第25話

文字数 2,951文字

 いつになく意識がはっきりとしていた。周囲の景観がまるで早送りの画像のようで、隼人はそれをしっかりと両目で捉えていた。宙に浮いたままで空間を移動している。これがテレポテーションか。今回は、自分の意思でそれが出来た。ふと下を見るとレインマンがいた。こっちを見ている。レインマンが右腕を突き出した。その右手には拳銃が握られていた。
 隼人はその右手の拳銃から弾丸が放たれる寸前に地面へ降り立ち、レインマンの右手に蹴りを放った。蹴りの衝撃で拳銃は宙を舞い、二人から離れた場所へ落ちた。
「またお前か」
「しつこくて悪いな」
 レインマンと隼人に体格差は無い。警察で逮捕術を修得している隼人からしてみれば、組み合って負ける気がしない。
「悪いがお前の相手をしている暇はない」
 レインマンも、組みつかれたら勝ち目は無いと理解しているようだ。この場からどうにかして逃げる事を考えていた。
「残念だが拳銃も得意の刃物も、此処には無い。大人しく逮捕されろ」
「ははは。大人しく逮捕だと。残念だがそんな趣味は無い」
 隼人はその刹那、右足で前蹴りを放った。この蹴りは意識して少し力を抜いた蹴りだった。相手が避ける事を狙い、次の技を繰り出す準備をしていた。案の定、レインマンは前蹴りを避けた。待ってましたとばかりに、隼人は今度は左足でレインマンの右膝の裏側,靱帯の所を思い切り蹴った。鈍い音と共に、レインマンがその場に崩れた。続け様に右足で頭部を蹴りにいったが、それは腕でブロックされた。
 レインマンが立ち上がる。蹴られた右足の痛みなど関係ないかのように、レインマンは隼人にタックルを仕掛けた。組んだら勝ちだ。そう思った隼人は、タックルを正面から受け止めようとした。が、隼人はレインマンのスピードと力を見くびっていた。
 衝撃が隼人を襲った。鳩尾に衝撃が走り、その場に崩れ落ちた。倒れ際に顔面に拳がめり込まれた。鼻に当たった。鼻腔をきな臭い感覚が襲った。そして生温かいものが溢れて来た。レインマンが隼人の首に手を掛けた。搾り上げられる前に、隼人はレインマンの鼻を目掛け、頭突きをくらわした。レインマンが堪らず隼人から半身を起こした。そこへ追い打ちを掛けるべく、隼人は右手の指を突き立て、目つぶしを見舞った。
「これで俺の鼻とどっこいどっこいだ」
「……」
 目と鼻を抑え、レインマンが四つん這いになっている。隼人が背後に回り、左腕を首に回した。
「よせ。よすんだ」
 レインマンが自分の腕を使い、何とか絞め堕とされるのを防ぐ為、隼人の腕と自分の首の間にこじ入れた。隼人はより力を込め、絞め堕とそうと試みた。腕に痛みを感じた。レインマンが噛み付いて来たのだ。
「抵抗するな。本気で堕とすぞ」
「何故俺を捕まえようとする」
「お前は十三年前、俺の両親を殺害した。お前を追っていた。無意識のうちにだけどな」
「十三年前?」
「ああ。忘れたとは言わせないぞ。この前の時、認めていただろう」
 レインマンは苦しそうな声で答える。
「あの時俺は金だけを奪って逃げた。両親を殺害したりはしない。俺が押し込んだ時には、既に二人共殺されていたんだ」
「そんな嘘が今更通用すると思っているのか?」
「嘘じゃない。その証拠に、俺はお前が階段の所で血の付いた包丁を握ったままでいるのを見ている。両親を殺したのはお前じゃないのか?」
 隼人は酷く頭痛がするのを覚えた。締め上げている左腕により力を込めた。レインマンが藻掻く。
「正直な事を言えば、この腕を解いてやる。反対に嘘を吐こうものなら、もう許さない」
「正直な事を言っている。もう一つ言ってやろうか。お前と同様、俺も瞬間移動が出来る。テレポテーションてやつがな。俺とお前は同一なんだ。だから俺が出没した先が分かるんだ。分かったか」
