第23話

文字数 2,805文字

 それは、唐突に起きた。隼人の体が霞がかって来たかと思った瞬間、四方に眩いばかりの光線を放ち、隼人の体が消えた。横でその様子を見ながらスマホで録画した恵美子は、ただただ驚きの余り、体が強張って呆然とするばかりだった。この車を追っていた機捜の覆面パトカーが、周りをぐるりと囲んだ。
「諏訪はどうした?」
 覆面パトカーから降りて来た捜査員が恵美子に迫る。
「さあ、どうしたんでしょう。私にはさっぱり分からないわ」
「一緒にこの車に乗っていたんじゃないのか?」
「ええ。乗っていたわ。でも今は私一人だけ。見たまんまよ」
「一応中を調べさせてもらうから、貴女は降りて下さい」
「この雨の中外へ出ろと言うの?あんまりじゃない。弁護士を呼ぶわ」
 恵美子は知り合いの弁護士に連絡をした。すると、弁護士に電話を掛けたと言う事で、捜査員の一人が、
「申し訳ありませんが、今度から弁護士に連絡をしたい場合は、こちらに許可を得て下さい」
「それ、どういう事?」
「貴女も参考人として身柄を一時拘束しなければならないかも知れませんから」
「身柄を拘束って、何の関係も無い人間を犯人扱いするなんて、警察ってそんなに図々しい所だったんだ」
 恵美子は怒っていた。が、実の所、今の怒りは半分演技と言える。怒りを見せる事で、隼人に対し警察がどう対処しているのかが分かるのではないか、と思ったのである。
「ほんの少しだけの間でいいんです。車の中を一応くまなく調べなくてはいけないので、何とかご協力をお願いします」
 滴る雨粒で顔を濡らしている捜査員の態度に、さすがの恵美子も折れて、車を降りた。
「さっきの光は何だったんだ?」
 捜査員の一人が恵美子に尋ねて来た。
「私にも分かりません」
「諏訪隼人とこの車に一緒に乗っていたよな?」
「はい。彼が運転していました」
「それがどうして今は車にいないのだ?」
「消えました」
「消えた?」
「俺達をからかうのはよしてくれ」
「からかっていません。本当の事を述べているだけです」
 この時、車の中を調べていたもう一人の刑事が、
「空っぽだ。シートに隠れられるような仕掛けも無いし、トランクも空でした」
 と、がっかりした表情を見せながら言った。
「もう一度伺いますが、諏訪はどうやって車の中から脱出したんですか?」
「方法何て分かりません。仮に言ったとしても理解して貰えないでしょうから」
「理解するかどうかは関係ありません。貴女がみたままを教えて下さい」
 恵美子は暫し考えた。隼人がテレポーテーションを行った事を伝えてもきっと信じては貰えない。また、仮に信じたとして、テレポーテーションの事実を知った警察側は隼人をどう扱うであろうか。やはり容疑者のままとして扱うかも知れない。それなら、隼人の為にテレポーテーションの事は秘密にしておいた方が、隼人の為には良いのかも知れない。そう考えた恵美子は、口を閉ざすことに決めた。
「だんまりですか?それならそれでこちらにも方法がありますよ」
 そう言いながら、捜査員が恵美子を促し、覆面パトカーへ案内した。
「雨はまだ止みそうもありませんから、ここに暫くいて下さい」
 捜査員達は、今一度車を調べて見たが、これだというものが現れる訳でもなく、車は諦める事にした。そうすると、あの一閃の光は何だったんだ?と、捜査員の誰もが思った。
 その時、覆面パトカーの無線機がけたたましく鳴った。
「こちら機捜七号どうぞ」
「機捜七号へ。至急大田区糀谷十二の五のマンションプリメーラへ向かってくれ。諏訪が現れた」
 無線機を握ったまま、捜査員はただただ驚きを隠せずに言葉も出なかった。つい今迄諏訪が乗り込んでいたと思われる車を追跡していて、目黒通りから一本道を入った住宅街で車を止めたところなのだ。車には諏訪は乗っていなかった。否、間違いなく停車させるまでは運転席にいた。それは追跡途中に、確認出来ている。消えて何分と経っていないのに肉体は移動したのか?
 それは無理だ。距離と時間を考えれば子供でも分かる話だ。ならば、マンションから追跡してきた際に、女医と同乗していたのは誰だ?同時に、走行中に車から飛び降りて雲隠れしたのか?どういうトリックを使っているのだろうか。捜査員は指定された糀谷の住所へ行く途中、田所にこの件を話した。
 田所は、糀谷に現れたのは間違いなく諏訪だという。たまたま偶然見回りをしていたPCが諏訪を見つけ、後を追ったのだと言う。目撃した時間は今から約十分前で、その間に多数の警ら隊のPCが現場へやって来た。他にも機捜の覆面PCがけたたましくサイレンを鳴らしながら集まって来た。
 田所は、余り上手くないな。と危惧した。理由はサイレンの音だ。これ見よがしにサイレンを鳴らして、自分達を警察の者だと誇示するのは余り賢くない。警察の存在に気付いていなかったのが、気付いて逃走したり、自棄を起こして人質を取って立て籠るといった事件へ発展してしまう可能性もある。
 この時、隼人は取り囲まれたマンションの十一階の一室にいた。目の前にいるのは隼人と同様、全身を雨で滴らせた同い年位の男だ。リビングとキッチンを境界線のようにして、男と隼人が対峙している。隼人の後ろには家人なのだろう、夫婦と思われる老齢の男女が抱き合いながら涙声で、
「た、助けてくれ」
 と言った。
「お前、何故俺が行く所、行く所全部分かるんだ?五年前もそうだった。お前警察か?」
「分からない。自分がここへ来たいと思った事は一度も無い。誰かの意志で飛ばされたんだ」
「警察じゃなくて誰の意思だ?」
「神かも知れん」
「ははは。神か。神ならここに唯一絶対神がいるよ」
 男は笑いながら言った。
「あんた。自分が警察からレインマンと呼ばれて追っているのを知っているか?」
「ああ。手配書にそう書かれてあったな」
「本当の名前は何て言うんだ?」
「こんな場所で取り調べか?ははは」
 レインマンは懐から包丁を出し、真っすぐ隼人の方へ向けて来た。隼人は、全身に神経を集中させて、いつでも反撃出来る体制を取った。隼人は、わざと視線をレインマンの足元へ落とし、隙を作った。案の定、レインマンは釣られて包丁を勢いよく突き出して来た。隼人の予想通りの行動を取って来たレインマンに向かって体を密着させ、包丁を持っている手を手繰り寄せながら、床へ叩きつけた。隼人は包丁を奪い取り、思い切りレインマンのこめかみ辺りを殴った。レインマンは一撃で気絶した。隼人は、粘着テープを見つけ、それで両手両足をぐるぐる巻きにし、口も粘着テープで塞いだ。
 老夫婦はまだ抱き合いながら震えていた。そこへ、田所達捜査員がこの部屋のドアを思い切り叩いて、
「大丈夫ですか?警察です」
 隼人が玄関の方へ行き、
「住人は無事です。容疑者のレインマンは拘束しました」
 老夫婦に目で許可を得てドアの鍵を開けた。一瞬の間を置いてドアが勢いよく開けられた。
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