第10話

文字数 3,186文字

 隼人は考えた。自分が本当に事件に関わっていないかを。DNAに関しては三件の事件に関わっている事は間違いない。残りの事件にはDNAが合致しなかった為、関係無いと言い切れる。だが三件も関わっていると言う事は、少なくとも自分がレインマンの可能性があると言う事だ。だが、もう一つ揺るがない証拠がある。それは、金品強奪の件だ。発作から正気に戻った際、自分は奪ったとされる金品を所持していなかった。それだけでも無実と言えないか。だが、事件そのものは祖師ヶ谷大蔵の事件以外、家人を全て殺害しているから、金品を取られたという証拠が無い。いずれも家の中が物色されている経緯から推測したものである。つまり、ひょっとしたら金品は強奪されず、未遂で終わっているのではないかという事である。それなら自分が無罪放免とはいかない。やはり発作の結果、殺人事件を犯している事になる。堂々巡りでまた自分が犯人と思える事象に嵌ってしまう。何とか発作の時に意識が正常に働いていないものか。
 隼人は鶴崎から処方して貰った薬を飲みながら考えた。睡眠導入剤が良く効いてくれて、このところ続いていた不眠症もなく、眠れた。
 が、夢を見た。それは自分が見知らぬ家へ押し込み、家人を殺害していた。包丁で刺し、首を絞め、その場に立ち竦む自分が居た。二階へ上がる。一部屋ずつドアを開けて行く。三つ目の部屋で足が止まった。
 啜り泣きのような声がした。部屋へ入る。誰もいない。部屋を出ようとすると、微かに物音がした。クローゼットからだ。クローゼットの扉を開ける。少年が震えながら隠れていた。目と目が合う。手を伸ばし、少年を引き寄せる。微かな声で、
「助けて」
 と少年が言った。手を放す。少年は尻餅をつき大きな声で泣き始めた。
 隼人の隣で優里亜が軽い寝息を立てて熟睡している。起こさないようそっとベッドから抜け出し、キッチンへ向かった。冷蔵庫を開け、冷えた麦茶を飲む。今迄見ていた夢を思い出していた。あれは自分だ。二階の自分の部屋でクローゼットに隠れていたのは。
 あの事件だ。十三年前のあの時の出来事だ。だが自分の記憶では二階に犯人は上がって来なかった筈だ。とすると夢は何を暗示しているのか。父の怒鳴り声と母の悲鳴が聞こえて来た。頭が痛くなって来た。怒号と悲鳴が何度も交差する。はっきりと聞き取れる。まるで幻聴を耳にしているかのようだ。自分のバックが置いてあるリビングへ行き、バックから処方された薬を取った。本来なら毎食後と睡眠前に飲むべき薬だったが、安眠を手に入れたくて飲んだ。
「どうしたの。薬なんか飲んで。何処か具合悪いの?」
 優里亜が起きて来た。
「何でもない。サプリメントだ」
「そう……」
「まだ朝まで時間がある。君は寝た方が良いよ」
「それは隼人もだよ」
「分かっている。僕も寝るよ」
 優里亜は頷きながら、寝室へと戻った。薬をバックに仕舞い、隼人も寝室へと向かった。ベッドに入ると優里亜が、
「隼人。約束して」
 と言って来た。
「何を?」
「何かあったら必ず教えて。仕事の事は分からないけれど、愚痴でも何でも聞き役にはなれるから」
「分かった。そうするよ」
「約束だよ。それと、体の調子が悪い時もね」
「うん」
 そう言うと、優里亜がキスをして来た。軽いフレンチ・キスの後、優里亜は隼人の胸に顔を付け、抱かれるように眠りについた。
 祖師ヶ谷大蔵の事件後は、聴き込みや、その他の調べは捗々しくなく、新たな目撃者もいない状況の中で捜査本部だけが苛ついていた。ハッキリとした防犯カメラの映像があるのにも関わらず、犯人迄辿り着けないもどかしさは、田所も同じだった。経堂の事件同様、完全に手詰まりの状態だ。田所は、何か打開策は無いか、考えた。そういえば諏訪がDNA鑑定を個人的に科捜研に依頼していた事を思い出した。まだ調べの内容は話せないと言っていたが、そんな悠長な事は言っていられない。
「諏訪君」
「はい」
 田所が隼人を呼んだ。