「分かりたくない冗談だな。あの世へ逝け」
 隼人は右拳を思い切りレインマンの右こめかみへ打ち付けた。鈍い音ともに、レインマンの体がぐらりと揺れ腰が落ちた。同時にレインマンの左手が力なく垂れ下がったので、隼人は力を込めて首を絞め上げた。
 その時だった。急に車のライトが隼人とレインマンを照らした。機捜の覆面パトカーだ。
「動くな。そのままじっとしてろ!」
 車から降りて来た捜査員が、拳銃を手にしながら隼人を制し、足下に転がっていた拳銃を拾った。すると、レインマンの体の周辺が急激に明るくなった。テレポテーションだ。そう思った瞬間、眩い光と共にレインマンは消えた。
「何だ今のは?」
 捜査員が、レインマンがいた場所を恐る恐る確かめた。跡形もなくレインマンが消えた場所を
何度も首を傾げながら見るが、何も無い事に驚きを隠せなかった。隼人へ向き直って、
「お前も見てたよな?」
 と尋ねて来た。
「テレポテーションですよ。瞬間移動したんです」.
「瞬間移動?訳の分からん事を言うな」
「見てたでしょ。見たまんまの事が起きたんです」
 捜査員は機先を削がれたようで、拾った拳銃を腰に挟み、自分の拳銃も脇のホルスターへ差し込んだ。
「お前は糀谷の件で追われている奴か?」
「そうですが、レインマンを追っていると言う意味では皆さんと同様です」
「よく分からないな。分かり易く説明してくれ」
 隼人はこれ迄の経緯を簡潔に話した。
「成る程。じゃあ君は捜査権限を持っているのか?」
「いえ。警察の仕事の方は謹慎になっていますから、あくまでも私人逮捕が目的で、さっきの男を追っています」
「糀谷の現場で銃を使って刑事三人を射殺したのは、君ではなく奴なんだな?」
「現場にはいなかったので、目撃はしていませんが、そうです」
「一応今君の事を照会しているから、車の中に入っていてくれ」
 隼人は迷った。ここで自分もテレポテーションを使ってレインマンを追うか、捜査員の言う事を大人しく聞くか。隼人は決断した。上手く出来るかどうか自信は無いが、ダメもとでトライしてみた。目を閉じ、神経を集中させる。辺りが眩いばかりの光線で包まれた。体が浮く感覚になった。目を開けてみた。地上で捜査員が口をあんぐりと開けてこっちを見ている。すると、あっという間に体が飛んだ。
「おい。直江君。今の見たよな」
 捜査員が車に乗っていたもう一人の捜査員に尋ねた。
「はい。見ました」
「本部にどう説明する?」
「どうって、見たまま報告するしかありませんよ」
「そうだよな」
 まだ今見た事が信じられないといった様子だ。
「テレポテーションだって言うが、まるで大掛かりなイリュージョンを見せられているようだ」
「チョーさん。今丁度本部から連絡が入ってますが、出ますか?」
「ああ。上手く説明出来るかどうか分からないが、出るよ」
 チョーさんと呼ばれた捜査員が無線機に出た。
「容疑者二人と遭遇したのですが、取り逃がしてしまいました。何でもテレポテーションとかの方法で瞬間移動されてしまいました。すみません」
「二人が何処へ向かったか分からないか?」
 捜査本部から問われた。
「皆目見当が付きません」
「分かった。君達は継続して二人を追ってくれ」
「はい。分かりました」
 捜査員は無線機を切り、車を出させた。
「何処を回ります?」
「取り敢えずはここの周辺を回ってみよう。遠くへ行っていない事をねがうばかりだな」
 捜査員は藁をも縋る気分でいた。
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