第28話

文字数 2,111文字

 隼人の慟哭と共に、レインマンは消えた。ぐったりとした恵美子の元へと行く隼人。恵美子を抱き抱え必死で名前を呼ぶが、反応をしない彼女の体を揺する。恵美子の唇に、隼人は自分の唇を重ね、人工呼吸をする。何度も何度も繰り返し、その動作をするが、何の反応を示さない恵美子。こんなふうにしたレインマンへの怒りが込み上げて来た。許せない。そんな感情が強く湧き上がって来た。
 隼人は119番通報をし、救急車を手配した。その場を離れる事に躊躇はあったが、玄関のドアを大きく開けて自分はレインマンの後を追う為に、テレポテーションをした。隼人の怒りは最高潮に達していた。そして、自分への感情もこれ迄とは違ったものになっていた。隼人はこれらの複雑に絡み合った感情の渦にいた。
 テレポテーションをするが、いつもの ようには上手くいかない。何故だ?こんな時に上手くいかないなんて、どうしたんだろう。隼人は焦った。急がないと田所達がやって来る。そうすれば、又拘束される。それは避けたい。自分にはやらなければならない事がある。そう強く思った隼人は、何度も念じた。
 やっとその瞬間がやって来た。恵美子済まないと思いながらテレポテーションが出来るように念じる。周囲が霞が掛ったようにぼやけ始め、体が浮くような感じになる。来た、と思った瞬間、隼人の体は宙に浮き、あっという間にその場から消えた。遠くからサイレンの音が聞こえる。救急車か、それとも田所達捜査員のものか。
 見知らぬ街の上空に隼人はいた。レインマンの気配がする。目を閉じ、気配のする方向へ体を向ける。目の前に一つの空きビルが見えた。そこからレインマンの気配が伝わる。そのビルの中へ入った。居た。目と目が合う。にやりと不敵な笑みを浮かべるレインマン。
「よく来たな」
 一定の距離を取って二人は対峙した。
「お前を逃がす訳にはいかないんだ」
「そう尖がるな。時間はたっぷりある。ゆっくり楽しもうぜ」
「お前を抹殺する」
「出来るかな」
 隼人が二人の距離を詰める。レインマンが持っていた包丁を隼人に向ける。隼人はそれには目もくれず、前へ出た。
「あの女の所へ行け」
 レインマンも距離を詰め、包丁を突き出した。隼人はその腕を取り、逆に捩じ上げた。レインマンが手にしていた包丁を落としそうになる。必死に堪えるレインマン。隼人は、更に力を籠め、腕をへし折らんばかりに捩じ上げた。
「地獄へ堕ちるのはお前だ」
 そう言いながら、隼人は包丁を奪おうとした。二人はもつれるようにして床へ転がった。転げざまに、隼人は包丁の柄をレインマンの手の上から握り、逆手に搾り上げた。腕を捩じ上げられていたのと同時だったから、レインマンは堪らず握りが甘くなり、隼人の手に包丁が渡った。
「よせ。俺を殺したらお前もこの世から消えるぞ」
 レインマンが言った言葉に隼人は反応した。
「どういう意味だ?」
「言ったままだ。前に言っただろ。俺とお前は一心同体だって。俺が消える時はお前もこの世から消える時なんだ。肉体と精神が一緒なんだ。嘘だと思うのなら、試しに俺を刺してみろ」
「そんな戯言を言って、俺の殺意を消そうなんて、そうはいかないぞ」
 隼人はそう言いながらもレインマンを刺すのを躊躇っていた。
「十三年前、お前の家に忍び込んだのは、お前が念じたからだ。自分で両親を殺していながら、自分ではないという言い訳欲しさに俺という存在を作り上げた。そして、お前はそれ以後俺という存在を認めずにいた」
「嘘だ。死に際に嘘を吐くのはやめろ」
「真実は今話した通りだ。俺はお前が作った幻想なんだ。それがこの世に生まれ出たと言う訳なんだ。思い出せ。十三年前の事を。そして五年前の事。今回の事を。自分でも薄々感付いている筈だ。認めるのが嫌なだけだ」
「戯言は終わりだ。地獄へ行け」
 そう言って隼人は包丁の切っ先をレインマンの胸部に刺し込んだ。唸り声を上げるレインマン。
「よせ、やめるんだ」
 苦悶の表情を浮かべながら、レインマンが言う。
「さらばだ」
 隼人は情け容赦することなく、包丁をレインマンに突き刺した。声にならないような悲鳴を上げるレインマン。隼人は更に止めを刺すべく今一度包丁を刺した。唸 り声を上げたレインマンが崩れ落ちる。包丁を刺した胸部に血が滲み大きく広がって行く。立ち上がった隼人は、血の付いた包丁をその場に捨て、骸と化したレインマンを眺めている。終わった。田所に電話を掛けようかと思った時、レインマンの骸に変化が起きた。テレポテーションが出来る筈もないのに、その時と同じ現象が起き始めた。レインマンが消えて行く。奴が話した通りだ。そう思った途端、隼人の体の周りも光で包まれ始めた。その瞬間、隼人は記憶を失くした。

 その現場へ着いた田所は、血だまりが出来ている辺りを鑑識が調べているのを見た。鑑識は所轄の杉並署から来ている鑑識員だ。血液と現場の唯一の遺留品である包丁を持って、これからDNA鑑定に回すべく手配している。
 田所には分かっていた。その遺留品と血液のDNAは、レインマンと隼人のものだと言う事が。
「お宮入りしそうな雲行きだな」
 誰に言うでもなく、独り言を言った。
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