第24話

文字数 2,590文字

「やはり来たか」
 田所がさして驚いた顔も見せず、室内に入って来た。
「こいつがレインマンか?」
「自分でもそう言ってました」
「意識はあるのか?」
「はい。暫く気を失っているだけです」
 すると、田所が予想外の行動に出た。
「諏訪隼人、そこに倒れている男に対する暴行傷害の現行犯で逮捕する。大人しく言う事を聞け」
「逮捕は良いですが、レインマンを捕まえたのにそれを暴行傷害とはおかしいじゃないですか。ここの住人にも聴いてみて下さい。僕とレインマンとのやり取りもしっかりと目撃していますから」
「ああ。聴いてやるよ。聴いてやるから大人しくお縄に付け」
 隼人は、田所がどういう心境で自分を逮捕するのかが分からなかった。完全に自分をレインマンとして見ているのか。それとも何か別な目論見があって逮捕という形を取ったのか。その辺の本心を知りたかった。隼人は、田所がこれ以上態度を軟化させるとは思わなかったので、弁護士を呼んで貰う事にした。
「当てはあるのか?」
「前回来ていただいた香坂弁護士をお願いします。連絡先はこちらです」
 そう言って隼人は財布を出し、中から一枚の名刺を抜き取り、それを田所へ差し出した。田所は、暫しその名刺を眺めた後、田所は漸くその名刺の電話番号をメモし、
「時間が時間だから連絡が仮に付いても、来れるかどうか分からないぞ。場合によっては連絡が付かない場合もあるからな」
 と言いながら、名刺を返した。
「構わないですよ。とういう事で、弁護士が来る迄何も喋りませんから」
「黙秘は容疑者の権利だから好きにしろ」
 隼人は手錠を掛けられた。その時だった、気を失っていた男が目覚め、急に立ち上がったのだ。
「おい。そういつは強盗の容疑者だからわっぱ(手錠)掛けろ!」
 そう指示を出した田所だったが、タイミングが少し遅れた。
「何をするんだ!大人しくしろ!」
 押さえつけようとした刑事を、男は腕を逆手に取り、肩の関節を外した。同時に玄関へ向かって駆けた。隼人は、手錠を掛けられたまま、男に体当たりをしようとしたが、ラグビーのショルダーアタックのような体当たりを受け、その場に崩れた。男はマンションの廊下に出ると、エレベーターは使わず、非常階段を使って逃げた。外で待機していた捜査員達に、田所は男が逃げたから捕まえろと言い、抵抗をして来たら拳銃の使用も構わないと指示をした。
「係長、手錠外してくれませんか。これで、私が嫌疑を受ける人間じゃないって分かりましたでしょ」
「まだ分からない。暫くそのままだ」
 がっくりと肩を落とした隼人は、どうにか手錠を外して貰う方法を考えた。その時、階下からパーンという音が三度鳴り響いた。拳銃の音だ。田所は、捜査員のうち一人だけを隼人の見張りで残し、自分は残りの捜査員を引き連れて拳銃の音がした方へ向かった。
 田所が一階のエントランスホールへ来てみると、三人の捜査員が倒れていた。田所は急ぎ救急車を手配した。拳銃の音がしたと言う事は、捜査員の誰かが拳銃を使用した事になる。すると、容疑者の男に拳銃の弾が当たっている筈だ。ここに来ている捜査員達は、皆射撃の腕前は普通以上だ。諏訪程ではないが、田所にしても射撃成績はA-(マイナス)だから、幾ら突発的な事態になったとしても、至近距離からならば目標を外しようがない。絶対に何処かを撃たれ負傷している筈だ。田所と一緒に強盗事件の現場から降りて来た捜査員達も、考えている事は一緒に違いない。
「不死身な奴なのかな……」
「世の中に不死身何て奴はいないよ」
 捜査員達が囁き合う。
「それより倒れている者の状況はどうなんだ?」
 田所が他の捜査員に尋ねた。
「三人共息をしておらず、心肺停止状態で、いずれも拳銃で撃たれての傷があります。二人は拳銃を握ったままですが、一人は拳銃を手にしていません」
「救急車は?」
「はい。間もなく到着すると思います」
「なくなった拳銃をすぐ探せ」
「はい」
 田所は驚いた。拳銃を持った警察官に対し、一人から拳銃を奪い、まずは拳銃を持って構えていた二人を撃ち、拳銃を奪った刑事を撃ち殺したのである。あの三発の銃声は、捜査員の発砲ではなく、容疑者の発砲だったのである。しかも驚いた事に、三発は全て捜査員の急所に当たり意識不明に陥れたのだ。
「まだ遠くには行ってない筈だ。緊急配備の手続きを取れ」
 田所はそう命じた。この瞬間から、都内全域に緊急配備命令が下り、都内をパトロールしていた機動捜査隊の覆面パトカーや自ら隊のPCが大田区糀谷へ向かいながら、怪しい男の独り歩きに注意を配った。自転車も盗難で乗っている可能性があるとみられ、尋問対象になって、雨の中職務質問を受けた。容疑者は捜査員から拳銃を奪って今も所持している可能性があるから、充分に注意するようにとの指示も出ていたから、現在、この事件に関わっている者全てが緊張感を持って捜査に当たっていた。
 隼人は、覆面パトカーの中で手錠を掛けられたままでいた。頼んだ弁護士も、田所が何も言ってこない所をみると、上手く連絡が取れなかったのかも知れない。真夜中の雨の中わざわざざやって来る弁護士もそう多くは無いだろう。両手に掛けられた手錠が疎ましく感じられた。ガチャガチャと手錠を揺り動かし、外れないかどうかやってみた。外れる訳が無い。田所係長が自ら掛けた手錠だ。と思った途端、左手の方が少し緩い事に気付いた。少し無理すれば抜けそうだ。自分の傍にいる捜査員は一人だ。その捜査員はさっきから無線でやり取りしている。目をごまかすには都合が良い。左手の方が抜けた。隼人は右手も試してみた。なかなか右手は抜けなかったが、思い切り拳をすぼめたところ、すっぽりと抜けた。
 隼人は、天を仰いだ。まだ雨が降っている。じっと念じて見た。軽い頭痛がおそって来た。隼人は、ドアが半開きになったままの捜査車両から体を乗り出し、表へ出た。捜査員はまだこの異変に気付いていない。隼人の体が光で包み込まれ始めた。突如として起きた鮮やかな光彩に、捜査員も漸くその異変に気付いた。
「こら、何をする。車の中にいろ」
 隼人の体が光に包まれたかと思うと、光が爆発したかのように四方へ光線を放った。捜査員が眩しさで目が眩み、その場に蹲った。捜査員がもう一度頭を上げ、隼人の存在を確認しようとしたが、もうその時には、隼人の姿は無かった。
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