういう展開になってもいいように身構えた。レインマンも握っていた包丁を突き出すようにして構えた。リビングの隅では、二人の子供を庇うようにして夫婦が蹲っている。もう一歩遅かったらレインマンはこの家族を血祭りに上げていただろう。そう思うと、隼人は自分の事を思い出し、怒りに震えた。
「何度も言うが、お前は何故を俺の邪魔をする?」
 レインマンが言って来た。
「これ以上の悪行を阻止するためだ。それが、お前に殺された者達の願いだからだ」
「相変わらず良い子ぶって。お前も俺と同類と教えてやったじゃないか。俺を捕まえたとしても、俺の代わりにお前が同じ事をする」
「何を証拠にそんな事を言う」
「お前は親殺しだからだ」
「嘘だ。俺が自分の親を殺す理由が無い」
「あの日の事を思い出せ」
 隼人の脳裏に夢が蘇る。レインマンがゆっくりと包丁を突き出して来た。夢の時と同じだ。違うのは、今は体の自由が利く事だ。
 じりじりと隼人は後ずさった。レインマンが間合いを詰めて来る。包丁の切っ先が目と鼻の先だ。包丁の切っ先が動いた。隼人の心臓を目掛けて突き出された。それを躱すと、隼人は腕を取ろうと動いた。レインマンはそうはさせじと腕を引き、隼人の横へ動いた。その瞬間、レインマンの体を閃光が包んだ。テレポテーションだ。隼人もすぐに後を追うようにしてテレポテーションを試みた。隼人の身の回りを閃光が煌めく。風景が一新した。空中を物凄いスピードで飛んだ。レインマンは何処へ行こうとしているのか。
 隼人は、田所に状況を説明し、今自分も後を追って移動中だと伝えた。少しずつ周囲の景色がはっきりとして来た。そして、見える街並みやビル、深夜にも関わらず多く走る車が流れる道路が、隼人に嫌な予感をもたらせた。すぐに田所へ連絡する。至急中目黒のマンションへ来てくれと。
 恵美子!
 そう思った瞬間、隼人の体は恵美子のマンションにあった。ドアを開ける。口を塞がれた恵美子と、羽交い絞めにしているレインマンがこっちを向いている。
「今度は早く来れたな」
「その腕を放せ」
「それは無理な願いだ」
「許さん」
 隼人がレインマンに向かって動こうとすると、レインマンが手にしていた包丁を隼人に見せつけ、
「これが見えるだろう」
 レインマンはそう言って、包丁で恵美子の首を切った。悲鳴を上げる恵美子。幸いレインマンは軽く傷を付けただけでもう一度、包丁の刃を恵美子の首に当てた。
「お前は何も出来ない」
「恵美子には何の罪も無い。放すんだ」
「恵美子と言うのか。なかなかいい女だな」
「どうしてここが分かった?」
「言っただろう。お前と俺は一心同体だと。お前の全てが手に取るように分かる。お前は俺なんだ。お前がそうしたいという事が全てわかるんだ。今日迄の出来事の全てがお前の望みだった事なんだ」
「嘘言うな。俺の望みはお前を捕まえる事だ」
「本当にそうなら、とっくに俺を捕まえている筈だ。それ位の能力はお前にはある」
 隼人は、レインマンとのこれ迄の絡みを考えてみた。確かにあともう一歩で捕まえる事が出来たが、自分は力の限り立ち向かったつもりだ。
「五年前の二回と今回の件がいい例だ。捕まえられる筈が、お前は捕まえなかった。何故だかわかるか?お前は俺を捕まえると称し、実の所俺の行動をただ確認したかっただけなんだ。俺とお前が一心同体と言ったのはそういう事だからなんだ。俺の顔をよく見て見ろ。自分と瓜二つだろ。それに、此処だってすぐに分かった。教えてやる。十三年前、お前の家に押し入った時、お前は既に泣きながら両親を包丁で刺し殺した後だった。俺はお前の襟首を掴み、何故両親を殺したと尋ねると、こう言った。父親が自分と母親に暴力を奮ったから。母親はそんな父親を庇おうとしたから、と答えたんだ。まだ小学生だったお前が、そういう理由で両親を殺したんだ」
「……嘘だ」
「嘘じゃない。俺はお前の影なんだ。心のな。十三年前、俺はお前に呼ばれてあの現場に来た。お前は言った。人殺しと。自分がやった事を俺に擦り付けたんだ。そして自分が行った事を忘れようとした。それ以来暫くはお前は俺を呼ばなかった。それが五年前、どういう理由か分からないが、心の闇を欲したお前は、俺を呼び再びこの世に授けたんだ。お前の両親殺しとしてな」
 レインマンの長い話は終わった。そしてレインマンの包丁を持つ手が動いた。
「やめろ!」
 隼人の声と恵美子の叫び声が重なった。
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