「呼んだのは、以前君は科捜研にDNAの依頼をしていたな、この前の時はまだ話せませんと言っていたが、その後どうなんだ。進展はあったのか?」
「はい。模倣犯説を裏付けられるような内容が分かりました」
「同一人物のDNAじゃないというのか?」
「現場から採取されたDNAが経堂と祖師ヶ谷大蔵では違いました。それに……」
 隼人は意を決して話す事に決めた。いずれ判明する事だ。ならば自分から言った方が良い。
「先ず十三年前の現場遺留DNAは、経堂と祖師ヶ谷大蔵のものとは別でした。更に言いますと、五年前の事件の内、二件は十三年前と同じで、残りの一件は全く別物でした。その別物も経堂とは65%の確率で同一で、祖師ヶ谷大蔵とは別物でした」
「成る程。模倣犯説は正解と言う事か」
「はい」
「科捜研から言って来たが、新たに依頼のサンプルがあったと言う事だが、それは誰の物なんだね?」
「……」
 意を決してここ迄話したんだ、最後迄伝えなくては……。
「私のDNAです」
「何の為に自分のサンプルを送って鑑定を依頼した?」
「話せば長くなりますが……」
「構わん。話せ」
「はい。結論から話します。科捜研に後から送って鑑定を依頼したのは私の物です」
「なぜ自分のサンプルを送った」
「それは、自分の無罪を確認したかったからです」
 田所は話を続けろと言った。
「十三年前のDNAは私の物でした。それが五年前のブラックレイン事件に関係していたんです。何故事件に関わっていたのか。理由は分かりませんが、私は五年前頃から雨の強い深夜に意識を失う発作に襲われて来ました。発作が起きると、自分は何処にいるのか分からなくなり、実際に初めての土地に居て、何が起こったかが分からないでいたんだす。それに、意識が戻ると手や腕に痣や傷を負っているんです。これらの発作が起きた時はいずれも天候は雨で、時刻は深夜なんです。そして、発作が起きた場所は、事件現場から近くで、時刻も同じなんです。自分で説明のつかない事を起こしている事に、恐怖さえ感じました。それで、昨日精神科医の所へ行き、この話をしました」
「医者は何て言っている?」
「統合失調症の可能性が高いと言われました。私が体験している発作に関しては説明されていませんが、幻覚、妄想の一種で、その事から統合失調症と診断されたのです」
「統合失調症か……」
「はい。それと海老沼隼人は私です。が、中学の時に安西の祖母の籍に入りまして、その後諏訪という人間の戸籍に就籍し、現在に至っております」
「それが事実すれば、仕事から外れて貰わなければならない。理由は分かるな」
「はい。精神疾患の者は業務に就いてはならない、ですね」
「それだけではない。戸籍の就籍で詐欺まがいな事になっていれば、当然刑事的な責任を取らねば。ならない。いずれにしても暫く自宅待機だな。家にいても連絡が取れるようにしておけ。いいな」
「分かりました。自宅待機は今日からですか?」
「ああ。このまま上がれ。一課長には私から伝えて置く。病院の診断書だけは取って置け」
 隼人は自宅待機となった。デスクに置いてあった書類や書き掛けの資料を手提げかばんに入れ、刑事部屋を出ようとしたところ、田所に、
「おい。捜査資料は置いて行け」
 と言われた。
 何時もより早く帰宅した隼人を優里亜は心温かく迎えた。丁度優里亜も仕事が休みだったので、外で夕食をしないかと提案した。
「このところ、外出して外で食事なんかしてないから、丁度良いじゃない」
「それがそうも言ってられないんだ。自宅待機の場合、何か起きた時にすぐさま駆け付けられる体制でいなければいけないんだ」
「そっかあ」
「気を悪くしないでな」
「うん……」
 優里亜の気持ちを思うと、彼女の希望を聞いてやりたかったが、そうもいかない。隼人は、心の中で優里亜に手を合わせて詫びていた。
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